ディアドラの声は魔法のようだった。優しくもあり、チャーミングでもあって、一種、幼い少女のような声だった。明るい笑い声もあれば、官能的なセクシーさも含まれていた。ミズ・マーティンを電話をしている時に、僕の秘書がオフィスに入ってきたことがあった。彼女は電話が終わるまで、そばに立って待っていた。電話を終えた僕は、頭を振りながら言った。
「わーお! この人、まさに、声からすると抱き頃の女、そのものだよ。こんな素晴らしい声の人は初めてだ。あの南部訛りったらない! どうやら、この仕事は、思っていたほど酷い仕事じゃなくなりそうだ」
僕の秘書は、非常に性格が良い人だが、ずんぐりした体形の48歳の4児の母である。彼女は僕の言葉使いに、頭を左右に振った。
「ドリューさん、お願いですから、そういう言葉を使わないでください。きちんとご説明なさるおつもりでしたら別ですが。それはそうと、その女性、多分、年配の黒人女性だと思いますよ」
「僕の浮かれた気持ちを粉砕してくれてありがとう、キャロル。まあ、その言葉を信じる気になったら、実際に確かめてみよう。あるいは逆かな。実際に見たら信じる、というか。ともかく、この女性は女神のような人だと思うよ。宇宙全体でも、このような素晴らしい声の持ち主は、神々しい体の持ち主にふさわしいと言うものだ。宇宙全体だよ。まさに、そう言って良い声だよ!」
それから1週間か2週間、僕とディアドラはEメールやら、ファックス、データベース、スプレッド・シートなどなど、現代のビジネス社会を特徴付ける情報具を交換し合った。僕は、うちの会社もビジネスで標準的となっている活動に歩調をあわせるにはどうしたらよいか、それをするためにどういう形でインターネット上に存在したらよいかについて、僕の個人的なアイデアも、彼女に伝えた。そういうことを伝えても問題ないだろうと思ったからだ。
僕たちは、電話では、次第に親しい間柄になっていった。彼女の声は素晴らしい。ではあっても、僕は、その声の持ち主が、僕たちにとって敵になる可能性があることは、決して忘れていなかった。いや、同盟関係になる可能性もある。そして、同盟を結べる相手は多いに越したことはないのだ。特に、自分の会社がどう運営されるかに関して大きな発言権がある人ならば、なおのことだ。ともかく、僕の状況は、社内の政治的に厄介な状況ではあった。僕は、仮にディアドラに意見を伝えることができたら、僕自身の計画を推進することができる立場にいる。もちろん、そうすることで、僕自身、利益を得ることになるだろうが、会社全体も、そういう方向に行くのが良いと、心から信じているのも本当のことである。
僕たちは、この下準備的な実際的管理の仕事をすべて行った。だが、本当の仕事は始まったばかりだった。ディアドラが、2、3週間、うちのプラントに滞在し、どのように仕事がなされているか、我々の方法がどうで、その問題点は何かを視察することになってから、本格的な仕事になった。僕は、その2、3週間、ディアドラと同じ部屋で仕事をすることになっていた。これは天国になるか、それとも地獄になるのか? もし、ディアドラが声の様子とはまったく違う容姿だったらどうなるのだろうか? まあ、それでも構わない。声にふさわしい素敵な女性であって欲しいというのは、僕の個人的な希望にすぎないのだから。それに、ディアドラ・マーティンとの関係が、仕事以外のことになると思える根拠は、正直、まったくなかった。彼女は、純粋に仕事の面で僕を助けてくれるかもしれない。あるいは、仕事の面で僕を凌駕し、僕を無能と認定するかもしれない。どちらにせよ、ディアドラは僕に影響を与え始めていた。そのような思いは、あまり心地よいことではなかった。