「で、あなたの方は、その後、どうなの?」
エレーンは、そう訊いた後、そばにいたウェイトレスに向かって、「ニューヨーク・カット(
参考)を、ミディアム・ウェル(
参考)で。それから、ベイクト・ポテトも。サワークリームはなしで」と言って、メニューを閉じ、若い娘のウェイトレスに返した。ウェイトレスは、問いたげそうな顔でスティーブを見た。
「えーっと、・・・僕にも同じものを。ただ、ステーキはミディアム・レアで頼むよ」
ウェイトレスはにっこり笑顔を見せ、素早く注文書にメモをし、立ち去った。
「何も変わっていない」 スティーブは、先のエレーンの質問に答えて言った。「バーブの弁護士は、次々と障害物を投げかけ続けている。僕の収入についての情報を求めてきたり、夫婦所有の財産の分与に関して調停を求めてきたりとか・・・そんなところだ。離婚を留まらせるために思いつくことなら、すべて、どんなことでも言って来る・・・もう、うんざり・・・だが、僕にできることはあまりないし。何だか、僕は、僕の雇っている女性弁護士をお金持ちにしているのだけは確かだな、って」
スティーブは皮肉っぽく言った。エレーンは、彼の言い回しに、くすくす笑った。
「ええ、そうね。気持ち、分かるわ・・・ところで、カウンセリングの方はどうなってるの?」
「なにも」 スティーブはそっけなく返事した。「バーブは、ようやく、カウンセラーに、性的な交際をしていたことを認めた・・・それは、エレーンさんもすでに知っているよね。それで、今、バーバラは、ある心療医師のところに行って診察してもらっているんだが、僕には、その医師はバーバラの頭にくだらないことばかり詰め込んでいるとしか思えない(
参考)。これまでのところ・・・バーバラが、そもそもどうして、感情的にも肉体的にも浮気を繰り返すのかを、ちゃんと説明してくれそうなことは、何一つ、でてきていない・・・」
スティーブは、アイス・ティーを口に含み、氷をひとかけら飲み込んだ。
「・・・その点を除けば、すべて順調かな」 彼は冷笑し、唇を歪ませた。エレーンは手を伸ばし、スティーブの手を優しく叩いた。
「気持ち、分かるわ。私も、こんなこと起きていなかったらといつも思っているもの」
スティーブは肩をすくめて見せた。「しょうがないよ」(
参考)
二人はウェイトレスが運んできたサラダを食べながら、しばらくの間、無口になった。
「そう言えば、月曜の夜に変なことがあった」
サラダの皿が片付けられた後、スティーブが話し出した。
「どんなこと?」
「義理の妹が僕のところに立ち寄ったんだが、・・・何と言うか、彼女、家に入るなり、すぐにくつろいだ感じになって・・・」
スティーブは注意深く言葉を選んだ。エレーンはくすくす笑った。
「妹さんが、権利を主張しだしたということ?」
スティーブは居心地が悪そうに、座りなおした。
「正直、彼女が何をしようとしたのか分からない。彼女は、子供の頃は、僕にのぼせあがっていたんだけど、僕は、そんなことはもう終わっていたと考えていたんだよ」
「その妹さん、おいくつなの?」 エレーンは興味を引かれたようだった。
「ああ、確か、もうすぐ19歳だと思う。誕生日が感謝祭の翌週だから」
「なるほど」 エレーンは頷きながら答えた。「まあ、充分なお年頃ね。それに、私には、その妹さん、まだ、あなたに夢中だった気持ちのこと、忘れていないように聞こえるわ」
二人は、それからもう10分ほど会話を続けた。やがて、二人の前のテーブルクロスに、メイン・ディッシュが置かれた。その後は、腹をすかせた二人は、肉汁滴るステーキを胃袋に取り込むことに忙しくなった。
しばらくしてエレーンが会話を再開した。
「私、少しは焼餅を抱くべきかしら?」 フォークを掲げ、宙に線を描くように振って話す。
「え? ごめん。何て?」 スティーブは、噛んでいたステーキの一片を飲み込んだ後、返事した。
「何と言うか・・・もし、あなたがバーバラへの復讐セックスをするつもりなら、そのお相手は私にすべきじゃないかしら、ということ」
エレーンは、スティーブに向けて、わざと色っぽくまばたきして見せた。スティーブは、エレーンが嫉妬している振りをするのを見て、笑った。
「女よ、我は、それを行うことは愚かしいことだと決めた日のことを、いまだに後悔しているのだよ」 スティーブは、尊大な口調で言い始めた。「汝、何ヶ月もの長きに渡って女なしで生きてきた男に、その話しを持ち出すことは、如何に残酷なことか、ご存知か?」
エレーンは、誘惑する振りをしながら、笑顔でまばたきをして見せていたが、すぐ後に、ふざけた表情が彼女の目から消えた。
「ああそう・・・あなたの心がどこにあるか分かったわ」 エレーンは落ち着いた声で言った。
スティーブは、問いたげな顔でエレーンを見た。そして彼女が向かっている方向を理解したのだった。
エレーンは、夫と新しい絆を作り出そうとしている。本質的に、夫と新たに結婚しなおすことを目指していると言ってよい。だが、スティーブの方は、自分の行った結婚の誓いは、修復不可能な形で破られてしまったとみなしていた。まだ、法廷で、夫婦関係を破棄する宣言をまとめる儀式は行っていないのは確かだが、それは、ただの形式的な儀式に過ぎない。
スティーブは、居心地の悪さを感じながら、しかし同時に、興味をそそられながら、レストランを後にした。エレーンは、友として、支援してくれたと言ってよかった。彼女は、長い間、封印され続けた性欲を解放することに罪悪が伴うとは言っていなかった。・・・たとえ、その相手が、じきに元義理の妹になる若い娘であるとしても、それは問題だとは言っていなかった。
エレーンはバーバラの味方でもなんでもない。彼女は、スティーブがバーバラの妹と関係を持ったなら、それによって、バーバラは、浮気されることがどのような感情をもたらすのかを、はっきり認識できるようになるだろうと言った。1度だけでも、確実に、そして明瞭に、浮気された者の気持ちを彼女に教えることになると。「確実よ」 と彼女は言った。
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