セックス小説の内容のかなりの部分はセックスだけを描いている。セックスを求める経緯、セックスを達成するまでの経緯、頂点にたどり着くまでの性的行い、やり方や、頻度、激しさ、言い表し方などにおいて普通とは異なるセックスなどがもっぱら描かれる。サイバースペースには、巧みなストーリーを書く能力を持ち、実際に書いている有能な作家たちがいるのは事実だが、セックスの具体的な描写に焦点を当てるあまり、プロット、キャラクターの性格付け、描写や他の作話上の基本事項を損なってしまうストーリーが一般的である。これはよく知られていることであり、1990年代の中頃までに、軽い気持で書かれた(が、完全には正確とは言えない)
『alt.sex.storiesの常套シーン、トップ10』が流布し始め、すぐに、100近い常套句のリストになったことは有名である。その常套シーンの典型的なものが次である。(訳者注:部分的に
「スイング・乱交・淫乱妻」関係の常套シーンに拙訳があります)
(1)女性がオーガズムに達すると、決まって、「あああ、いっくうぅぅぅぅ!!!!!」と叫ぶ。
(2)どの男のペニスも、少なくとも長さ23センチ、太さ7センチはある。
(3)巨大な乳房を持ち、ゴージャスな体つきのブロンド美女は、誰でも密かにヲタク風のコンピュータ・マニアのことを想っているものであり、彼女たちの望みは、コンピュータ・ヲタクが隣に住むアパートの一室に引っ越すことである。
(4)この世で最もラッキーな人はベビーシッターたちである。
(5)夫は、妻が他の男と浮気したと知っても、決して怒り出すことはなく、逆に、激しく興奮する。
(6)妻が、夫は自分が他の男とセックスしているところを見たがっていると知ると、きまって、その妻は素晴らしいことだと考える。あるいは、一般的に、誰かが普通じゃない種類の性行為をしてみたいと言うと、他の誰もがいっせいに同意する。
私は、ネット上のセックス小説がこのような常套句だけでできているといった印象を与えたいわけではない。ただ、我々の小説は「ジャンル」物なのであり、どのジャンルにも表現の幅に限界があるということを伝えたいのである。どの『マルタの鷹』にも、数え切れないほどの読み捨て探偵小説があるものだ。加えて、オンラインの作家にはプロの作家はほとんどいない。そして最後に、もう一度、喚起しておかなければならないこととして、このセックス小説というジャンルに属する小説の特徴は、性的興奮を求めるところにあるのが普通だということだ。もっと言えば、ストーリーをランク付けするときに普通に使われる基準は、どれだけ「手コキ」をさせたかにあるのである。
そして、この関連で、セックス小説の作家が「人格を汚される」危険性に直面するかもしれないのは何故かを説明する第二の理由が浮き彫りになってくる。この手の小説は単に性的なことが関わった恋愛を扱っているわけではないということである。そのような性的恋愛小説は、主流となっているロマンス小説の中でもありふれたものとなっている。オンラインのセックス小説の場合、性的妄想を表現し、匿名で書かれ、見ず知らずの人々と分かち合って読まれるものであるので、おのずと、物語がどれだけ極端になって良いかに関してほとんど制限がないことになるのである。現実の生活では決してやってみようとは思いもしない行為を物語りに加えることができるし、現に、そのようになっている。もちろん、ロマンスや色っぽいコメディや愛情を盛り込む物語があるが、それと並んで、同性愛や不貞を描く物語もあり、さらには、肛門性交、近親相姦、拉致、強姦、緊縛、支配と従属、SM、拷問、スキャトロジー(糞便)、水遊び(小便)、マインドコントロール、獣姦、幼児性愛、手足の切断、そして殺人といった危険な話題を、時に、複雑に組み合わせて盛り込む物語もあるのである。
ある作家が、自分の配偶者や子供そして仲間に、自分がそういう妄想を抱いているばかりでなく、わざわざ労を尽くして、その妄想を物語りに展開し、オンラインに投稿していると知られたならば、これはその作家にとってかなり破壊的な影響を与えることになる。この心配は、何も過激な小説の作家だけのものではない。例えば、ゲイの兵士の話を書く夫や、レスビアンのロマンスを書く妻なども同じような心配を抱くだろう。夫であれ、妻であれ、自分のパートナーがこのような隠れた側面を持っていると知ったなら、その人の人格は汚されるかもしれないし、夫婦の関係も危なくなる可能性があるのだ。
これは何も単なる仮定上の問題ではない。alt.sex.stories.dといったところで、これまで何人も投稿者が苦情を訴えてきている。いわく、自分の配偶者が、自分を性犯罪の罪で捕まえるよう、警察に電話したとか、小説を投稿した事実が離婚手続きで証拠として使われたとか、である。「バレること」は、多くの作家にとって、何よりも恐ろしいことなのである。1990年代中頃当時、最も有名だったセックス小説の作家の一人が書いている。彼女にとって、身元がばらされることこそ、「私の人生で最悪の悪夢だ」と。
セックス小説を書いた結果のうち、恐らく最悪の結果と言えば、逮捕されることであろう。アメリカ人は、そんなことはありそうもないと思うかもしれない。というのも、アメリカでは、言論は憲法(修正第1条)で保護された重要な権利であるからだ。だが、アメリカよりも性的にリベラルと思われる国(カナダやイギリス)も含め、他の国では、言論はアメリカほど明示的に保護されているわけではない。そのため、例えば、10代の若者とのセックスを扱った小説を書けば、犯罪者として制裁される可能性があるのである。さらに、アメリカにおいてすら、インターネットにセックス小説を投稿したことで逮捕されたり、身柄拘束をされた例がある。
1995年、ミシガン大学の学生だったジェイク・ベイカーが、逮捕、告訴された。罪状は、同大学のクラスメイトと同姓同名の女性を小説に登場させ、その女性に誘拐、強姦、および殺人を行う小説をUsenetに載せた罪である。その告訴は、最終的には、連邦裁判所の裁判官に却下されたが。2005年10月には、ピッツバーグに本拠地を持つRed Rose Storiesという幼児性愛と過激な性愛のフィクションに特化したサイトが、FBIによりサイト主催者の機器が押収されたことにより、事実上、閉鎖した。2006年10月には、ロージーと名乗っていたカレン・フレッチャーが、わいせつ物をネットに投稿した罪で、連邦政府議会法違反で告訴された。訴訟の結果はまだ未定である。先月には、多く幼児性愛の物語を書いてきた古くからの作家(でありalt.sex.stories.moderatedへの投稿者)であったミネソタ州のフランク・マッコイが、わいせつ関係の連邦法への違反の罪で逮捕された。告訴状はジョージア州で取りまとめ、提出されたものである。彼の現況や訴訟の結果は、私がこれを書いている時点では、明らかになっていない。