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報復 第9章 (10:終) 


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「やあ、エレーン、その後の調子は?」

スティーブは、魅力的な女性に挨拶の声を掛けた。

「まあまあね、ありがとう。あなたの方は?」

二人はコーヒーを注文した。どちらも空腹ではなかった。以前の二人は、会うたびに世間話や相手へのサポートなど、長々と話し合うことが多かった。だが、ここ何回かは手短に済ますようになっていた。二人とも、最近は、あまりサポートを必要としなくなっていたし、ディナーを食べながら長時間話し合う必要もなくなってきていた。

「全体的に見て、かなり良い感じかな」 スティーブは、余計な力が抜けた、リラックスした面持ちで、微笑み、最近、好調であることを伝えた。

「あ、それから、僕は離婚書類は引っ込めたよ」 スティーブは唐突に切り出した。

彼は昨年の11月に弁護士へ離婚申請の作業を進めるのを中断するように伝えていた。だが、彼自身は、この申請中止を行うことを、長い間、ためらっていたのだった。

エレーンは嬉しそうに答えた。「それは良かったわ・・・そろそろ、あなたも迷いから醒めて良い頃だもの」

スティーブはエレーンの反応に驚いた。彼女の夫と自分の妻が関係を持ったのだ。その関係は、おそらく、基本的には感情的な不倫関係だったのだろう。だが、スティーブは不倫を行っていた二人の小さな夢の世界を粉々に破壊した。そして、その破壊過程で、二人の不倫関係は本格的な肉体関係であったように変質していたのだった。そんな状況でバーバラが不愉快な離婚を経験する必要がなくなったと聞かされたら、エレーンは嬉しく思わないはず。そうスティーブは推測していたのだった。

「優しいんですね。ありがとう」 

エレーンはにやりと笑った。「私が、奥様をもうちょっと懲らしめて欲しいと思うと思ってた?」

「え、・・・ああ、そんな感じ」

「そうねえ、でも、実際、あなたはしばらくの間、かなり奥様を苦しめていたわよ・・・数ヶ月くらいは・・・それに、あなたの話しから察すると、奥様の方も、自分の行いを変えようといろいろ努力してきたように感じるの。私としては、特に、奥様をどん底に叩き落して欲しいなんて思っていないの。そんな必要を感じていないもの。まあ、ともかく、今は、そんな気持ち」

エレーンは、そう言いながら苦笑いをした。彼女自身、最初にスティーブと会った時は、バーバラと自分の夫は、まさにそういうどん底状態になるべきだと思っていたから。

スティーブも微笑を返した。

スティーブとエレーンは、ここ数ヶ月、何度か会っていたのだが、大半は、二人とも笑いあえる気持ちには、まったくなれなかったのである。

「レイフも、目が覚めてきているの」

エレーンは思い切って言ってみた。いったん目を落とし、ティー・スプーンで砂糖をすくい、コーヒーに入れた。そして、再び顔を上げた。

「市議会員の候補からはずされたことは知ってるでしょう?」

スティーブは頷いた。

スキャンダルが発覚した時、民主党は、レイフを火が燃えついてしまったマシュマロのごとく、ポイと切り捨てた。前市長のセクハラ疑惑とその後の偽証に関する調査が市議会に報告される予定となっていたのである。民主党幹部は、評判の悪い候補者を立てることで余計な関心を集めたくないと思ったのだった。

「それに、保険会社も彼のサンダーバードの修理費は払わないと決めたそうだね」

スティーブがそう付け加えると、エレーンは頷き、鼻をすすった。

「あんな車、そもそも夫は必要なかったのよ・・・あれを買ったとき、二人しか乗れない車なんて、そんなの買うの馬鹿げてるって言ったのに!・・・」

エレーンは苛立ちが収まるまで、少し黙りこくった。

「・・・とにかく、夫は、地域の支局で、より良い職のオファーがあったけど、それも断ったわ・・・」 スプーンをかき回し、砂糖が完全にコーヒーに溶けるのを確かめている。

「・・・私たちにとって、これは一種のテストのようなものだと思ってるの。夫には、私と私たちの一人娘と一緒に過ごす時間をもっと増やすべきだと言ったわ。今よりもストレスが多くて、今よりも時間が食われるような仕事に就いたら、どうやって私たちとの時間が作れるの、って訊いたのよ」 

そこまで言ってエレーンはコーヒーから顔を上げた。

「夫は、このテスト、かなりの好成績で合格してるわ。・・・今は、娘に対してより良い父になろうとずいぶん頑張ってくれているのよ。それに私に対しても、夫として、いま以上に素敵な人は求められないの・・・まあ、最近のことだけれどもね」

彼女は下唇を噛んだ。

「ということは・・・」 と、スティーブは、テーブルの上に出ていたエレーンの手に自分の手を重ねた。

「・・・じゃあ、ご主人があなたと可愛い娘さんと一緒にもっと時間を過ごせるよう、もう帰らなくちゃいけないんでは?」

「ええ、そうね」 エレーンは笑顔になって答えた。

「それに、こうやって僕たちでおしゃべりをするのも、これが最後になるかな?」

「ええ、そう・・・」 エレーンは悲しそうな表情を浮かべた。

スティーブは優しく微笑み、彼女の手を軽く叩いた。

「じゃあ、もうそろそろ・・・エレーン、あなたには感謝している。心から」

二人はそれからもう20分ほど話しを続けた。この数ヶ月、話題にしたが、言いっぱなしになっていたいくつかの事柄を片付けるためだった。

その話しを終え、コーヒーを飲み終えた後、二人はウェイトレスにコーヒー代の20ドルと、かなり気前の良いチップを渡し、店を出た。外に出ると、最後の抱擁を行い、それぞれの配偶者の待つ家庭へ帰るために、別れた。

彼らと入れ違いにキャフェに入ってきた婦警は、二人のことを兄妹なのだろうと思った。しばし別れ別れになるのを惜しんでいる兄妹なのだろうと。一種、感動的な光景だったようだ。

つづく


[2009/08/21] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

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