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報復 第1章 (3) 

スティーブは、歯科医のアシスタントに名前を呼ばれ、返事した。立ち上がって歩き、アシスタントの女性が言う言葉に微笑み、椅子に座り、首の周りに紙の前掛けをつけられながら、静かに待った。彼は、歯科クリニックのスタッフの言うことを聞いていたし、協力的に振舞っているようには見えるが、実際には、その場にいないようなものだった。

スティーブの記憶の中でも、今回の歯穴の補填治療は、最も痛みが少ないものだった。文字通り、何も感じていなかったといってよい。ウィリス医師は、横倒しにしていた椅子を元に立て直した。その時までに、すでにスティーブの心の中に生まれた氷の塊は、明らかに、その場所に永住することを決めていた。

自動人形のように動きながら、スティーブはエレベータで下の駐車場へ降りた。だが、どこに自分のピックアップ・トラックを駐車したのか思い出せない。広い駐車場を歩き回り、車の並びのほとんどすべてを調べて周った。そして、ようやく自分の車を見つける。

大型の黒いラム・チャージャー(参考)に乗り込んだ。エンジンをかけず、かといって、何も考えず、ただ運転席に座っていた。だが、やがて、ようやくエンジンをかける力を搾り出す。エンジンがかかった後、1分から2分もの長い間、排気音の轟音が轟き続けていた。気がつくと、彼はアクセルを目いっぱい踏み続けていたのだった。耳を塞ぎたくなるような轟音である。その音は、屋内駐車場や通路のコンクリートの壁に反響し続けていた。

この車は5年前の車である。元々の持ち主は、最初のエンジンをダメにしてしまった。そして、その後より大きくパワフルなエンジンを載せ変え、さらに微調整を行って、以前よりさらに大きな馬力を出せるように改造していた。さらに、エンジンパワーの増量に見合うように、過酷な使用に耐えるサスペンションを付け替えたのだが、その直後、彼は脳卒中で倒れてしまったのである。スティーブは、その車を安価で手に入れた。元オーナーの未亡人が、どうしても、この車を処分したかった。亡くなった夫のことを思い出させるものを身近に置いておきたくなかったからである。

バックミラーを見ると、通路の向こう側にある高級車に乗り込もうとしている男が見えた。怒った顔で、スティーブに1本指で挨拶し(参考)、走り去った。スティーブは、ようやく自分がしていたことを悟り、意識をはっきり持って足をアクセルペダルから外した。何をするのも、腹立たしいほど疲労を伴った。彼の周り、世界が吹き飛んだような気がした。何もかも分からない。惨めさと怒りと痛みの大海にたった一人で漂っているような気がした。

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だが、こうなる予感はあった。例のクリスマス・パーティは、注意を喚起する出来事だったのだ。もっとも、あのパーティの前からすでに、バーバラが自分と距離を置こうとしているのを感じていた。そしてあのパーティとその後の口論。あの後、スティーブは、妻に自分がどれだけ愛しているかを示す努力を倍増させたと言ってよい。彼は何度か、バーバラの車のダッシュボードに、小さな贈り物を置いた。彼女が好きな香水が入った可愛い小瓶などをダッシュボードに置いておき、バーバラが仕事に行く前に見つけてもらおうとしたのである。それに、バーバラの会社が特に忙しくなる週など、その週の半ばに、彼女の職場にデイジーの花束を生けた花瓶を送ったこともあった。彼女への愛と献身を誓うメッセージを書いたEメール・グリーティングを送ったこともあった。スティーブは、思いつく限りの方法を用いて、妻との距離を狭めようと努力した。だが、その何も上手くはいかなかった。

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