「私は、その人とセックスしようとしていたわけではありません。あの時は、混乱していたんです。あの日、どうしてあの人と一緒に公園に行ったのかすら分からないんです。でも、分かってて行ったとしても、決して、そのつもりでは・・・何もできる訳がありません・・・ただの、悪い間違いだったのです」
「悪い間違い?」
ヒューストン氏は繰り返した。バーバラが返事を思いつくまでの何秒か、ヒューストン氏は彼女の様子を見ていた。
「ええ・・・その・・・。えぇ、確かです。彼とセックスなんて決してしなかったでしょう」
ほとんど、憤然としているような言い方だった。ヒューストン氏は、バーバラが他にも言うことがあるのかと待っていたが、続きの言葉が出てこないのを見て、スティーブの方へ関心を移した。
「カーティスさん、ご主人の方は、このカウンセリングを受けに来たのはどんな目的で?」
スティーブは、この質問に対する答えの準備ができていた。
「2つあります・・・短期の目的と長期の目的。短期の目的は、妻を説得し、彼女の弁護士に、離婚の協議の妨害を止めるように指示してもらうということ。もう一つは、私は自分の人生を自分で切り開きたいということ。これが長期の目的です」
スティーブは、それ以上言わなかった。そしてヒューストン氏の反応を注意深く伺った。ほとんど瞬きもせず、見つめ続けた。
「奥さんと結婚したままでの人生で、この過ちをやり過ごせる可能性については、あまり希望がないとお考えのようですな」
「希望などありません」
「では、どうしてここに?」
「私が勤めている会社に仕向けられたからです」 スティーブは短く答えた。
ヒューストン氏は頷いた。
「なるほど、ご主人自身はカウンセリングには反対だったと・・・まあ、ご主人がここに来るとき、不機嫌のあまり、野卑な言葉を当たり構わず撒き散らす、などといった場合がなければ、まあ、私どもが対処いたしますがね」
「そういうことがないとは、約束できませんが」 スティーブは冷静な声で言った。
スティーブはカウンセラーと視線を合わせたままだった。その視線によって、自分はいかなる協力も行わないと伝えていた。ヒューストン氏は表情は変えなかったが、瞳には、この話し合いを始めたときに比べて、悲しそうな影が浮かんでいるように見えた。
「奥さんは、悪い間違いをしたとおっしゃっていますが、ご主人には、その間違いとは、どういうことだとお思いですか?」
「いや。私は、その見方に組するつもりはない。あれは間違いなんかではありませんよ!」 スティーブは語気を荒げた。
「間違いと言うのは、電話をするときに、番号の順序を入れ違えてしまったとか、そういうことです。そういう事が起きたのではないのですよ。妻は、自覚して、あの男の車に乗ったのです。妻は、自覚して、あの朝着ていったブラジャーを外し、自覚して、下着を脱ぎ、自覚して、あの男とセックスをしようとしていたのです」
スティーブは熱くなっていた。自分を抑えるようにして、椅子に深々と座った。