その日、ジャネットは休憩時間が取れるまで待ち、クリスの家に電話をした。彼の母親が電話に出た。クリスの姿は見ていないと言う。そして、クリスがジャネットのところで働いていないと知り、心配になっていた。クリスが母親に仕事をやめたことを伝えていないのは明らかだった。ジャネットは、とっさに、クリスは用事があると言っていたと思うと言い、クリスの母親に謝った。そしてクリスの携帯電話の番号を聞き出した。
何度か通話を試みた後、ようやくクリスにつながった。
「クリス? ジャネットです」
「あ・・・こんにちは、レドモンド先生」 クリスは、ジャネットが、手紙のことで叱るつもりなのだろうと不安だった。
「クリス、どうしても話しをしなければならないと思うの。5時半に、大学通りのカレッジ・パブで会ってくれないかしら?」
「ええ・・・多分・・・」 クリスはまだ恐れていた。
ジャネットは電話を切り、椅子に深々と腰掛けた。それで、あなたは彼に何て話すつもりなの? ジャネットは自分の感情と戦っていた。あなたは、あの若者の気持ちをどう扱うつもり? 自分は、あのような若者と関わることなど、あってはならないこととは知りつつも、彼の気持ちを傷つけたくないとも思っていた。何とか、これを切り抜ける道があるはず。
高速道路での事故のため、クリスは時間より少し遅れてカレッジ・パブについた。バーの中に進み、ジャネットの姿を探した。店の奥にあるブースから彼に手を振っているジャネットを見つけた。ハッピー・アワー(
参考)で賑わう人々を掻き分けながら進み、ジャネットが座るブースに着き、彼女に対面する側に座った。それとなく彼女の目を見て、怒りの表情がないか探す。
「こんばんは、クリス」 ジャネットは少し笑みを浮かべて声をかけた。
「こんばんは」
「何か飲まない?」 ウェイトレスが来たのを受けてジャネットが訊いた。
「ええ。コークが良いです」
「いいわ。じゃ、コーラをひとつと、私にはウイスキー・サワー(
参考)をもうひとつお願い」 ジャネットは3杯目を注文した。
「クリス・・・。私、一日中、あなたの手紙について考えたの。それに、あなたに何て言うかも。どうしてこんなことになってしまったのか、分からないんだけど、どうしてもあなたに謝りたくて」
「僕に謝る? どうして・・・?」 クリスは驚いていた。
ジャネットはテーブル越しに手を伸ばし、クリスの手を取った。
「なぜなら、私はあなたを利用して楽しんでいたから。楽しい遊びと思っていたのよ。あなたを焦らすこと。でも、今は、それは間違いだと分かっているわ。して良いことと悪いことの境界線を越えてしまっていたの。そんなことすべきじゃなかった」
「先生・・・一体、どう考えたら、先生が僕を利用していたなんて考えられるんですか? むしろ、僕こそが・・・その・・・」 クリスは続きを言えなかった。ジャネットが手を伸ばし、彼の唇に指を当てて制したからだ。
「しーっ!・・・クリス、分別ある行動を取るべきだったのは私の方。私はあなたが好きよ。あなたは、セクシーでハンサムな若者ですもの。私、あなたが私のようなおばさんにどうして興味を持ったのか、そこから分からずにいるわ。あなたのような青年なら、ボーイフレンドにしたいと思う、素敵な女の子がたくさんいると思うのに」
「先生は、おばさんなんかじゃありません。あ、あなたは僕が知っている中で、一番セクシーで美しい女性です」
「ありがとう。やさしいのね」
ジャネットはそう言って、席から立ち、テーブルの脇を回って、クリスの隣に座った。彼の手を握る。
「クリス? あなたには仕事をやめて欲しくないの。私たち、とっても良いチームになると思うのよ。仕事に戻ってくれない? 明日、2人でいくつかルールについて話し合いましょう。あなたが私に惹かれてくれているのは分かったわ。正直に言って、私もあなたに魅力を感じているの。でも、私とあなたの関係は決して成就しないことも知ってるわよね?」
ジャネットはそこで一旦、話しを止め、クリスの目を覗き込んだ。2人、顔を寄せ合っているので、非常に間近に見える。クリスが返事をしないのを受け、ジャネットが言った。
「そういうことで、決めていい?」
クリスは溜息をつき、大きく深呼吸をした。またも、あの魅惑的な香水の香りがした。それに彼に押し付けられているジャネットの太ももの温かさも。
「レドモンド先生・・・」
「ジャネットと呼んで」
「ジャネット、ひとつだけ、教えておかなければならないことがあるんです。僕は・・・あの・・・あなたを家に送ったあの夜なんですが・・・あの時、僕はあなたを利用しました・・・つまり・・・」
クリスはつかえながらもはっきりと言った。そのクリスをジャネットは遮った。
「クリス? あの時、私は死んでいたわけじゃないわ。ただ酔っていただけ」
クリスは少し沈黙した。ジャネットが言ったことの意味を解釈しようとしてだった。突然、彼はあんぐりと口を開いた。
「分かっていたのですか?」
「一部は覚えているとだけ言っておきましょう」
クリスはすっかり唖然としていた。「ああ・・・」と、それしか言葉にできなかった。