ディアドラの身体は柔らかだ。信じられないほど柔らかだ。こんな柔肌には触れたことがない。あまりに柔らかで、強張ったところがほとんどない。抱き合いながら、両手で彼女の背中を擦りまわった。それに彼女のキス。詩人たちが言い表そうとして、ことごとく失敗してきたような夢のキス。あの唇の柔らかさ。唇が触れたときの痺れるような感覚。身体の温かさ。抱擁の優しさ。そのすべてにより、僕は、途絶えることのないロマンティックな愛のもつ永遠の深淵へと飲み込まれていく。まるで、僕の分身が外から僕の様子を見ているような感じだった。僕の一部が、僕がディアドラに溺れていく様を見ている。
「これをやったら死ぬことになるだろう」と自分に言いながら、それでも先に進み、やってしまったという経験が、皆さんにもないだろうか? まさにディアドラがそうだった。彼女との関係には未来がない。ディアドラにとっては、一夜だけの関係なのだ。僕の人生は、あと2週間で終わってしまう。僕はこれで死ぬことになるのだ。
でも、ともかく今は彼女は僕と一緒にいる。だから、このひと時だけでも永遠の時のように感じられるようにしなければ。
キスをした。永遠に続くように感じられた。ひょっとすると、僕も彼女も、どちらもやめたいと思わなかったようだ。少なくとも僕はやめたくなかった。いつまでもキスを続けていたかった。ようやく彼女が顔を離した。彼女は瞳をキラキラ輝かせていた。ディアドラは、瞳に、これを持っているんだ。何か分からないが、内部スイッチのようなものを持ってて、彼女はそのスイッチを入れたり切ったりできるように見えた。スイッチが入ると、彼女の瞳に光が灯る。その光は、美しく、まばゆく、魔法のように僕を夢中にさせる。この現象が起きるのは、彼女が微笑んだ時だけじゃないかと思った。
「ありがとう、アンドリュー。これまで私に起きたことすべての中で一番素敵なことだったわ」
僕はまだ恐れていた。「乱暴すぎたんじゃ?」
ディアドラはちょっと微笑んだ。あの愛らしく温かみのある笑み。
「いいえ。乱暴すぎたりなんかじゃなかったわよ。ちょっと圧倒的ではあったけど。でも、時には、圧倒的だったほうが素敵なこともあるの」
「もしもう一度するとしたら、絶対、時間をかけて優しくするから。約束する。なんだか、突然何かに盗りつかれてしまったみたいだったんだ。僕は僕じゃなかったんだ」
ディアドラは笑い出した。おおらかでうたうような笑い。彼女の目が、顔全体が笑っているようだった。
「あなたじゃなかったの? だったら、私を殺しそうになっていた、そのもう一人の方の男の人に会いたいわ」
ディアドラは、遊び心がある、一緒にいて楽しい人だ。彼女の人格の不可欠の部分として、ユーモアがあって、それはベッドの中で、一層、表に顔を出してくるように思えた。愛らしく、くつろいだ雰囲気で、すべてのことに対処する、そういう人だった。
僕たちは、抱き合ったまま、話しを続けた。僕は彼女のことを知りたかった。僕が知っているのは、基本的な事柄だけ。彼女が、南部出身で、ニューヨークに行き、大きなコンサルタント会社に勤めていて、美人で、僕がずっと前から待ち望んでいた人。ただ、ひょっとすると、彼女は、僕が彼女のことをずっと前から待ち望んできた人と思ってるとは感じていないかもしれない。
ディアドラが、少しだけ身の上話をしている間、僕は両腕に彼女を抱きしめ続けていた。このままでいたい。いつまでも。まさにそう願う状態になっていた。
「私はサバンナの出身。正確には、サバンナの郊外の町の出身。父は医者で、母は専業主婦。妹がいて、名前はドナ。私たちはドニーと呼んでるの」
「ということは、君と血がつながった女性が他にもいるということだよね? わーお。彼女、君にそっくり?」
「ええ、とても似ているわ。私たちほど親密な姉妹はいないと思う。しょちゅう、妹とはおしゃべりしているのよ。二人とも、何でも話し合ってるの」
僕は、横目になって意地悪くニヤリと笑むというお約束の反応をした。「何でも?」
ディアドラはまた笑った。彼女はくすくす笑うということはしない。彼女は、僕がこれまでデートしてきた若い女たちがよく見せるような、神経質に気を使ったありきたりな反応は一切しなかった。彼女は、面白いと思ったら、おおらかに笑うし、気を使うべきか迷ったら、率直にそのことを言った。決して、神経質っぽくくすくす笑うことはない。
「ええ、何でも! ドニーなら、この話し、喜ぶと思うわ」