「もしもし、私」 バーバラが言った。
「やあ」
スティーブは、返事しながら、携帯電話を耳に強く押し付けた。外の工事現場からの騒音に会話を邪魔されないようにするためである。
「どうした?」
「あなた、いま、独り?」
「あ、ああ・・・ロイスとジェフは、ランチに出ていて、ついでに街のオフィスから報告書を取ってくることになっているけど・・・」
「そう、良かった・・・ドアは鍵をかけてある?」
「ええ?!」
スティーブは、妙な電話だなあと思っていたのだが、さらにドアの鍵のことを言われ、かなり当惑した。
「い、いや・・・鍵はかけてないよ。どうして?・・・どうして、急に?」
電話の向こう、少し沈黙が続いた。バーバラはスティーブの質問には答えなかった。
「いえ、ただ、他の人にドアからあなたのラップトップの画面を見られたくないから・・・窓からでも・・・大丈夫かしら?」
スティーブは、何がどうだか分からなくなっていた。
「ああ、まあ、すぐ横のブラインドを降ろせば、外から見えないけど・・・」
「じゃあ、降ろしてくれる?」
スティーブは、どうして? と訊こうと思った。だが、とりあえずは、言うとおりにしようと考え直した。溜息をつきながら、彼は立ち上がりブラインドを降ろした。
「オーケー、いいよ。降ろしたよ。で、いったい、これはどういうことなんだい?」
「すぐに分かるわ」
スティーブは、バーバラの声にちょっとそわそわした雰囲気があるのに気づいた。いったい、これから何が始まるんだ?
「スティーブ?・・・ジューンのこと覚えてるわよね? それに彼女のいとこのことも。あのコンピュータ男?」
「もちろん」
確かに彼らのことを覚えていた。ジューンは、バーバラの職場での一番の親友だった。ジューンは、スティーブがバーバラの浮気を職場じゅうにばらした後は、かなり長い間、バーバラのたった一人の友だちとなっていた。ジューンのいとこはウェンデルと言い、どこをとっても、まさにコンピュータ・オタクの典型のような男だった。
「二人が今朝、家に来たの・・・」
バーバラがちょっとそわそわしているのは、今やはっきりしていた。スティーブには、はっきりと察知できた。
「そう・・・それで?」
バーバラがなかなか続きを言わないので、痺れを切らしてスティーブが言った。電話の向こうで、バーバラが深く息を吸い、一気に吐き出すのが聞こえた。
「で・・・ウェンデルがウェブ・カメラを設置するのを手伝ってくれたの」
バーバラには、もちろん見えていなかったが、スティーブは顔をしかめていた。いったいなぜ、バーバラはウェブカムを家につけたいなどと思ったんだ? わけが分からない。
「あなた? まだ、そこにいるの?」 バーバラが心配そうに尋ねた。
「ああ、ごめん・・・ちょっと、頭の中を整理しようとしてたんだ」
「そう・・・それで、家のIPアドレスをあなたのネットスケープに入れてくれる・・・それから・・・ポートは11547を使って・・・いい?」
「あ・・・ああ・・・ちょっと待ってくれ」
スティーブは、今は、興味津々の気持に変わっていた。バーバラは新しい趣味でも始めたのだろうか?
「オーケー。作動してるところだ・・・ファイアーウォールが停止した・・・接続を許可してと・・・おっと!」
スティーブは素早く後ろを振り返った。大丈夫、ブラインドはちゃんと降りていた。
今、画面にはストリーム動画が映っていた。バーバラは、リビングから出てきて、書斎にいた。彼女の姿がはっきりと見える。
スティレットのハイヒールと薄地の黒のストッキング・・・他は何も着ていない! 左耳に携帯電話をあてがっている。
スティーブは窒息しそうな声で言った。
「バ、バーバラ! 何をしているんだ?」
「気に入った?」
バーバラは嬉しそうな声で言った。画面の中、彼女が満面に笑みを浮かべているのが見えた。カメラに向かって手を振っている。
「ああ、なんと・・・もちろんだって分かってるじゃないか。・・・でも、ジューンとウェンデルは、もう、家にいないんだよね? それとも・・・」
バーバラが笑い出した。
「バカね、もう帰ったわよ。うふふ」
「ああ・・・」
スティーブはうわの空で返事しながら、もっと詳細が見えるように動画画面を拡大し、その後、最上の画像になるまで徐々に縮小した。心臓がドキドキと鼓動するのを感じていた。肺も過剰に活動している感じだった。
「スティーブ・・・まだ、そこにいるでしょう?」
「ああ、うん・・・ちょっと待ってくれ・・・ドアに鍵をかけてこなきゃ」
電話の向こう、バーバラがくすくす笑う声が聞こえた。スティーブは電話を置いて、ドアに駆け寄り、しっかりと鍵をかけた。
「今戻ったよ」 再び携帯を取り、伝えた。
「ああ、良かった・・・」 甘い声で言う。「・・・ねえ、あなた? もっと良いものを見てみたい?」
「すでに、いま見てるよ」
バーバラがまたくすくす笑った。
「もっとワクワクするものよ」
「ああ、もちろん・・・バーバラ? ・・・何かセックス・ウェブサイトみたいなものを始めたのかい?」
画面の中、バーバラがカメラを振り向いた。
「あなた専用・・・あなたのためだけ・・・」
「ちょっと確認しただけだよ」
バーバラはカメラレンズに向かって微笑みかけた。どうやら、しようとしていたことを思い出したようだった。