「無垢の人質」 第1章 Innocent Pawn Ch. 01 by wishfulthinkingc
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「陛下」
書斎の入り口に、白髪を束ねた痩せた男が現れた。
「ジャン・クロード」
レオン・ド・アンジェは、顔も上げずに自分の召使の名を呼んだ。手に持つ羽ペンは、ページの上を走り、くっきりとした太字の文字を休むことなく書き続ける。
「ド・ロリエーの者が謁見を願い出ております。陛下にとって大変、興味深きものを持参したと申しております」
「ほう・・・」 レオンは呟き、羽ペンをインク壷に浸し、皮椅子の背もたれに背中を預けた。辛抱強く命令を待っている召使に目をやる。
ルビーに覆われた短刀を取り、その鋭い刃先を指でなぞった。突然、笑みが顔に浮かぶ。勝利と憎悪が混じった不思議な笑みだった。
「ここに通せ」
ジャン・クロードは深々とお辞儀をし、静かに部屋を出た。程なくして、一人の男を連れて戻ってきた。
ド・ロリエーの者は、闇のごとき黒い肌をしていた。黒皮のズボンと胴着のために一層黒さが際立っていた。腰に下がる長い剣。それだけが目で確認できる武器だった。
レオンは優雅に立ち上がった。立ち上がるだけで、容易に部屋の中、最も背の高い存在になった。
「カイン」
黒人はお辞儀をした。
「立って良い。我々の間に形式ばったことはないはずだ。特に、訓練場でお前を倒し、尻餅をつかせた後はな」
一瞬、黒い顔に白い歯が光った後、男は頷いた。
「何の用でここに来たのか?」 レオンは幅広の胸の前に腕を組み、尋ねた。
「私の君主に、陛下のたゆまぬご支援への感謝の印をお持ちするように命ぜられ,ここに参りました」
半年前のレオンの父の死に関して中心的な役割を果たした、ド・ロリエーの側近の一人が働いた裏切りに関しては、それ以上、説明の言葉はなかった。
「そのような贈り物は、友人同士の間では不必要なのだが。しかし、お前の主君には、そのような予期せぬ贈答に対する私からの心からの感謝を伝えてくれるとありがたい」
カインは礼をし、大股でドアへ歩み、大声で何事か命じた。すぐに男が現れ、若い娘を運び入れた。
レオンは、褐色の目を細め、ゆっくりと、その意識を失った娘の全身に視線を這わせた。顔を隠している深紅のスカーフ、地味な灰色のガウン、そしてそのゆったりとした裾から覗き出ているピンク色の足先を目に入れる。
レオンは、無表情のまま、男に、石製の暖炉の近くにある、背低の皮製の長椅子に彼女を降ろすよう命じた。男が、娘のか細き体を長椅子に優しく降ろし、部屋を出て行くまで、カインもレオンも、無言のままでいた。男が出て行くと、カインが口を開いた。
「この者は、イサベラ・マルジェリ・ダルサと言います。フレドリッヒ・ダルサ伯爵の生存している唯一の子」
「イサベラ・・・」
レオンは、呟き声で娘の名の音を口に出し、試した。レオンの父の残虐な殺戮に関わっていた男の娘。レオンは、勝利がこれほど手近に来ているとの思いに、彼は体の両脇でこぶしを握った。
「この半年、この娘の生存の痕跡を求めて、部下にイングランドとフランスじゅうを探させてきたのだ。だが痕跡を見つけられなかった」 レオンは、獲物からようやく視線を上げながら言った。「お前の部下はどこでこれを見つけたのだ?」
「フランス・アルプスの修道院です。ある修行尼が自由になるのと引き換えに喜んで情報を提供したのです」
「自由になる引き換えとは、修道院からか、それともお前からか?」 レオンはもの柔らかに尋ねた。
「これは、これは、修道院からですよ、陛下。世の中のことが分かり始めたらしい田舎娘で、修道院から逃れたがっていたのでしょう」
「では、この娘は?」 レオンは、今の心境とはかけ離れた気軽さを装って、尋ねた。
「私の部下には触れられておりません。処女であると申しております」
「それはいずれ分かることになろう」
レオンは引き出しを開け、重々しい銀の箱のふたを開けた。中から巾着を取り出し、カインに投げ渡した。カインもその部下も、ド・ロリエーに報酬をもらうだろうとは知っていたレオンだったが、彼等は、自分の部下ができなかったことを成し遂げたのである。その点でも、豪勢な報酬を与えるに値した。
「陛下、何とご寛大な」 カインは、レオンの寛大さに驚きつつも、それを素早く隠すべく、小声で呟いた。「私の部下も、同じように感謝するでありましょう」
「召使に、お前とお前の部下たちを台所に案内させよう。料理人がお前たちの求めに応じるはずだ」
カインは、退出を命じられたと理解し、頭を下げ、素早く部屋を出た。