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「それで、お前は、あのポーターと愛撫し合っていたと、スティーブに認めてしまったのかい?」 リディアが訊いた。
「ええ」 バーバラは憮然としていた。「でも、彼は信じてくれないの。そんな関係は哀れだって言って」
リディアはくすくす笑った。すぐに、孫娘の気持ちを立てて笑うのをやめたが、心情的には、スティーブの意見に少なからず同意していた。
「まあ、でもね、とても興奮することではないのは確かだね」
リディアはそう言ってバーバラの顔を見た。バーバラが顔を赤らめるのを見る。
「お前は、こういう状態に慣れる必要があるんだよ。あの男と何をしたにせよ、それがどんなことであれ、すべきでなかったのは本当なんだから。お前が話したようなことでも、夫以外の男とする権利はなかったのだから」
「でも、ノニー? 実際、セックスしたわけじゃないのよ。そういうことは高校生のときにもしていたし、それに・・・」
バーバラは、話しを続けると、さらに自分を辱めることになると察知し、話しを途中で打ち切った。こういうことを祖母と話し合うことに慣れていなかった。リディアは、すこし冷笑を口元に浮かべたが、すぐにそれを押え込んだ。
「バーバラ?・・・こんな風に考えられないかねえ? もし、スティーブがすぐそこに座っていて・・・」 リディアは、目の前のカウチを指差した。「・・・そして、このポーターって男がお前の真ん前に立っていたとするよ。そんな状況で、お前はその男のあそこを愛撫したりするかい?・・・ズボンの上からとしても?」
リディアは、バーバラの顔がますます赤くなるのを、興味を持って観察した。
「もちろん、そんなことしなわ!」
リディアは頷いた。そして、ちょっとだけ様子を見た。孫娘の反応を期待しながら、観察する。だがバーバラは、かたくなな顔をしてリディアを見つめるだけだった。
「オーケー。それじゃあ、お前はレイフにお尻を触らせたり。。。手をスカートの中に入れさせたり・・・恋人同士がするようなキスをさせたりした? あの写真に写っていたようなことをさせた? 自分の夫の前で」
バーバラの顔は、心臓の鼓動が2回鳴る間に、暗い赤から、さらにくすんだ色へと変化した。固く目を閉じる。
「いいえ」
バーバラは小さな声で言った。リディアは、しばらく沈黙状態が続くのを放置した。この孫娘は、長い間、避け続けてきたことに、ようやく正面から向き合おうとしている。
「スティーブは、お前の振る舞いについてちっちゃい、みみっちい問題を感じているというが、お前もどうやら、その問題を分かりかけてきたんじゃないかい?・・・バービー? 自分の夫の前ではできないようなことなら、それは、やってはいけないことなんだよ」
バーバラは不愉快そうな表情を顔に出していた。うんざりしたような口調で話し始めた。
「ああ・・・多分、自分でも、ずっと分かっていたと思うわ。でも、ノニー? ノニーの言い方だと、なんか、とても・・・とても大ごとで、いやらしいことに聞えるわ」
「とても大ごとだし、いやらしいことだったんだよ」 リディアは毅然として言った。「バーバラ、わたしゃ、これまでもお前があれこれ、事を起こしたと聞いてはきたが、その中でも一番恥ずかしいことだと思っているんだよ。どうして、そんなことができたんだい? そんなことをして、どれだけスティーブが傷つくか、分からなかったのかい?」
「でも・・・でも、ノニー・・・あれは、何と言うか・・・スティーブとは関係のないことだったの。スティーブと私の関係のことは考えていなかったわ・・・」
バーバラは、そこまで言って、話を止めた。うまく言葉にできないフラストレーションから、顔を歪ませている。
「・・・どう言っていいか分からないけど・・・レイフと一緒にいると、別の世界にいるようだったの。全然、リアルじゃない世界。彼とおしゃべりをするとか、キスをするとか、・・・その、彼に触れるとか・・・そういうことは考えていなかったわ。結婚してるわけだし・・・」
「・・・なんて言うか・・・今は、良くないことだったと分かってるわよ・・・でも、レイフといる時は、どんな結果になってしまうかとか考えていなかったの。彼とのことはすべて、一時的なこと・・・それだけ・・・その場だけのことだったの・・・」
「ノニー、私もよく分からないの。どうして、私はあんな風になってしまったのかしら?」
バーバラの声は、心を痛めた子供の声のように聞えた。
「本当に、そのわけを知りたいのかい?」
バーバラは頷いた。眼に涙を浮べている。
