「報復」 エピローグ
スティーブ・カーティスは、裏手のテラスでゆったりと椅子に座り、西の地平線に太陽が沈むところを見ていた。彼は自分の人生に充分満足していた。新しい職場について、すでに18か月分の年功権(
参考)を得ている。本社の会議室でも、最近、彼が発言することが多くなってきていた。夫婦関係は元通りに戻り、すべて考慮しても人生はきわめて順調だった。
季節は晩秋を迎えていた。天気予報では、週末にかけて山沿いで霜が降りるだろうと言っていた。今も冷え込んでいる。だが、凍えるほどの寒さではない。スティーブは、後ろのキッチンでバーバラが幸せそうにハミングしているのを聞いていた。どうやら彼女は、今日という一日を締めくくるには、カップに注いだホット・チョコレートがまさにうってつけと考えたらしい。
ここまでくるのに2年以上かかった。簡単なことではなかった。スティーブは長い間、必死になって戦い続けてきた。彼の会社は、事実上、無理強いする形でスティーブにバーバラと一緒にカウンセリングを受けるようにさせたわけであるが、今から考えるとそれがなかったら、二人はこの状態までたどり着けなかっただろうと思われる。
スティーブは、ふと思い出し笑いをした。
この前の独立記念日である7月4日に会社ぐるみで行われたピクニックでのことだった。スティーブとバーバラは、なぜかリディアもこのピクニックに来ていて、スティーブの会社のCEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)と一緒のテーブルに座っているのを見かけたのだった。スティーブは驚き、リディアが彼らと知り合いだったなんて全然知らなかったと言った。テーブルにいた者たちはいっせいに笑い出した。そしてリディアは言ったのである。
「あたしゃ、この二人の男もその奥さんたちも、まだよちよち歩きで、砂場で同じおもちゃで遊んでいた頃から知っていたのさ」
それを聞いて突然スティーブは理解した。彼とバーバラの仲が険悪になった時、結婚している幹部に関する会社の方針が、なぜか急に変更されたのである。そのわけを理解したのだった。
スティーブは咎めるような目つきでリディアをにらみつけた。リディアは否定しようともしなかった。笑いながら、「あたしを訴えるなら、どうぞご自由に」と言った。
「リディア、いつか仕返しをさせていただきますからね」
「おやおや、そんな必要ないと願いたいけどねえ」
「分かりました。でも、ひとつだけ要求したい。今すぐその椅子から立ち上がって欲しい」
スティーブには、立ち上がったリディアを長い間抱きしめるという仕返ししかできなかったのだった。
確かに、スティーブとバーバラが互いに相手の世界のことを長い間考え続けることができたのは、カウンセリングのおかげだった。いま、彼はカウンセリングは良いものだと考えている。始めた当時は逆に考えていたのだが。
毎週行われるカウンセリングを通して、ゆっくりと、しかも困難を伴うものであったが、二人は、バーバラの不貞がスティーブにもたらした影響の大半になんとか取り組んできた。ヒューストン氏は、二人の間のコミュニケーションが再び滞ることがないようにするためのテクニックを教え、その後、不倫の前から存在し、今も存在する諸問題を解決する二人の仲介者の役割を果たしてきた。
身体的接触の欠如にまつわる問題は、ほとんどスティーブとバーバラの二人自身によって解決してきたと言える。バーバラは、まだ自分自身の中にスティーブのそれに見合うだけの情熱的な性的魅力や欲求があることを再発見し、二人はすぐに活発で興奮に満ちた性生活を再開するようになった。
他の問題の方がより難しかった。二人は、バーバラが告白した不安感に対処しなければならなかった。非常に自信に満ちた夫と生活する不安感。自分の人生の目標を常に知り、その目標を達成するにはどうしたらよいか、その目標に達したら次に何をすべきかを常に知っているように見える自信家の夫。そのような夫と一緒に人生を歩めるのだろうかという漠然とした不安感。
だが、バーバラは、自分自身の不倫がもたらした結果に対処することで、否応なく、大きく成長することになった。そして、その成長のおかげで、彼女自身の自信レベルも大きく上昇したのである。結果的に見れば、彼女の不安感も大半が自己解消する問題だったといえる。
もっと言えば、バーバラの不倫の件にまつわる大きな問題が解消した途端、他の小さな問題も解決可能な問題へと変わったのだった。ただ、それらの解決は時間がかかるものである。近頃は、二人とも夫婦関係に関わる事柄に真剣に向き合い努力している。二人ともお互いを当然とみなすことを拒否し、相手の存在を一から見直し、再検討する努力を続けている。