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報復 第8章 (5) 

建物の外、駐車場のところで、スティーブは呼び止められた。

「スティーブ! 待って!」

バーバラだった。スティーブのことを追いかけてきたのだった。彼は驚いたが、バーバラがカウンセリングに現れたこと自体に比べれば、驚きの度合いは小さかった。

スティーブは、バーバラが建物の1階から駐車場に通じる二重ドアを足早に歩いてくるのを見た。バーバラは、何か意を決したような表情を顔に浮かべていた。それに、少なからず、怒っているような表情も。バーバラは、スティーブに追いつくと、彼の腕をぎゅっと掴んだ。

「あなた、本当に、今は、自分を哀れむ気持ちからは抜け出ているのよね? どうなの?」 強い語調だった。

一瞬、スティーブは、バーバラの怒りを、そのまま彼女に返してやろうという誘惑に駆られた。だが、ぐっと堪えて、黙ったまま、怒りが鎮まるのを待った。それから、曖昧な笑みを浮かべながら、返事をした。

「ああ・・・もう大丈夫だと思うが」 落ち着いた口調だった。

だが、実際は、つい、この日の午後まで、スティーブは、自分の中にそういう感情があるのに気づき、困惑していたのである。だが、彼は、何とか、その「可哀相な自分」といった自己憐憫の感情を押し潰し、深く鬱屈した感情のあまり衝動的にキンバリーと行為をしてしまった事実と直面するよう、気持ちを立て直したところだった。

彼は、自分がやってしまったことを少なからず悲しいことだと思っていた。キムが持っていると思われる様々な性感染症に自分を晒してしまうという、そんな無謀なことをしなければ良かったと後悔していた。だが、すでにこんなに時間が経っている。彼にできることは何もなかった。

バーバラは、スティーブの顔に浮かぶ表情を逃すまいと、彼の顔を見つめた。夫の心は安定しているという、何か安心させるような証拠を求めて、表情を探っていた。夫は自殺を考えていたと聞いて・・・いや、事実上、すでに自殺をしてしまっているのかもしれないけれど・・・それを聞いて、彼女はひどく心を乱していた。このことに、どう対処してよいか、バーバラには分からなかった。そういうことを前もって考慮していなかったし、対処する心積もりも、もちろんなかった。ただ、前進すべきとは思い、とにかく、以前から、今夜しようと計画していたことをすることに決めたのだった。

「コーヒー!」

バーバラは強い口調で、そう言い、通りの向こう側にあるデニーズを指差した。

スティーブは、煌々と明かりが灯るレストランに目をやり、肩をすくめて見せた。バーバラとコーヒーを飲むことには、何ら問題はない。ただ、ふと、そういうことをバーバラと3週間前にできていたら、どうだったろうと思った。キムと無防備なセックスをすることによって、いわば、もやもやを晴らし、そうすることによって自分を・・・そんなことをする前にバーバラと話していたら・・・まあ、だが、あの時の自分には、キムとのセックスはどうしても必要なことだったのかもしれない。何と言うか・・・

スティーブは、先のカウンセリングが始まった時のような、奥深い平安の感情は消えていたが、それでも再び、落ち着いた気持ちになった。内心、自分のことに驚いていた。どこか、ある時点で、永遠に失われたとばかり思っていた自信が、再び、自己主張を始めていた。彼は、バーバラと話しをしてやっても良いという気持ちになっていた。

********

「家に戻りたいわ」

何の前触れもなく、バーバラはいきなりスティーブに言った。

二人とも隅にあるブースに腰掛けたばかりだった。スティーブは、いきなり、そう言われて驚いた。まるで流行になってるのか、今日は驚かされっぱなしだ。

沈黙の後、ようやくスティーブは口を開いた。

「それは、いい考えだとは思わないね。何も変わっていないんだよ、バーバラ」

「何を言ってるのよ、変わったわよ! スティーブ、あなたは日曜日から妹に6回はセックスしたわ。それで、私がラファエル氏や誰それにしたみみっちい手仕事は帳消しよ。今こそ、私たちが、いくつかの事柄について再検討するのに絶好の時期だわ。そう思わない?」

ウェイトレスが二人に熱いコーヒーを持ってきた。スティーブは彼女に微笑んで、ありがとうと言った。彼は、砂糖をふた匙入れ、ゆっくりと時間をかけてかき回した。だが、やがて、時間を延ばす方法が思いつかなくなる。彼は顔を上げて、バーバラを見た。

「そうはならないよ。僕がしたことは、君がしたことが何であれ、それを帳消しにすることにはならない。僕が君の妹と一緒になったとき、君はすでに僕たちの結婚の誓いを破ってしまっていたんだ。僕にしてみれば、君が、あの野郎と二人っきりになった、その最初の瞬間に、僕たちの夫婦関係は空虚なものに変わってしまったんだよ」

バーバラはテーブルに覆いかぶさるように前のめりになって、顔をスティーブに近づけた。囁き声での返事だったが、スティーブには問題なく聞き取れる声だった。

「そのことについては、すでに何千回も謝罪したわ・・・」 

硬質のプラスチックのテーブル板を爪でカチカチと叩きながらバーバラは答えた。

「・・・悪いことをしたと分かってると、もう数え切れないほど、あなたに言ったはず。それに自分が愚かだったことも認めたし、あのことについては、一切、言い訳できないとも認めたわ・・・」

「・・・これ以上考えられないほど、悲しくて悔しい気持ちなのよ、スティーブ。ものすごく、深く後悔の気持ちに沈んでるの。私たちの人生の最後まで、あなたが望むような女になって、ずっとあなたに償いをしたいって、あなたに伝えたかったの。そのために、考えられることをすべてしてきたわ。私にはそれしかできないの、スティーブ! 分かってくれる?」

バーバラは、そこで話しを中断した。彼女は、スティーブの顔に、何か決めかねているような表情が浮かんでいるのを見た。

「何で、分かってくれないのよ、スティーブ! 私たち、一緒になって、楽しかった時もあったじゃない?!」 声には怒りがこもっていた。「あの、忌々しくて、つまらないことのために、すべてを放り投げてしまっていいと思ってるの? どうして、そんなに頑固なのよ! あのことは、今でも、思い出すだけで吐き気がしてくるっていうのに! どんなに無理強いされたって、あんなことは2度とできないって、私がそういう気持ちになっているのが、どうして分からないのよ!?」


[2008/12/11] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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