マーサを車に乗せて、街へ向かい、連れて劇場についたとき、困った状態になっていることに気がついた。
「どうやら、もっと早く来るべきだったようね」
「大ヒットしてるようだね。これだと、待たないといけないようだ」
僕たちはシネコンの前を車で通り過ぎながら、様子を見ていた。歩道に行列ができていて、通りの角まで続いている。
「あのね? 私、本当にこの映画に乗り気かって感じでもないのよ」 とマーサは言った。僕が思っていたことと同じことを言っている。「確かに、今夜、ぜひ見たいと思っていたけど、行列に並んで待った後でも、劇場は混んでると思うわ。たとえ、中に入っても・・・」
「僕も同じことを考えていたところだよ。他にも見る機会はあると思うんだ」と提案してみた。
結局、その提案に従って、車を戻し始めた。そして、どこか帰る途中で、何か飲み物でも飲もうということになった。
「がっかりした?」 と僕は訊いてみた。
「私、デートを経験しそこなったわ」
「いや、今日のことは、なしで済ませても構わないんじゃ?」
「そこが間違ってるところなのよ」
おっと! 僕は危険な領域に足を踏み入れ始めてるようだ・・・ひょっとして、彼女は、あまりデートをしたことがなかったのかもしれない! 僕は適切な言葉を捜していた。その間、どうやら僕はマーサのことをじっと見ていたようだった。
マーサは、ちょっと背が高い。すらりとしているというわけではないが、太ってるとは言えない体形なのは確かだ。上半身は基本的に平坦で、腰から太腿にかけては、少し幅広な印象。だから、上半分の体形と下半分の体形が、マッチしていない感じだ。
あごは引っ込んだ感じで、鼻はほんの少しだけ長すぎる。髪には何かすべきじゃないかと思った。ただ肩に垂らしているだけ。カールも何もないストレートで、色もありきたりな茶色だった。
「何も返事がないわけ?」 とマーサは苦笑いした。
僕は言葉が出せず苦境に立っていた。でもマーサは、こういう点には割りと良い性格をしている。
「私にとって、初めてのデートだったの」 依然、苦笑いしながら彼女は宣言した。
「まさか!」
自分を抑える間もなく、口から出ていた。だが、考えてみれば、このような宣言に対して適切な返事など存在しないものだ。
「からかわないでくれ」 これでリカバーできただろうか?
「ねえ、フランクになってよ。私は、事実を受け止められるから。そうしなくちゃいけないから。私、デートに誘われないの」
僕たちはずいぶん前から友達だったし、マーサはいつも僕に優しくしてくれていた。心から、何か適切な言葉をかけてあげたいと思った。
「男たちは、バカばっかりなんだよ。君のことを知らないんだ」
「いい? 私は、こういう状態に慣れているの。男の人たちは、そもそも、私を誘おうという気持ちすら抱かないのよ。たとえ、私のことを知っても、そうなの」
「まあ、連中が本当の君を見ることができないなら、そういう連中なんだ。そいつらにデートに誘われなくても、あまり気に病むこともないじゃないかな」
「セックスね」
「え、何?」
「セックスをしてないのよ」
「バージンなの?」
「そうなの」
ああっ! 禁句警報発令だ! 驚きすぎているように聞こえたかもしれない。彼女を落伍者だと言ったように聞かれたかもしれない。
「自分を大事にして、だよね」
「バカな! まあ、同じ部屋にいても気にならない人から自分を守って、ってこと」
「本当に誘われたことはないの?」 言葉使いに気を使うべきなのだが、そう言っていた。
「2回ほど。最初の人は、もう何年か前に退職しちゃったけど・・・」
「でも、本気で言うんだけど、やっぱり、男たちは君のことを知らないと思うんだよ。もし、男が、僕のように君のことをよく分かったら・・・」
「そうしたら、フェイスと結婚するでしょうね」
僕はマーサを見つめていた。言葉が出なかった。彼女が言おうとしていることが、すとんと胸に落ちた気がした。そして、ふと、もしかしてマーサは僕のことに興味があったのかと思った。
マーサは陰気に笑っていた。「ごめんなさい。フェアじゃなかったわ」
「いや、多分、フェアなことだよ」
僕は身の縮む思いだった(
参考)。自分でも認めざるを得ないが、マーサをデートに誘うことを一瞬でも考えたことがなかったのだ。彼女が、僕の知ってる女性の中で、一番、楽しくて、性格の良い女性だと知ってるのに、そうだったのだ。
しばらく沈黙が続いた後、マーサが言った。「もう、この話はやめましょう。私、もう諦めて、一生、純潔な人生を送ることにしたから」