「奥さん?」 ヒューストン氏はバーバラに顔を向けなおして訊いた。「奥さんは、ご主人に、許しを求めましたか?」
「バーバラは私に許しを請う必要はないですよ」 スティーブが素早く口を挟んだ。
「請うとは言ってませんぞ」 ヒューストン氏も同じく素早く返事した。
ヒューストン氏は、そのような口出しがあることを予感していた。もっとも、多くのクライアントの場合、そのような口出しをするのは、夫婦の内、道を外した方の配偶者であるのが普通だったが。彼は、スティーブの即時の反応が、自分の妻をかばうことであったことに勇気付けられた気持ちだった。これは良い兆候だ。
「私は、求めたかと言ったのです」 ヒューストン氏は、そう繰り返し、再びバーバラへ顔を向けた。
「いかがです?」 優しい口調で訊く。
バーバラは、躊躇いがちに頭を横に振った。神経質そうに唇を舐めて濡らす。バーバラは、ヒューストン氏が続けて何か言うのを待っていた。だが、彼は何も言わなかった。スティーブの方へ顔を向け、スティーブが自分の顔をじっと見つめているのに気づいた。
「スティーブ・・・」 バーバラは小声で囁いた。「私は、本当に馬鹿だったわ。馬鹿を10倍にしたほど馬鹿だった・・・いろんなことをしてしまった・・・人の妻なら決してできないことばかり・・・そんなことをした自分が嫌いなの。こんな大変なことをしてしまったことについて、どれだけ済まないと感じているか、それをどう伝えたらよいか分からないの」
「そうだね」 スティーブは優しく答えた。
「え、何が?」 バーバラは、驚いた様子だった。
スティーブは大きく息を吸って、吐き出した。彼は、自分でも今から大きな間違いをしようとしてるのをほとんど自覚していた。
「君を許すことにするよ・・・嘘の数々・・・裏切り・・・えーっと・・・君がしたすべてこのことについて」
彼はゆっくりと話した。正しくないと彼が感じている、バーバラが行ったすべてのことを、ひとつひとつ項目として述べるつもりじゃなかったと思ったが、後の祭りだった。
「それらをすぐに忘れることはできないだろうし、ひょっとすると、永遠に忘れられないかもしれないが、少なくとも君がどれだけ済まなく思っているか・・・どれだけ後悔しているかは理解している。そしてそのことを認めることにするよ」
スティーブは何か他のことを付け加えようとしたが、すぐに、言わない方が良いと考え直した。その代わり、自分の座る椅子とバーバラの座る椅子との間の隙間に手を伸ばし、彼女の手を握った。そして、優しく手を握り締めた。
ベルン・ヒューストンは、そのひと時をしばらくそのまま続けさせ、それから、時を置いて、次の段階へ進んだ。
「ご主人?」 静かな声で呼びかけた。「ご主人は、奥さんに、あなたがもたらした痛みについて許しを求めましたか?」
スティーブは、無意識的に、バーバラの指を握る手に力を込めていた。目を細め、ほとんど、横線のようにさせながら、大きなデスクの後ろに座るカウンセラーの顔を観察した。
「痛みについてです、ご主人?」 ヒューストン氏は、繊細に気を使って、改めて訊いた。