例のEメールを発信した後は、ロイド、ダイアン、そしてバーバラからの電話は、怒りがこもったものに変わった。バーバラは、勤めているレイノルズ・アンド・サンズ社に長期休暇を願い出た。職場でのハラスメントや不快感を感じたのが理由である。これまで溜まっている年次休暇と正規の病欠可能日数が尽きた段階で、職場に戻るか、あるいは、無給の欠勤に移行するかするつもりだった。もちろん、バーバラは、この状況について不満を持っているわけで、その感情を、ここ数日間、電話を通じてスティーブに知らせ続けた。激しく感情をぶつける時もあれば、穏やかな時もあり、悪意がこもっている時もあれは、そうでない時もあり、何度も掛けてくる時もあれば、比較的少ない時もあった。
ロイドとダイアンは、「人として、どうしてこんなことができるのか」の類のメッセージで、スティーブを爆撃し続けた。結局、スティーブは、この類の質問にうんざりし、バーバラや彼女の家族からの電話は一切、受け付けないことにしたのだった。例外は、バーバラの祖母からの電話であった。
電話の向こう、リディアは陽気な声で話しかけていた。
「もしもし? お若いの、そっちの調子はどうかね?」
「こんにちは、リディア・・・僕は大丈夫ですよ。そちらは?」 スティーブは、電話を受ける前に、発信者のIDを注意深くチェックしていた。この電話は、彼にとって、是非とも受けたい電話であった。
「クソババアにとっちゃ、ゴキゲンだぜ」
この返事は、リディアのお気に入りの決まり文句だった。これを聞くと、スティーブはいつも思わず笑ってしまう。リディアが言うたび、いつも心底笑ってしまうのだ。多分、彼女は、使うたびに、微妙に言い方や、熱の込め方を変えるからかも知れない。毎回、違うように聞こえるのだ。
「その言葉を聞いて嬉しいです」 スティーブは温かみを込めて言った。
2人はしばらく、他愛無いことを話し合ったが、その後、リディアは突然、核心に触れた。
「ところで、お前さんは、我がモンゴメリー家に、ひと騒動、巻き起こしちまったようだね」
スティーブは肩をすくめた。「ええ、分かっています。僕が巻き起こした部分もあれば、離婚訴訟の仕事の一部といえる部分もありますけど」
「ふむふむ・・・お前さんは、どうしても、ああしなければならなかったんだろうよ・・・お前さんが、みんなにあのメールを送ったことだけどね」
リディアの言葉にスティーブは驚いた。
「・・・そう言ってくれたのは、あなたが初めてですよ。でも、そういう感想は、ロイドとダイアンの間では、あまり、人気がある感想ではないんではないですか?」
「まあ・・・あたしゃ、あんなの全然、気にならないからね。ともかく、あたしには、外からの何らかの圧力がないと、家のバービーちゃんは、ずっと続けていただろうって思えるのさ。いつまでも正気に戻らずに、あの馬鹿と話したりメールしたりし続けてただろうってね・・・・
「まあ、何と言って良いか・・・あたしゃ、バーバラがあいつに会っているとか、そういうことを言おうとしてるんじゃないんだよ。ただ、バーバラの話し振りからすると、あのバカ野郎が彼女に、お前さんがいかに下劣なのかとか、あんな風にバーバラを突っぱねて、酷い目にあわせられるのは、下劣漢だけだろうとか、そんなことを吹き込んでるのは確かだと感じたんだよ。まあ、言ってみれば、あたしゃ、家のバービーちゃんに、前もってきっちり言っておきたいって思ってるわけさ。あたしゃ、そのうち、爆発しちゃうよってね」
スティーブは笑いを堪えることができなかった、スティーブが知る限り、リディアという人間は、どんなことも、はっきりとあからさまに言う人間だった。彼が知る誰に関しても、リディアは、歯に衣着せぬ言い方をする。