「さて、先週、あなたの流産のことが話し合いに出て来たわけですが、奥さん・・・」
ヒューストン氏は落ち着いた声で始めた。前の週の話し合いは、流産の告白で終わってしまった。バーバラは、話しを続けることができなかったからである。
バーバラはカウンセラーに頷いて見せた。スティーブの眼には、こんなに落ち着いた様子のバーバラを見るのは、実に久しぶりに感じられた。彼女は、まっすぐにスティーブを見た。柔らかな口調で話しを始める。
「スティーブ・・・このことをあなたに隠していて、本当にごめんなさい。ヒューストンさんとは、個別のカウンセリングのときに、このことについて話し合っていたの。でも、今も、どうしてあなたに隠したのか、自分でも分からないの。恥ずかしさを感じたということしか言えない。妊娠のことを自分でも知らなかったという点で、自分の責任のように感じたんだと思うわ。どうしてそういう風に感じたのかは分からない。その痛みをどうしてあなたと分かち合うことができなかったのか、それも分からないわ。ともかく、そういうことができなかったの。いつの日か・・・その理由が分かった時には、それを話すつもりでいるけど、今は、私自身、理由が理解できていないの」
スティーブはバーバラを見た。バーバラは、眼を逸らさずにまっすぐ見た。スティーブは彼女がようやく真実を話していると感じた。肩をすくめて見せる。
「オーケー、話しを続けてくれ。今日は、いつになく、包み隠さず、正直に話しているようだから。なんなら別の秘密についても告白してくれても構わんよ」
「どんなことでも」
「では、ラファエル・ポーターとは何回セックスしたんだい?」
バーバラは眼を逸らした。
「彼とは一度もセックスしなかったわ」
「また嘘をついてる。それに、君は嘘を隠すのがあまり得意じゃないね」 スティーブはヒューストン氏の方に顔を向けた。
「僕には、今日は、今の答えだけで充分です」スティーブは冷静な声で言った。「妻が僕に真実を話す準備が出来るまでは、話し合いに何の意味もない」
スティーブは立ち上がり、向きを変え、無言のまま、ドアを出ていった。
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「何回なんだ?」 スティーブは回答を要求した。
前回から2週間経った今夜、バーバラはスティーブの質問を避けようとすることはしないと約束していた。それが、スティーブが二人揃ってのカウンセリングに戻る前提条件となっていた。もしバーバラが再び嘘をついたら、スティーブは即、部屋を出て行くつもりだった。もう、10月になろうとしている。なのに、何の進展もない。
バーバラは深く溜め息をついた。
「2回・・・」 彼女はそう言った後、素早く付け加えた。「でも、あなたが思うセックスとは違うわ」
スティーブはがっくりとして椅子に深々と座った。天井を見上げ、懇願するような表情になる。そして、突然、椅子から立ち上がり、ヒューストン氏のデスクの脇、窓の方へ歩いた。ベネチア風ブラインドの紐を強く引っ張り、ブラインドを最上位で上げた。窓の向こうの夜景を強い眼差しで見つめ、窓ガラスに頬を押しつけるようにして、できるだけ夜空の高いところを見ようとした。
その後、頭を振り、ヒューストン氏の真後ろの窓に急いで移動し、同じことを行った。ベルネ・ヒューストンは、職業柄プロ並みと言える無関心さを装いながら、スティーブの明らかに異常な行動を観察していた。もし、錯乱したスティーブが窓の一つから飛び降りようとした場合、自分は彼を引っ張って押し止めることができるだろうか? スティーブはかなり大きな男だ。
「うーん・・・僕には分からないよ、バーバラ」 スティーブがようやく口を開き、苦情を言った。それからヒューストン氏に向かって言った。「ひょっとすると、今夜も出てきてないようですね? どう思います?」 ヒューストン氏は微妙な咳払いをした。
「えーっと・・・何が今夜も出てきてないと? カーチスさん?」 ヒューストン氏は穏やかな声で聞き直した。
スティーブは答えた。「もちろん、マザー・シップですよ。妻は、明らかに、エイリアンに誘拐されたようです。そのエイリアンは、セックスのことをセックスとは考えていない生物なんですよ。でもバーバラが言ってることは、そういうことですよね? まあ、いずれ近々、彼女のエイリアンの仲間たちは彼女を連れに戻ってくるでしょうけど。・・・ともかく、今夜はマザー・シップが見えないので、多分、今夜ではないのでしょう」
そこまで言ってスティーブは腰を降ろした。彼は、この荒唐無稽な些細な夢物語を楽しんだようだった。
だが、ヒューストン氏はスティーブほどは楽しんでいなかった。もっとも、スティーブは、ブラインドを降ろしながら、降りきる前に窓ガラスに映ったヒューストン氏の顔にちょっと笑みが浮かんだのを見たと思っていたようだ。もう一つのブラインドは、ヒューストン氏が降ろし、その後、席についた。このスティーブの余興の間、バーバラは一言も喋らなかった。バーバラの反応といえば、居たたまれない恥ずかしさによる顔の火照りだけだった。彼女の隠したい気持ちとは裏腹に、首から耳にかけて火照りの赤みが広がっていた。
「話しを続けてもよろしいかしら?・・・」 バーバラはカウンセラーに向けて尋ね、ヒューストン氏は頷いた。
「もちろん!」 スティーブも口を挟んだ。