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報復 第5章 (2) 

「あの時、ずいぶん長く出張に出たでしょう。私一人を残して。あなたにそばにいて欲しかったのに、あなたはいなかった」 バーバラはかたくなになっていた。「そんな時、レイフはそばにいてくれたの。ある時、彼は、経理の上層部の一人と仕事があって私たちのビルに来たの。そしてトイレのドアのところで泣いている私を見かけたの。こんなめちゃくちゃなことになるなんて知らなかったわ。・・・何かしようなんて思ってもいなかった・・・ただ、誰か話し相手が欲しかったの。そして、たまたま彼がそこに現れたというだけ」

スティーブはバーバラの眼を覗き込んだ。彼女は、スティーブとしっかり視線を合わせた。

スティーブは、無表情に答えた。

「僕はあの出張にはどうしても出かけなければならなかった。そのことについても話し合ったはず・・・僕はしょっちゅう出張に出ていたというわけではない。あの年、出張はあの時の1回だけだったじゃないか。君は、僕にそばにいて欲しかったって言うが、あの出張に出ていたすごく短い間にほかの男の元にいくなんて、よくもそんなことができたと思う。それに、あの出張の前も、僕たちは割りとうまくいっていたと思うのだが。君が何であんなことができたのか分からない」

バーバラは少し間を置いて答えた。

「たまたまそうなってしまったのよ。計画なんかしていなかったし、そうなることも望んでいなかった。偶然、ああなってしまったの」

スティーブはうんざりして眼を逸らした。

「バーバラ、たわごとはもう十分だよ。そんな嘘は、すぐに分かるんだ。この場では、君は僕の質問に正直に答えるべきなんだよ・・・誠実に答えるということは、僕たち二人とも同意したことじゃないか。忘れてしまったのかい?・・・すべてに誠実になること、そうすれば・・・」

「私、流産したのよ!」 突然、バーバラが叫んだ。スティーブもヒューストン氏も、びっくりして彼女を見つめた。

「え?・・・何のことを言ってるんだ?」

バーバラは落ち着いた口調で続けた。

「あなたが出張に出ている間・・・あなたが出て3日後、出血を起こして病院に入院したの。私自身、妊娠していたのを知らなかったわ・・・」

バーバラは絶望して両手を振った。

スティーブの心は、混乱していた。バーバラが流産した? もちろん彼も知らなかった。バーバラ自身も知らなかったと言っている。

「で、でも・・・そんなひどいことを抱えていたのに、誰にも伝えずに病院に行くなんて、どうして?・・・どのくらい入院したんだ?」

「1週間か・・・もっと」

「1週間以上も? だが・・・だけど、どうして僕に言わなかったんだ? どうして、電話してくれなかった? そうしてくれたら、どんなことを差し置いても、家に戻ったのに」

スティーブの声は、彼が心から心配していることを示していたし、混乱していることも示していた。

バーバラは落ち着いて答えた。

「私は誰にも話さなかったわ。お母さんにもお父さんにも・・・両親には、夜になって病院中が静かになってから電話した。退院して家に戻った後は、少し独りになる時間が欲しかったと言って、簡単に取り繕えたわ。ただゆっくりと眠りたかった。食事もできなかったし。8キロも痩せたわ・・・あなたも、帰ってきたとき、私がずいぶん痩せたって自分で言ったじゃない?」

「でも、どうして? どうして僕に隠していたんだ? どうして、そんな、僕たち二人にとって重要なことを僕に言わなかったんだ?」

バーバラは口を開いた・・・だが何も言わなかった。突然、その問いには答えようがないことに気づいたからだった。彼女自身、流産のことをどうして秘密にしていたか分からなかったのだった。

「分からないわ」 バーバラは無表情に答えた。「分からないの・・・」

急に何の前触れもなく、涙が眼に溢れ、頬を伝った。

「ああ・・・赤ちゃんが・・・赤ちゃんが死んでしまった・・・」 彼女は啜り泣きを始めた。

スティーブは反射的に体をバーバラの方に向けた。椅子から腰を上げ、彼女を抱き寄せようとすらしかかった。だが、ぎりぎりのところで、彼は思い出した。カウンセリングの間、これまで彼女が様々な言い訳を繰り返してきたことを。スティーブは改めて椅子に深々と座りなおした。こんなことでは、何も変わらない、と。

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[2008/02/12] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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