「思うに、その話しは、僕の・・・何と言うか、バランス感覚に反するんだ。僕自身は、人が行う行動には、どんな場合でも、思考過程が伴っていると信じた方が気が休まる・・・だが、僕自身が、いつもそうとは限らないということを示す良い具体例なのも事実だ。あの時、僕は、まったくためらわずに信号無視をした・・・その行為が正しいことか、悪いことか、あるいはどちらでもないかなど、そういうことを一切考えずに、赤信号を無視した。そのことには言い訳はしないよ・・・」
スティーブは姿勢をただし、バーバラをまっすぐに見て、きっぱりと言った。
「でもね、これにはもう一つあるんだ。あの時以来、僕は一度も信号を無視したことはない。一度たりとも。僕は、交通の流れの先頭を車で走っていて、信号に差し掛かる時は、ほとんどいつでも、あの日の午後の記憶を思い出している。むしろ積極的に思い出して、ああいった過ちは二度と行わないようにしているんだ・・・」
「・・・バーバラ? 僕たちには、もうあのようなことは起きないよ。このアナロジーを使い続けたいと思うなら、君自身、注意を払っていないときに悪いことをしてしまうかもしれないことを覚えておいた方が良いと思う・・・」
「・・・僕たち夫婦では、定員は2名だけだ。僕は、3人目の人間は受け入れない。決してね。こういうことは、二度と、なしにするつもりなんだよ、バーバラ」
バーバラは、スティーブの手を握っていた手に力を入れた。目には涙がにじんでいた。
「分かっているわ、あなた・・・ジミーやレイフとしてしまったことを思うたびに、本当に不快感で気分が悪くなってしまうの。あんなことをしたバーバラを私は憎んでいるわ。でも、あの記憶を消し去ることはしないつもりよ、スティーブ。いつも頭に入れておいて、私がまた狭くまっすぐな道から踏み外さないようにさせるつもりなの」
スティーブはバーバラの顔を見つめた。この前。バーバラは、僕がエイズにかかり、僕とセックスをすれば最終的には自分が死ぬことになると考える十分な根拠があったときに、僕とセックスをした。それまで僕はバーバラは僕を愛していないのだろうと疑っていたが、あの行為でもって、バーバラは自分に対して深い愛情を持っていることを表した。あの行為によって、僕たちの間の障壁が大きく取り崩れるようになってきたのだった。
そして今、バーバラは、他の男たちとしたことを思うだけで気分が悪くなると言っている。今後、道を踏み外したりしないよう、その痛々しい記憶をいつまでも忘れないつもりだと言っている。
スティーブは溜息をついた。今夜は溜息ばかりついているな、と彼は思った。
「分かったよ。・・・この件は気にしないことにするよ、バーバラ。僕は、世界で最も聡明な人間ではないのは確かだが、はっきりと示されれば、その論理は理解できるから」
スティーブは立ち上がり、しばらくバーバラを凝視した。それから急にヒューストン氏の方を向いた。
「で・・・これで僕は、あなたがあの時お話ししてくれた悲嘆の過程(
参考)について、全段階を何とか乗り越えたと言えるでしょうか?」
ヒューストン氏は不意を突かれ、戸惑った。スティーブに悲嘆の過程について語ったカウンセリングのことを思い出すのに、多少、時間をかけざるを得なかった。
「そう思いますよ、ええ、スティーブ・・・しかも、とても素晴らしい形で」
「じゃあ、ようやく、もっと小さな問題に着手できるわけですね?・・・最初は何からしよう?」
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