「報復」 第7章
10月中旬
最近、スティーブにとって、土曜日の午前中はのんびりと過ごす時間になっていた。バーバラがいないおかげで、片付けなければならない「ハニー・ドゥー・リスト」(
参考)もなければ、自分の時間を奪う者も誰もいない。テレビ局が本日の放送に選んだ大学フットボール試合は、興味を惹かない試合だったが、それでも、ちょっとした家事をする間のバックグランド音楽のようなものとしてテレビをつけておいた。
トーストしたチーズ・サンドイッチとチップスを昼食として食べながら、スティーブはいろいろ思いをめぐらした。昨夜、キムが接近してきた時、どうして自分はそれを拒んだのだろう? キムと関係を持ったとしても、バーバラには、もはや、浮気を非難する権利はない。それに何よりキム自身が乗り気だったのだ。なのに、どうして?
スティーブは、キムはバージンではないと睨んでいた。バージンである理由が見当たらない。彼女の言葉使いや行動から、彼女はスティーブに何をしたいと思っているか、スティーブに何をしてもらいたがっているか、はっきり認識できていると分かる。今のところ、誰も傷ついてはいない。だが・・・スティーブは、自分自身がどうしたいと思っているか分かっていなかった。人生が段々ややこしくなってきている。
電話が鳴った。台所にある電話の子機では、発信者の番号が表示されない。スティーブはとりあえず電話に出ることにした。
「スティーブ! 調子はどう?」
「やあ、バーバラ・・・」 スティーブは、電話してきたのはキンバリーがかもしれないと思っていた。最悪でも、バーバラの父親か母親ではないかと。「・・・何か用?」
「用事というか、今度の木曜日にある夫婦カウンセリングについてだけど、次の月曜日に変更しても大丈夫か、確かめたかったの。私、仕事の会議でオマハに行かなくちゃいけなくなったので・・・」
「いや、それはダメだよ。月曜には、街の中心地に予定されている新しい連邦関連のビル建設の契約で、ワシントンから議会の職員一行が来ることになっていて、その人たちを接待することになっているんだ。これは絶対に逃すわけにはいかないし、接待するとなれば、一日中付っきりになる可能性が高い。僕もエスコート役の一人になっていて、連中をディナーに連れて行ったり、それから・・・まあ、どういうことか、分かるだろう?」
「分かったわ、あなた・・・いや、スティーブ」
バーバラの声には責めるような気配はなかった。スティーブの断りを額面通りに受け取った。次の言葉を出すとき、バーバラはためらった。スティーブは、バーバラが意を決して深呼吸する音を聞いた。
「スティーブ? ・・・あのことについては何か・・・」
「いや」 抑揚のない声でスティーブは答えた。彼には、バーバラが何を頼もうとしてるのか話しを待つまでもなかった。たとえどんなことでも、答えはノーだ。
「スティーブ、気持ちは分かるわ・・・ヒューストンさんが私にも分かるように説明してくれたから・・・だから気持ちは分かるの、あな・・・スティーブ」
バーバラは少し間を置いた。
「全部を元通りにして、すべて問題がない状態にするためなら、私はどんなことでもするつもりなんだけど、でも・・・」
「いや、バーバラ。君は僕が感じていることを分かっていない。それは、この上なくはっきりと分かる。そういうことを言うのはやめることだよ。そのようなことを言う君の気持ちは、真実の気持ちじゃないし、これからもそれは変わらないだろう」
「オーケー、オーケー、分かったわ・・・怒らせるつもりはなかったの。ただ・・・まあ、よしましょう。じゃ、また今度。体に気をつけてね」
スティーブはこみ上げていた怒りを飲み込んだ。深く息を吸って落ち着く。
「ああ、じゃあ、また」
「じゃあ」
二人はほぼ同時に受話器を置いた。
電話の後も、長い間スティーブは腹が煮えくり返ったままだった。過剰反応だと責められたり、バーバラに「気持ちが理解できる」と言われたりと、彼は気が狂いそうだった。長い時間の後、ようやく怒りが鎮まったが、その後は、これまでにないほど深く気分が落ち込み、陰鬱になってしまったのだった。
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