ジャネットは、押しのけようとしていない。それを察知し、クリスは得意になった。最も実現しそうにない夢が叶った以上の喜びだった。得意になった彼は、舌を突き出し、固く閉じたままのジャネットの唇に押し当てた。舌先が彼女の唇を割り、口の中に滑り込んで行くのにあわせ、今度は彼の唇から溜息が漏れた。クリスは、後先のことを考えず、ジャネットの上着の中に手を滑り込ませ、ブラウスの上から、胸に触れた。ブラウスとブラジャーの上からですら、クリスは中に包まれた乳房の熱と柔らかさを感じることができた。
突然、ジャネットは苦しそうな呻き声をあげ、力強くクリスを押しのけ、体を起こした。ハアハアと息を荒げていた。
「戻らなきゃいけないわ。患者さんが待っている」
ジャネットはそうつぶやき、芝生に覆われた坂を足早に降りていった。
クリスは、ショックを受け、同時に自分を恥ながら、その場に横たわっていた。本当に彼女にキスをしてしまったのが信じられなかった。いまだに、口の中にはジャネットの味が残っていたし、手には彼女の柔らかい胸の感触が残っていた。そして甘美な香水の香りが彼の全身を包んでいた。
クリスもオフィスに戻った時には、ジャネットは仕事に専念していた。彼女は感情的になってしまった自分を責め続けていた。だが、それと同時に、下着が湿っていることにも気がついていた。望んでもいない興奮が、依然として全身を駆け巡っている。いっそ、下着を脱いでしまおうか。そうすれば、この興奮も消えるかもしれない。そんなことすら思うジャネットだった。
最初、クリスは大喜びで、自分が成し遂げたことを自慢にすら思っていた。この年上の美しい女性にキスをし、受け止めさせることができた。さらには、彼女の胸にまで触れることができたのだ、と。だが、その日、時間が進むにつれ、クリスは、自分が大変な過ちを犯してしまったことを悟っていったのだった。彼がここで働き始めて、初めて、彼はジャネットに普通の従業員のように扱われたのである。もはや、彼を焦らすような振る舞いは一切見せず、むしろ彼女の物腰は冷たいものに急変していた。クリスは、あまりにことを急ぎすぎ、すべてを台無しにしてしまったと、自分を呪った。
翌日も事態は変わらなかった。ジャネットは、クリスに対しては、非常にぶっきらぼうに接し、仕事の要件しか言わなかった。脚も、固く閉じたまま。
クリスが知らないことがあった。それは、ジャネットが、あの出来事に関して、クリスではなく自分自身を責めていたという事実である。この若者を、自分へキスするよう仕向け、しかも胸まで触らせてしまった。そのことに関して、この上ない罪悪感を感じていたのだった。
その日の夕方、帰宅の時間になった。クリスはすっかり気力を失い、落胆していた。このまま、レドモンド先生のオフィスで働き続けるなど、できない。なんて俺はバカなんだ。クリスは仕事をやめることに決めた。直接、ジャネットに話す替わりに、辞職の手紙を書き、それをオフィスのドアの下に置く。
翌朝、ドアを開けオフィスに入ったジャネットは、手紙を踏みつけたことに気がついた。拾い上げ、クリスの手書きの文字を見る。大きな不安を抱きながら、デスクに座り、震える手で手紙を開けた。
「親愛なる、レドモンド先生
この手紙でもって、直ちに今の仕事から辞したく存じます。このような形を取ったことをお許しください。ではありますが、どうしても口頭では説明できないと感じたからなのです。先日、僕が行ったことについて、心から謝罪したく思います。あのようなことをして、一線をこえた行為をしてしまったことは、はっきり認識しています。このような手紙ですら、一線を越えたことだと思います。
先生のそばにいるといつも、僕はどうしても先生の姿を注視し続けてしまうことに気づきました。でも、自制しようと必死に努めてきたつもりなのです。こんなことを書くべきではないのは分かっているのですが、僕は、ほとんど毎晩、先生のことを思いながら自慰をしていました。夜、家に帰った後も、先生の香水の香りが忘れられず、先生が動くたびに聞こえた、シルクのストッキングの囁き声が忘れられないのです。
さらには手紙の中ですら恥ずかしさのあまり話せないようなことで、先生のことを思い、利用していたことも謝らなければなりません。このようなことを書いて、怒らせたとしたら、お許しください。このひと月、そばで働かせていただき、心から感謝しています。たくさんのことを学びました。それに先生には、僕にこの上なく親切にしていただきました。
僕がしてしまったことで、先生と父とのビジネス上の関係に悪影響が起きないことを願います。
感謝を込めて
クリス」
ジャネットは手紙を閉じ、目を拭いた。クリスはすっかり勘違いをしている、と思った。謝らなければならないのは、むしろ、あのような行動を彼に取らせてしまった私自身の方なのだ、と。