「それなら、ヒューストンさんと話し合うこと。言いつくろったりしないこと。分かるね? 自分が思っていることを話して、ヒューストンさんの質問に全部答えること。自分を良く見せようとなんかしないでね。いいかい? お前にできることは、それだけなのは確かなんだよ。それをしなければ、誰もお前を助けることはできないんだから。いいね?」
バーバラは頷いた。リディアは、前のめりになり、大きな安楽椅子の端に腰を移動し、両腕を差し出して、孫娘を抱いた。
「大丈夫、バービー・・・大丈夫。何があっても、最後には、うまくいくから」
「でも、ノニー・・・スティーブは、もう私を愛していないと思うの」 バーバラは啜り泣きをしながら言った。「どうしてよいか分からないの」
バーバラはリディアの肩にすがりつき、しばらくの間、泣き続けた。リディアは、泣きやむまで彼女の肩を優しく叩き続けた。
「お前はスティーブを愛しているんだろう?」
リディアは、バーバラを抱きながら、彼女が頷く動きをしたのを感じた。
「でもね、スティーブはお前に愛されてるとは思っていないのだよ。分かるだろう? 彼は、自分を愛してるなら、どうして、お前がしたようなことができるのか、分からないんだよ」
バーバラは溜め息をついた。
「ええ・・・でも、私はずっと彼を愛しているわ・・・ずっと!・・・私はバカなことをしてしまったけど、スティーブを傷つけたいとは一度も思ったことないわ。どうして、彼を傷つけることになると思わなかったのか、自分でも分からない。・・・彼には知られることはないと思っていたと思う。とても混乱していて、どうしていいか分からないの」
バーバラは再び涙が込み上げてくるのを感じた。リディアは、孫娘の涙に、大事な点をはぐらかされないよう、注意した。
「でも、お前はまだスティーブを愛していて、彼と別れたくないんだろう?・・・いや、今すぐ答えることはないよ。1分くらい時間を取って、よく考えるんだね。お前の夫は、今は、お前のことを愛していない・・・ひょっとすると、もう二度とお前のことを愛することはないかもしれない。お前は、そういう事態と向き合う覚悟ができているのかい?」
バーバラはすぐには答えなかった。リディアの言う通り、時間を取って考えた。
「ノニー・・・」 バーバラは、ティッシュを眼に当てながら、落ち着いた声で話し始めた。「ノニー・・・私は愚か女で、自分でも間違っているとわかっていることをしてしまったわ・・・でも、本当の私は、そんなに愚かじゃないの・・・バカじゃない。スティーブの存在は、私の人生で私にもたらされたもののうち、一番素晴らしいものなの。それは分かっているわ。これまでもずっと分かっていた・・・それについて、しばらく、考えていなかったけど・・・でも、ずっと分かっていたと思う。もう一度、前のように、彼に愛してもらいたいの。彼を取り戻すためなら、どんなことでもするつもりなの」
「そんなことはありえないだろうよ」 リディアは冷たく言い放った。
「え?!」
「いいかい? お前は、今は、スティーブが結婚したときのお前とは同じ人間じゃないんだよ。スティーブは、結婚した時のお前を愛していた・・・でも、今のお前のことは愛していないんだよ。スティーブにとっては、今のお前が何者かすら分かっていないんだよ・・・」
「・・・お前は、スティーブとの夫婦関係から、純粋無垢な部分を取り去ってしまったんだよ。その代わり、夫婦関係を、何か薄汚くて、醜いものに変えてしまった。スティーブは、今は、怒り狂っている・・・彼の気持ちは、すぐに変ることはないだろうよ。お前は、そういう状況に立ち向かえるかい? スティーブがお前に投げつける、不愉快な態度、刺のある言葉、乱暴で嫌みな振る舞い。その全部を彼が捨て去るまで、お前は、それらを受け止め続けることができるかい? どうなんだい?」
バーバラは祖母が語った言葉を噛み締めた。リディアの問いに、挑発的なところを感じた。彼女は、心を固め、しっかりと頷いた。
「スティーブを取り戻したい。彼に戻ってきて欲しい。彼に、私こそが彼の女で、私はもう二度と間違ったことはしないということを分かってもらうため、どんなことでもするつもり」
バーバラは窓の外に眼をやり、通りで遊んでいる子供たちを見た。
「・・・でも、ノニー? どうしたらいいの? スティーブが私のことをもはや愛していないなら、何もできない」
リディアは、笑い出した。
「うふふ。どうしてわからないのかな? この世で一番単純なことだよ・・・もう一度、スティーブにお前に惚れなおしてもらうのさ。それが答え」
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