怒りと沈鬱。それが今のスティーブの日常の一部となっていた。毎日、眠るために睡眠薬を飲み、目を覚ますために何杯もコーヒーを飲む。医者に抗うつ剤を処方されたが、それを飲むと神経質になる感じがしたので、飲むのを止めてしまった。
彼を悩ませていたのは、バーバラの不倫それ自体もあるが、他に主に2つあった。その一つは、バーバラの言い分だった。彼女は、家の中で疎外されていたことと、自分の犯した不実に直面しなければならないことにより心の痛みを感じているとし、その痛みは、スティーブの感じている彼女の裏切りから受けた深い怒りと同等だと言い続けていた。
もう一つは、スティーブが顔を見せるといつも、彼は過剰反応していると言う人が必ずいることだった。スティーブは自分の感情を理解できない人々に分かってもらおうとしたが、今や、説明するのを諦めてしまっていた。とはいえ、内心、苛立たしさを感じていることには変わりがなかった。
この週末は荒れた週末だった。兄のジョンが電話をよこし、誘われて、土曜日に一緒にスポーツ・バーにテキサス大チームのフットボールを見に行った。テキサス大のロングホーン・チームは、確かに勝ったものの、あまりにもずさんな勝ち方だったので、スティーブにとっては、何の満足感も得られなかった。
翌日曜日、ジョンの家でディナーを食べた。楽しい夕食だったが、ジョンと彼の妻サンディの間の愛情深さに目が行き、かえって心が痛んだ。サンディは、夕食後、ジョンの後ろに立って、長い時間、肩揉みをした。それを見てスティーブは涙が溢れた。そして、それを見られまいと、二人から目を逸らさなければならなかった。スティーブは、いとまを告げ、早々に引き上げざるを得なかった。
そして月曜日。その日の夜、彼は家で独りダラスのカウボーイズ・チームとシアトル・チームとのフットボール試合を見ていた。つまらない試合だった。カウボーイズは2点のリードにしがみついた試合をし、できるだけ早く試合を終わらせようとしているようにしか見えなかった。
スティーブは試合を見ていたものの、気はうつろだった。バーバラが感じていると言った『心の痛み』とは何なのか? 彼女は彼自身の心の痛みについて、本当に分かっているのか? 自分がそういう疑問に取り憑かれてしまっていることは分かっている。だが、どうしても頭から振り払うことができない。
この前のカウンセリングで、デビーのことについて話し、彼女がレイプ後、心痛を抱き、その心の空虚感に共感できると言った。だが、自分自身、共感しているとは言ったものの、誇張した言い方だったのは知っていた。実際は、自分は、逆の立場から、あの言葉を使っていたのだ。自分自身は、デビーの心の痛みをほんの少ししか分かっていない。だが、もしデビーが自分の立場なら、今の自分の心に巣食う空っぽの虚しさを理解してくれるのではないか。
だが、いずれにせよ、この酷い状態は好転しそうになかった。スティーブは、バーバラに、いま彼女が感じている、その『心の痛み』とやらが、いかに些細なものか、それを味わわせるにはどうしたらよいかを考えていた。今の自分の気持ちに比べたら、バーバラが感じている痛みなど取るに足らないものだということを、はっきり知らせてやりたかった。だが、どうやったらそれができるか思いつかない。それを考えて、夜中、突然、目が覚めてしまったり、日中、他のことをしていなければならない時に、ぼんやり中空を見つめていたりしてしまってる。
ダラス・チームが3つ目のファンブルをし、緑色のジャージを着たシアトル・チームに負けたとき、ある機会が玄関のドアをノックした。
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