ヘレンは、私がビルを見ているのに気がついたようだった。「ねえ、彼に話しかけるべきよ。あなた、いつまでも彼のことを思って恋やつれしてるわけにはいかないんだから」
私は皮肉っぽく笑って答えた。「ねえ、お願い。私、ぜんぜん彼のこと思っていないんだから。ビルがここにいようがいまいが、全然気にしてないのよ」
マリアとヘレンはくすくす笑っていた。ヘレンが答えた。「じゃあ、あなた、どうして彼を見るたびに迷子になった子犬のような顔をしているの?」
「そんな顔してないわ!」
思わず甲高い声が出てしまい、そのために二人はいっそう大きな声で笑っていた。
「それにビルは私のことなんか求めていないの。彼が欲しいのは、こっそりとデートができる相手なの。私は、こそこそするのはできないから」
その間にビルが私たちが立っているところに近づいてきた。マリアは私の耳に囁きかけた。
「じゃあ、ビルがこの2ヶ月間ずっと毎週3回は電話をかけてきてるのは、どうして? それに、ビルは12人もいるTガールから好きに相手を選べるはずなのに、あなたにだけ誘いをかけているのは、どうして? 答えてみなさいよ」
私は答えようとしたけど、その前にビルが私の隣に立っていた。
「僕とダンスしてくれないか?」
「私たち、部屋に戻ろうとしていたところなの。もう遅いし、明日は早起きしなければいけないから」
ビルが悲しそうな顔をするのが見えた。
「一曲だけでいいから、踊ろうよ。その後は自由にしていいよ。それなら2分もかからないよ」
マリアがでしゃばって口を挟んだ。「さあさあ、一緒にダンスしてきなさい。私たちは部屋で待ってるわ」
「分かったわ。じゃ、一曲だけ。その後は私、部屋に帰るからね」 こう返事しないとマリアとヘレンがうるさそうなので、仕方なく答えた。
ヘレンとマリアは歩き出したが、ヘレンが言うのが聞こえた。
「彼女、今夜は帰ってこない方に10ドル」
マリアは賭けに応じなかった。あの二人ったら、と私は思った。
マリアとヘレンが帰っていくと、ビルは私の手を取ってダンスフロアに出た。最初、私たちは他人同士のように踊っていた。私は、左手を彼の右手に握られ、右手を彼の肩の上に乗せていた。彼の左手は私の腰。一分か二分ほどした後、彼の手が私の背中に来ていて私を引き寄せたので、私は手を彼の首に絡ませる他なかった。
そんな感じで曲の終わりまでダンスしていたけれど、すぐに二曲目が始まった。曲の入れ替わりがあまりに速かったので、ダンスをやめようと思うことすらできなくて、結局、続けて踊ることになってしまった。二曲目が真ん中にさしかかる頃には、私は両腕を彼の首に絡めていたし、彼も両手で私の腰を抱き寄せていた。
ダンスの間、二人とも何も話さなかった。ただ踊るだけ。曲はいつまでも続いているように思った。それほど曲の入れ替わりが速かったので。
何が起きたか分からないけれど、踊っている間に、私は頭を彼の胸板にくっつけていて、彼は私の頭の上に顔を乗せている格好になっていた。そうなるように考えたわけではないし、そんな形になるのは望んでいなかったのは事実。でも、私たちは、音楽が終わるまで、そういうふうに身体を密着させて踊り続けていた。
音楽が止まり、あたりを見回した。バーにいたのは、バーテンを除くと私たちだけになっていた。私はビルを見上げて言った。「一曲だけって言ったのに」
「うん。ごめん。でも、どうしてこうなったか分からない。ただ、君を抱いているととても気持ちよくて、離したくなかったんだ。それに、君だってやめようとしなかったし」
もちろん、ビルの言ったことは正しくて、私はダンスをやめようとしなかったし、やめたくもなかった。彼に抱かれて気持ちよかったのは本当だった。でも、もう部屋に戻らなければならないことも知っていた。
「もう戻らなくっちゃ」
ビルは私の腕に腕を絡めた。「僕が上まで送っていくよ。どうせ、僕たちは同じ階に泊まっているわけだし」」