「君が思ってるほど、不幸であるわけでもないよ。セックスなんて、言われているほどのことじゃないんだから」
「じゃあ、あなたは本当は楽しんでいないということ?」
「いや、僕は男だから」
マーサの顔に、ある表情が浮かんだ。そして僕は、今の返事で、彼女のフェミニスト的な細かな感覚を踏みにじってしまったと分かった。
「それ、どういう意味?」
「男は、セックス狂になるから」
「じゃあ、女は?」
「セックスが好きな女・・・女性もいるけど、セックスなしでも幸せな女性もいるよ」
「でも、そういう人たちは、チャンスがなかっただけかもしれない・・・」 マーサは少し弱い声になり、遠くの方へ視線を向けた。 「本当は、男の人と同じように、それをしたくてジリジリしているのかもしれないわ」
僕は、話しが少し個人的なことに立ち入りすぎているように感じたが、同時に、マーサは僕に対して率直に、誠実に語ってくれているのだということにも気づいた。こういう関係になれることは、めったにあることではない。
マーサのことは、彼女が入社してからずっと良い人だと思っていたので、彼女が、こんなに親密な友情関係を示してくれて、僕の中の何かが喜んでいるのを感じた。確かに、僕とマーサは、以前、僕の個人的な問題について話し合ったことがあったし、一度、マーサが怒っていた時があって、マーサが自分の母親について長々と語るのを聞いてあげたことがあった。けれど、これほど個人的なことを話し合える関係ではなかったと思う。
実際、僕には、世間で言う親密な友達関係という友人はいない。僕は、フェイスとすら、こういう話し合いはしたことがない。
僕がじっと彼女の顔を見ていたからだろう、マーサはふと我に返ったらしく、僕の方を見て、恥ずかしそうに微笑んだ。
「一番、腹立たしいのは、どうして、フェイスのような人たちは、私のことが危険でないとあんなに自信がもてるのかっていうことなの」
「おい、よせよ。僕たちみんな友達じゃないか」
「私がフェイスに、私のこと信用できると訊いたとき、彼女がどんな笑い方をしたか聞いてなかったの?」
「フェイスは、君がジョークを言ったんだと思ったんだよ。君とは友達なんだから」
僕は、この件についてマーサは少しひねくれて考えているんじゃないかと思った。
「あら、そうかしら? 私じゃなくって、誰か、彼女よりも魅力的な女のお友達だったらどうかしら? フェイスは、軽々しくあなたにその人と一緒に行かせるかしら?」
僕は返事しようと口を開けた。だが、急に返事に詰まってしまった。マーサは続けた。
「フェイスがあなたに私と一緒に行ったらと言った時、あなたも全然驚かなかったんじゃない?」
マーサの瞳に浮かぶ表情。マーサは今や憤慨しているようだ。僕は、まだ、返事ができずにいた。
「世の中のフェイスたちは、みんな私のことを、こう思っているのよ。どんな男も私と一緒なら危険はないと」