宴会用のホールに入ると、中はすっかり変わっていた。パティがホールを完璧なメイク室と着替え室に変えていた。メイク用の照明つき鏡を備えたテーブルが一列に並んでいて、どのテーブルにも化粧道具が完全装備されていた。パティは床屋の椅子のようなものも一台用意していて、部屋の脇においてあった。
その床屋の椅子の脇にパティは立っていた。私を見ると、手を広げて呼びかけた。
「こっちに来て。すぐにしなければいけないの。何分もしないうちにマリアが来て、私は彼女のメイク変更をしなければならないから」
私は、何が始まるのか、わざわざ訊くことはしなかった。きっとメイクのやり直しをされるのだろうと思ったから。私が椅子につくと、パティが最初にしたのは、私の指を何か液体の入ったボウルに漬けたことだった。きっとこれは爪のマニキュアを落とすのだろうと思った。本当のところ、この日のマニキュアは気に入っていた色だったので、それを落とされるのは嫌だなと思った。「プリティ・イン・ピンク」というマニキュアで、私の指の肌の色とあわせると、とても良い感じに見える色だったから。
爪を液体に漬けている間、パティは私のお化粧を落とし始めた。彼女は急いでいると言っていたけれど、とても仕事は優しくしてくれた。お化粧を落とした後、まず、付け睫毛をつけた。私は、それまで付け睫毛をつけたことがなかったけど、こんなにまぶたが重く感じるとは思っていなかった。
次にパティは顔にお化粧を始めた。多分、普段、私がするより濃い目に化粧をしているはず。顔面が少し固くなったように感じた。お化粧が終わったときには、普段なら1週間かけて使う量より多い化粧を顔につけていると思った。
パティは顔が終わると、今度は、手の爪に移り、いったん前のマニキュアをきれいに拭い去った後、新しく塗り始めた。私の爪はきれいに手入れされていたので、彼女は、他のことはする必要がなく、すぐに塗ることができた。濃い目の赤のマニキュアを2回塗り、その上にラッカーを3回塗り重ねた。さらには足の爪にも、マッチした色を塗った。
爪のマニキュアが乾くまでの間、パティは私の髪に作業をした。逆毛を立てるようにして膨らませてから、ブラッシングをした。
爪が乾き、ブラッシングも終わると、私を立たせ、大きなパウダー付けを使って、体じゅうの表に露わになっているすべての肌にパウダーをつけた。
ようやく全作業が終わり、パティは私を鏡の前に連れて行き、できばえを見せてくれた。前よりセクシーで、グラマラスに変身していた。睫毛には銀色の縁取りが光っていた。付け睫毛は、地毛の睫毛の3倍近くありそうだった。アイシャドーは、数種類の色を使っていて、うまく混ぜ合わせてある。唇は、パティの使ったライナーのおかげか、普通よりも厚く見えた。全体として、この見栄えは気に入ったので、自分ひとりでもこれができるように、やり方を覚えなければと思った。
でも、鏡の前に立っている時間はあまりなかった、トレーシーが来て、私にローブを渡しながら、言った。
「さあ、来て。リチャードが外のプールのところで待っているわ」
ここに来て、これからどういうふうに進むのか、私はまったく分からなくなった。パティにしてもらったお化粧は、ポルノ・スターがするようなお化粧だったから、当然、そのリチャードという人とセックスをするのだろうと思った。でも、プールのそばですることはないだろうと思っていた。というのも、その周辺には、まだ撮影に関係ない人たちがいたし、たとえ、その人たちがホテルのスタッフだとしても、公の場でセックスすることは法律的に許されていないはずだから。
そのことがちょっと気になったけれど、私がトラブルに巻き込まれるようなことをトレーシーが私にさせるわけはないと確信していた。それに何より、私は、これがどう進むか、最後までやり遂げなければならなかった。
幸いなことに、私の心配は何でもなかった。プールのところに歩いていくと、それがすぐに分かった。
リチャードは写真家で、私の写真を撮るための場所を用意してくれていたのだった。彼は6メートル四方の区域を作っていて、ロープで立ち入り禁止にしてくれていた。その区域の中には長椅子があった。それに、傘の形をした照明機材もあった。
リチャードは、背が高く、とてもハンサムな人だった。黒に近いこげ茶色の髪と、同じような色の瞳をしている。とても大きな手をしていて、大きなデジカメを持っていた。身なりも上品で、タイトな皮製のズボンとボタンダウンのシルクのシャツを着ていた。
ロープのところを越えて中に入ると、トレーシーが言った。
「ステフィ? こちらがリチャード。私たちの雑誌のための写真を撮ってるの。リチャード? 彼女がステファニー。彼女、今回が初めてだから、優しくてね。あなたたちが仕事をしている間、私は、向こうで待ってるわ」