「報復」 第5章
9月初頭
「こんなことをしていてもまったく無駄ですよ。僕たちはどうにもならない。この、カウンセリングとやらを、もう5週間続けてきているが、ずっと、堂々巡りをしているだけじゃないですか」
スティーブは、ヒューストン氏を見つめながら苦情を言った。彼は、できるだけバーバラには顔を向けないようにしていた。
「でも、言ったじゃない。私はチャドとは会うことに同意すべきじゃなかったと、今は理解しているわ・・・たとえ、さようならを言うためだとしても。ええ、ええ、認めるわ! 私が悪うございました。でも、いまさら、元に戻って、変えるわけにはいかないの」
「君が、何のことを話してるのか、さっぱり分からんね。いつ、僕が君に強制したって言うんだい?」
「そう?・・・例えば・・・感謝祭の日、あなたは、あの人の家に行きたがっていたでしょう?」 バーバラは、憤然として言った。「あなたに強制されて私もついて行ったのよ。すでにお父さんとお母さんには、そっちの家に行くって約束してたのに。私は、電話して、お父さんたちに、他のところに行くことになったって言わなければならなかったのよ!」
「いや、それは違うね」 スティーブは反撃した。「覚えていないのかい? あの時、すでに3年連続で、君の母親の家で感謝祭を過ごしていたというのは了解しあったはずだ。違うかい? そこで、今回は違ったことをするのが良いと決めあったじゃないか・・・他の人とディナーを食べて、その後で君の実家に行って、少し過ごすとか」
バーバラは、記憶が不確かそうな顔でスティーブを見た。あやふやな記憶が頭の奥で徐々によみがえってくる。
「ええ、多分、そうかも・・・でも、その人の家に行ったら、あんなみすぼらしい家だったし・・・それにあの人の奥さんのおしゃべりなことと言ったら・・・」
「その『みすぼらしい家』だが、中も外も、きちんときれいに手入れがなされていたじゃないか。確かに、塗装をする必要はあったが、あの人たちにはそれをするお金がなかったんだよ。それがどうしたと言うんだ!」
スティーブは落ち着いた声になって続けた。
「あの人はグレッグというんだが、5年前、僕の命を救ってくれたんだ。2トンの巨大な梁を9階に持ち上げていた時に、押さえが緩んだ時があった。その時、助けてくれたんだよ。彼がいなかったら僕はパンケーキのようにぺっちゃんこになっていただろう。・・・グレッグには、本当に、僕の持ってるすべてを与えてもおかしくないんだ。だが彼は何一つ僕から受け取ってくれない」
バーバラはぽかんと口を開けたままスティーブを見つめた。この話は彼女には初耳だった。
「それに、そのおしゃべりな奥さんだが、彼女にも名前はある。タニアだ。西テキサスで、タニアとグレッグの2人とも十代の頃だった。彼女は、身動きできない状態だったグレッグを、15分間も、狂犬から守ったんだ。グレッグは岩場から落ち、頭を打って気絶していた。タニアは、グレッグが意識を戻し、狂犬をライフルで撃つまで、たった木の棒1本で、狂犬から彼を守り続けたんだよ」
スティーブは前屈みになり、バーバラの方に近づいた。
「あのおしゃべりな奥さんは、ご主人を尊敬している。2人は小学6年生のときからずっと寄り添いあっている。タニアには、君が僕にしたようなことは決してできないだろう。彼女なら、そんなことを考えただけで、死んでしまうかもしれない。僕自身、グレッグのことを思うと、決まって、ものすごく羨ましいと感じてしまうんだ」
スティーブは、姿勢を正して椅子に座りなおした。キッと口を引き締め、前を向いた。
バーバラはうんざりしたような声で言った。
「いいわ・・・あなたが正しいんでしょう、多分・・・。確かに、今、あの人たちの家に行くことに決めたのを思い出したわ。ちょうどその頃ね・・・ジミーが私に言い寄り始めたのは。あなたが私を遠ざけて、私の話しを聞かなくなったように感じたのよ」
スティーブは、驚いて、バーバラの方を見た。バーバラにしては、大きな譲歩をしたと彼は思った。
「で、サンダーバード男のラファエル・ポーターについては?」
スティーブは皮肉っぽく訊いた。バーバラは、その質問には答える準備ができていた。