父が腰を降ろすと、ウェイターが来て、メニューを出し、飲み物の注文を聞いた。バーボンのダブルをオンザロックで、と父が言い、私はダイエット・コーラを頼んだ。
ウェイターが去ると、父はメニューを眺め始めた。私は、しばらく黙っていたが、持ちきれなくなって、話しを切り出した。
「お父さん、食事を始める前に、話し合っておいた方が良いかと思うんだけど・・・」
「いや、まずは食事を済ませてしまおう。その後、どこか静かなところに行って、話そう。お前には、話すことがかなりありそうなのは分かっているよ。私もお前に話さなくちゃいけないことが2、3あるし。会話を他人に聞かれたくないんだ。お前にも分かると思うが」 父はメニューを見ながら、そう言った。
二人とも何を食べるか決め、注文をした。その間、父が私の挙動を逐一見ていることに、どうしても気づかずにはいられなかった。私がコーラを啜るところをじっくり見ているし、食事が届いた後も、私が食べ物を一口サイズに切り、口に運ぶところを、しっかり見つめていた。だんだんと、自分が何かの科学的な実験対象になっているような気持ちになっていた。
食事が済み、私は満腹になっていたので、デザートは断った。すると父はレストランのバーの方の客席に移動して、話しをしようと提案した。私は、その提案に乗り、立ち上がったが、すると父は素早く私の後ろに来て、私の椅子を引いてくれた。
レストランを出るとき、振り返ってトレーシーとマークを探した。二人とも立ち上がるのが見えた。それに、私たちがバーの方へ入っていくと、二人もついてくるのが見えた。
父と私は、一番奥のブースに腰を降ろした。そこだと、他のお客さんから離れて二人だけになれるところだった。父は、お酒のお代わりをし、私は、ダイエット・コーラのお代わりをした。
「どうやら、お酒はやらないようだね」
注文を受けたウェイトレスが、トレーシーたちの方へと注文を取りに去った後、父が言った。
「まだ、その年になっていないから」
「アハハ・・・だけど、以前は、そんなことお構いなしだったじゃないか?」
私もつられて笑っていた。と言うのも、私は、自分が16歳になってからは、いつものようにアルコールに手を出していたことを思い出したから。
「お父さんが前に言ってたよね。『歳とともに思慮が深くなってくる』って。・・・それに、私は、もう、ああいう子供っぽいことはやめちゃったんです」
父は、急に真顔に戻って言った。
「さっき食事をしていたときに、お前の変化については気づいたよ。前は、お前のテーブル・マナーに、私はいつも恥ずかしい思いをしたものだ。でも、今夜、それがまるで変わったことに気がついたよ。変わったといえば、いつから、お前は、こういうふうに変わったんだい?」
「トレーシーとマークのところに住むようになってから。トレーシーに言われたのだけど、彼女、私が食堂で働いていた時に、私の中にそういう兆候があるのに気づいたらしいの。生まれて初めて、こういう服装をした時、私は、まさに女の子の服装になっているのが本来の自分にふさわしいような感じがしたんです・・・」
父によく分かってもらおうと、こう言った後、少し沈黙して間を置いた。
「・・・でも、変わったことと言えば、お父さんも、私の格好にあまり驚いていないように思うわ。もっとも、それは、それで当たり前だとは思うけど・・・」
それを言った途端、父の顔が急に変わった。まるで私が父の頬をひっぱたいてしまったような表情をしている。父は、どもるような口調で言った。
「それはそれで当たり前だって、それは、ど、どういう意味なんだ?」
「あ、ごめんなさい。そんなことを言うべきじゃなかった。とても仲良くできていたのに。私、いつも、こうやって、お父さんとの関係を台無しにしてしまう」
「謝ることはないよ。ただ、どうして、そう言ったかを話して欲しい。ああいうふうに言った理由があるはずだから」
今夜は、父と私が一緒に過ごした時間の中でも、最高に友好的な時になりそうな夜だったし、私は、本心から、このひと時を台無しにしたくなかった。だけど、どうして父は私を愛してくれなかったのか、そのわけも知りたかった。
父になだめられて、それに促されるように、私は話し始めた。
「何と言うか・・・お父さんは、いつも、とてもよそよそしくて、私のことを好きじゃないように見えたわ。子供の頃も私を抱きしめてくれたことが一度もなかったし、お母さんが死んでからは、ただ握手するとか、背中を軽く叩くとか、それだけ。私は、お父さんがどうして私を嫌っているのか分からなかった」
「お前のお母さんの言うことを聞くべきじゃなかったのは分かっているよ・・・」
父は、そう言い始めた。何のことを言っているのか、私が訊く前に、父は続きを語っていた。
「・・・少しずつ話そうと思っていたけど、お前も、訊いてくれたことだし、一度に全部、話してしまわなければならないようだね・・・」
「・・・お父さんが、お前のことを愛していないなんて、絶対にそう思わないで欲しい。私はお前のことはとっても愛しているんだよ。だが、お母さんは、私にお前へ私の愛情を示さないようにして欲しがったんだ。お父さんが、お前に多大に愛情を注ぎ込むと、お前がゲイになるのではないかと心配したんだよ・・・」
父は私の手を握りながら語った。
「・・・お父さんとお母さんが高校時代からデートしていたのは知ってるよね? お父さんとお母さんは、同じ教会に通っていて、そこで恋に落ちたんだ。高校時代は、一度もセックスをしなかった。確かに、ちょっとはヘビーなペッティングとかはしたけど、それ以上は決してしなかった。それはお父さんたちが信じていた信仰に反することだったから、禁欲を守っていたんだよ・・・」
「・・・お父さんが、大学に上がり、別の町に出て行くことになった前の夜、お父さんもお母さんも、本当に悲しくなってしまった。そして、いろんなことが連鎖して行って、気がついたら、お父さんとお母さんは愛し合っていたんだよ。でも、そのことに二人とも罪悪感を感じてしまって、結婚するまでは待つことにしようと、お母さんと二人で誓い合ったんだ・・・」
「・・・3ヵ月後、お母さんから電話が来て、子供ができたと告げられた。何も考えずに、直ちに故郷に戻って、お前のお母さんと結婚したよ。勘違いしないで欲しいが、お父さんは、決してそれを後悔していない。お前のお母さんのことを本当に愛していたし、いずれ、結婚することになると思っていたから。・・・少なくとも、あの時は、そう思っていたから・・・」