案内されたテーブルは壁際のところだったけれど、他のテーブルが見渡せるところにあった。マークとトレーシーはアルコール飲料を注文した。私もとても飲みたかったけれども、今の格好だと21歳としては通らないのは知っていたし、実際、まだ、その年齢になっていないので、ウェイターに年齢を吹っかけるのはやめにした。もっと言えば、そんな時間はなかったのが事実。ウェイターが注文を取って立ち去るとすぐに、父が入ってきたから。
ボーイ長の後につきながらテーブルに向かう父を見ながら、私の心臓は高鳴っていた。父は、上質な仕立て服と思われるグレーのスーツを着ていて、ブリーフ・ケースを持っていた。と言うことは、仕事から直接ここに来たのだろう。どうしてか分からなかったけれど、父は40歳には思えないほど若々しく見えたし、客観的に見て、とても魅力的な男性だったのだとも気がついた。
ウエストラインも細く、少しも太っている印象はない。胸板も、いつもバーベルを上げているかのように、立派だった。だが私は、父が運動をしているのは見たことがなかった。背丈も、私より15センチ以上は高く、肩幅も広い。正直言って、自分の父でなかったら、その魅力に惹かれていたことだろう。
トレーシーは、私がどこを見ているのか見ていたに違いない。彼女は私の脇を肘でつつきながら訊いてきた。
「あの人?」
私は、どうしても父から目を離せず、答えなかった。ただ、頭を縦に振るだけ。
「彼、なかなか素敵な人じゃない? どうして、お父様がハンサムだって言ってくれなかったの?」
父から目を離さぬまま、できるだけ小さな声で返事をした。
「今まで、そのことに気がつかなかったんです」
トレーシーはビデオカメラをテーブルに置いて、父へと焦点を合わせた。準備を整え、録画ボタンを押すとすぐに彼女は言った。
「オーケー。そろそろ、あなたのお父様が、新しくできた娘に会う時間が来たようね」
トレーシーが言うことも分かっていたけれど、どうしても足を動かすことができなかった。足を動かすだけでも、とてつもない勇気が必要だった。
私が立ち上がるとすぐに、父が私に視線を向けたように感じた。私は父が座っている方に顔を向けた。やっぱり、本当に、父は私を見ている!
父が私を見ていると知った後は、もう、どんなことになっても、最後まで乗り切らなければならないと悟った。父の顔を見つめながら、彼の座るテーブルへと歩いていった。父の顔からどんどん血の気がうせていくのが見えた。まるでショックを受けたかのように、口をあんぐりと開けている。
ようやく、父のテーブルまでの12メートルほどを進みきり、父の前に立った。
「座っても構いませんか? それとも、消えた方が良いですか?」
父は紳士的に立ち上がり、答えた。
「私は息子が来るのを待っているんですよ・・でも、・・・」
父の声は次第に小さくなり、その後、認識したらしい表情が顔に浮かんだ。
「まさか、スティービー?」
このときになって初めて、私は、父が私のことを認識していなかったのだと気がついた。でも、父が青ざめた顔になったのはどうしてなのか、なぜショックを受けたような顔になったのか、分からなかった。でも、その時点で私が考えていたことは、そのことではなかった。
「ええ、お父さん。私です。でも、今はステファニという名前で通っています」
「ああ、そうか。それなら訳が分かるね。あ、そうだな。座った方がいいな。このままだと、みんなの注目を浴びることになりそうだから」
父はたどたどしい口調で言った。
いまだに父は自分がしたことを分かっているとは思えないのだけれども、この時、父は、私のために椅子を引いて、私が腰を降ろすのを待っててくれたのだった。私は、腰を降ろしながら、どうしてもにっこりと微笑んでしまった。