ブルースたちはレイチェルに連れられ廊下のような場所を進んだ。腰掛ける場所もあって、そこも薄暗い照明になっていた。一組の男女が隅のソファに座って、何か囁きあっている。
その廊下のような場所を過ぎ、かなり大きな部屋へと入った。パーティ会場とも、あるいは巨大なリビング・ルームとも言えそうな部屋だった。腰掛けるような場所が5箇所、小さなコーナー・バー、ダンスフロア、ソファも複数あり、部屋中に鉢植えの植物が置かれていた。ろうそくとソフトな音楽が、部屋の雰囲気を盛り上げていた。
部屋の一面はフランス式ドア(
参考)になっていて、外のパティオと照明が施されたプールに通じている。部屋には20名ほどの人がいた。大半が、小さなグループに分かれてまとまっていた。
「リンダ!」
声をかけたのはマリイだった。
「まあ、マリイ!」 リンダも気づき、二人は抱き合って挨拶した。
「とうとう、ここに来る気になったのね。すごく嬉しいわ。それにあなたも、ブルース」 マリイは意味深な笑みを浮かべてつけ加えた。
「ジムはどこに?」 ブルースは、誰か知り合いにすがりつければと期待して言った。
「あのね・・・」とマリイが答えた。「実のところ、ジムはパティオに出て、輪の中にいるのよ」
「それって、つまり・・・」 リンダが口を挟んだ。
「その通り! ちょっと待ってて。紹介するから。動かないでね」
マリイが離れていくのを見ながら、ブルースはリンダの肩に腕を回し、抱き寄せた。自分の妻であることを示すようなそぶりだった。
だが、リンダは、マリイが20代のハンサムな黒人男性を連れて戻ってくるのを見て、身体を振って、肩からブルースの腕を払いのけた。
「まあ・・・」 リンダは思わず小さな声を漏らした。
「リンダ? こちらがミッチェル。ミッチェル? こちらがリンダ。私の一番の親友なの」
「おや、おや、おや!」 男は、リンダの顔からつま先まで身体全体を、あからさまにじっくりと見ながら、嬉しそうに言った。「マリイの友人は、どの人も・・・」
「で、こちらがブルース」
ブルースは男と握手した。男はブルースの手を強く握った。その握る強さは、ブルースに苦痛で泣き声をあげさせるほどではなかったものの、どちらの男が強いかを分からせるには充分だった。
「リンダ?」 マリイは、いつもの彼女らしく、息を切らせて、興奮した口調で続けた。「私について来て! あなたにある人を紹介したいの」
マリイと男に連れられてリンダが歩き始めた。ブルースもその後ろをついて歩き始める。だが、それを見てマリイは立ち止まった。彼女の立ち止まっている時間は不自然に長く、ブルースをくじけさせるような雰囲気があった。
「ブルース? 悪いけど、ここで待っていて。いいわね? またリンダに会えると約束するから」
リンダは不思議そうにマリイを見たが、彼女が、事実上、ブルースに「待ってなさい!」の命令を与えたことに文句は言わなかった。
マリイはリンダを連れて部屋の隅へと向かった。そこでは、何人かが小さなグループをなして、立ちながらおしゃべりをしていた。マリイは、その仲間に加わることはせず、ある背の高い黒人男性の肩を軽く叩き、こちらを向くように合図を送った。
リンダは、振り向いた男を見た。30代半ばと思われる非常にハンサムな男で、スポーツマンの体格をしている。男は、リンダの姿を実に長々と眺め、そのことで、リンダは顔を赤らめた。
マリイが言った。
「ジェイムズ? こちらが私の友達のリンダ。彼女のことは前にあなたに話したわよね? リンダ? 彼はジェイムズ」
ジェイムズはリンダの手を取り、優しく握った。
「おい、おい、マリイ? 彼女、君の言っていた人とは違って、ずいぶん素敵な人じゃないか」
「初めまして、ジェイムズ」 リンダは挨拶しながら、急に体じゅうが熱を帯びてくるのを感じていた。顔が赤くなってないようにと心の中で願った。
「ねえ、リンダのお相手をちょっと頼んでもいい? 私、旦那を何分か輪から出してあげなきゃいけないの」
「もちろん!」 とジェイムズは言い、リンダにウインクをした。「充分にお相手させていただくよ」
マリイがパティオの方に去っていくと、ジェイムズは部屋の向こう側のラブシートにリンダを連れていき、そこに一緒に腰を降ろした。座ると、二人の脚が接触する状態になった。リンダは彼の脚から熱が伝わってくるのを感じ、ほてりを鎮めるため、シャンパンを一口すすった。
「で、旦那はどこにいるの、リンダ?」
「ドアの近くに座ってこっちを見てる人がいるでしょ? あれが私の夫よ」 とリンダは笑った。
「なるほど。君の旦那は、このパーティのルールを知ってるんだよね?」
「ええ、全部、知ってるわ。うふふ・・・」
「そう・・・リンダ、君はここにものすごく馴染むようになると思うよ。それに、ここに来て本当に良かったと思うようになるとも思う」
「ほんとにそう思う?」 リンダはちょっと誘うような感じで聞き返した。男との会話の雰囲気に溶け込んできているようだった。
「ああ、もちろんさ。特に、旦那も一緒に連れてきた以上、大丈夫だよ。何なら、今すぐ、旦那も混ぜてみてもいいぜ」
「どういうこと?」
「まあ、見てなって」
ジェイムズはブルースの方に目をやり、人差し指を使って、呼び出す仕草をした。ブルースは、合図を送られているのが自分なのか分からないかのように、あたりを見回した。それから、顔に問いかけるような表情を浮かべ、自分の胸を指差して見せた。
ジェイムズは頷いた。
ブルースは立ち上がり、こちらに歩き始めた。だがジェイムズは手のひらを掲げて見せ、歩いてくるブルースを制止した。ブルースは迷ったような顔をした。ジェイムズは自分が持っていたシャンパン・グラスを掲げ、もう一方の手で円を描くような動きをし、ブルースにシャンパンのお代わりを持ってくるように伝えた。
ブルースは顔をしかめたが、ゆっくりと向きを変え、バーの方へ向かった。
「すごーい!」 リンダが言った。
「どうして? 俺はこれからあいつの奥さんを天国に登らせてやるんだぜ? あいつは、少なくともお代わりを持ってくるくらいするのが当然だろ?」
「うふふ・・・」
リンダは、彼の自信に満ちた態度に笑い出した。この男は、私が本当になったらいいのにと期待し始めたばかりのことを、すでに当然のこととみなしている。
「ずいぶん、自信を持っているのね?」
「間違っちゃいないと思うよ。君は、今夜が終わるまでに、確実に、幸せに満たされた女性になっているはず。君には、確実にまたこのパーティに来る気持ちになった上で帰ってもらいたいからね」
「どうかしら? うふふ・・・」