エレベーターに乗るとすぐに、ビルは私の背中にするりと腕を回した。私も他にしようがないので、同じように彼の背中に腕を回した。でも、横に腕を伸ばしている状態はなんとなく居心地が悪かった。
それを察したのか、ビルは私のあごに手を掛け、私の顔を彼に向かせ、私を見下ろした。ビルが私にキスしようとしていると思った。私自身もそれを求めていたかどうかは自分でもはっきりしなかった。だって、私はビルに腹を立てていたはずなのだから。でも、ビルがキスする前にエレベーターのドアが開いてしまった。
ビルは私の部屋に向かって一緒に歩く間も、私の腰に腕を回したままだった。部屋のドアの前に来て、二人は立ち止まった。ビルが私に前を向かせた。今度こそ彼がキスしようとしていると思った。間違いない。ビルはキスしようとしてる。そして、私はそれをやめさせなければいけないはず。
ビルは私のあごに手をかけ、上を向かせた。ふたり対面し、私は彼を見上げている格好になっていた。まさに、私にキスしてくると思った、ちょうどその時だった。ビルは思いがけないことを言った。
「明日、僕と一緒に朝食を食べよう。マークは君に8時までにセットに来て欲しいと言ってたのは知っている。だから、朝食には7時に出てきてくれ」
私はすっかり混乱してしまった。ビルは絶対に私にキスをしたいと思っていたはず。それに対して、私はダメと言うつもりだった。少なくとも、ダメとは言うだろうけど、その後はどうなるか分からないと思っていた。それなのに……。
私がビルに返事をする前に、ビルは私からルームキーを取り、ドアを開けた。それから、キーを私の手の中に返した。「じゃあ、7時に」と、そう言いながら私の手の甲にキスをした。
その数秒後、私は部屋の中にいたし、ドアも閉まっていた。私は、実際のところ、今の出来事に腹を立てていた。ビルは、私が明日の朝、一緒に朝食を取ると返事するのを待ちもしなかった。彼は、私が当然一緒に朝食を取るはずと決めてかかっていた。もっと頭にきたのは、ビルが私にキスしようとすらしなかったこと。しようとしていたのは確かだったけど、実際には何も起きなかった。
ビルがキスしようとしなかったことを私が怒るのは間違っているとは分かっていた。多分、ビルは私が断るだろうと察したのだろう。それが、彼がキスしようとしなかった理由に違いない。だけど、それでも、ビルがしようとしなかったのは気になってしかたがなかった。
寝室に入ると、電気は消えていて、マリアもヘレンも眠っていた。私は暗闇の中ナイティを探し出し、バスルームに行ってシャワーを浴び、ナイティに着替えた。それから寝室に戻り、マリアたちが寝ているベッドに潜り込み、眠りについた。
翌朝6時。私はマリアに起こされた。私がミニの皮スカートと裾丈が短くお腹が見えるホールター(
参考)のトップという露出気味の服に着替え終わる頃には、今朝はビルと一緒に朝食を取るのはやめようと決めていた。実際、朝食を一緒するとは一度も言わなかったのだし、私が一緒するはずとビルが決め付けていたのも、私を見くびってる気がしたから。
部屋を出たのは7時10分前。食堂に入るとすぐにマークとトレーシーが座っているテーブルを見つけた。でも、そのテーブルに着く前に、ビルが横に来て、私の手を握った。
「僕たちのテーブルを用意してあるんだ。あそこのテーブルでいいよね?」
私は彼に、一緒のテーブルに座りたくないわと、本当に言いたかったのだけれども、彼の瞳を見てしまったら、悔しいことに、ほとんど溶けてしまいそうになったのだった。結局、何も言わず、彼の後についてテーブルへ歩いていた。