「ディアドラ、これから話すよ。でも、僕はあなたの言葉を信じて話すということも分かって欲しい。僕を問い詰めたりしないって言ったけど、その言葉、真剣に言ったことだと信じているんだ。僕は無害な人間だ。僕の中には卑しく暴力的なものがない。そのことだけは信じて欲しい。僕は、他の人に対して偏執的な感情を抱いたりするようなタイプでもない。根は、お気楽な男なんだ。それが僕の話し。その点だけは、分かって欲しいところなんだ」
ディアドラは、再び、あの半信半疑の笑みを浮かべた。「分かったわ。あなたは無害な男。私自身、それ以外に考えてもいなかったけど。それで? 話の続きは?」
僕に残された選択肢は、彼女に、僕の理論のことについて話すことだけだと思った。
「始まりは、月曜日に僕たちが握手をした時だったんだ。何か魔法のようなことが僕に起きたんだよ。いや、でも、魔法のはずがない。僕は考えて、それはあなたの肌と関係があると理論化したんだ。僕は、あなたに対して好意的に反応するよう、前もって性向が決定されているんだと。それは認めなくちゃいけないと。あなたの声は音楽のようだ。僕は、ここ何週間か、僕の秘書と冗談を言いあっていたんだ。こんな素晴らしい声は、一体、どんな肉体が発しているんだろうとね。でも、僕があなたの声とかに妄執しているとかではないんだ。ただ、素敵だと思っただけ。素敵な声だと・・・」
「・・・そういうことがあったから、あなたと初めて会うときは興奮していた。でも、それ以外の点では、あなたに対して、何の先見も持っていなかった。僕は、生身のあなたが、素晴らしい声が持っている考えられないほど高い基準にふさわしい、素晴らしい人だった場合、どうすべきか、という不測の事態に備えた計画を立てていなかった。実際、キャロルに、あなたが60歳の黒人女性だと聞かされ、半分、納得していたくらいだから・・・」
「・・・そこで、あなたと会った。すごい美人だった。OK、それはそれで、楽しく仕事ができる、と思った。これからの3週間、目にも耳にも、甘美な人と一緒に仕事ができるんだな、と。本当に幸せだった。でも、そのとき、あなたが微笑んだんだ。ディアドラ、あなたの微笑みは、男に対してはフェアじゃないよ。あの時、そうだったように、あなたの瞳が輝いた。その瞬間、僕は魅せられてしまった。僕が思っていることが分からないなんて言わないで欲しい。多分、どんな男もあなたの瞳を見つめる機会を求めて命を懸けるだろうと思う。少なくとも、僕はそうだ。でも、それですら、やろうと思えば、僕は、何とかしのげると思うんです。問題はあなたと触れたことだった・・・」
「・・・あなたに触れた途端、僕は完敗してしまった。多分、あなたの体の化学的性質と関係があると思う。あなたの身体的構成に含まれる何かが、僕の身体的構成に含まれる何かと、完璧にフィットしているんです。少なくとも僕の見方からすると、そうなんです。中毒的性質もあると思う。あなたのそばに行くといつでも、この化学的誘引が活性化し、僕の普段の自我をのっとってしまうようなんだ。突然、あなたのことしか考えられなくなってしまう。本当にすみません。心配しないで欲しい。僕はストーカーとかじゃない。あなたに妄執を抱いているように見えるかもしれないけど。いや、ちくしょう、実際、妄執を抱いているじゃないか。でも、僕が倫理的な一線を越えてしまうのではといった心配は、決してご無用ではあるんです。あなたに、話しなさいと言われたから、こうして話しているわけだし。ある意味、こうして話せて、喜んでいる部分もあるんだ。あなたのような素晴らしい人は、どれだけ素敵な人か、どれだけ魅力的な女性か、人を虜にし、どこを取ってみても魅了的だと、一生、毎日、語り続けられるべき価値があるのだから・・・」
「・・・もう、これ以上、このことについては言いません。僕のことについて気を揉む必要はまったくないということだけは分かって欲しい。僕はフェミニストなんですよ。信じてくれますか? 僕は、職場でのセクハラには断固として許容しない立場です。信じてください。あなたを居心地が悪い気持ちにさせるつもりはまったくないんです。あなたからは、男女の関係について何の期待も持っていない。ですから、もし、あなたがよければ、このまま普通に仕事を続けたいのです。どうか、この件を、このまま放置して、風化するに任せてくれたら、助かるんです。どうか!」
僕は、必死に訴え、話しを終えた。