「私が嫉妬する理由があるのかな?」とノボルは眉をつり上げ、訊き返した。「あなたはもう私のものだと言ったけど、冗談で言ったのではないのですよ」
アンジェラはノボルの顔を見て、真剣にそう言ってるのだと分かった。このような独占欲の強い態度には、特に、関係を持ってすぐにこういう態度を取られると、普通なら嫌悪感を感じるアンジェラだったが、ノボルの場合は、どういうわけか彼女は理解できる気がしたし、むしろ好ましいとすら感じるのだった。
アンジェラはノボルを引き寄せ、甘え、なだめようと首筋に甘噛みをした。
「ケンは元彼なの…」
アンジェラはノボルが身体に緊張を走らせるのを感じた。
「それで、彼と最後に会ったのはいつ?」 ノボルは言葉を吟味し、ある意図を持って問いかけた。
…あらまあ、早速、始まったわね…とアンジェラは思った。もし嘘をついたら、この人のことだから多分バレると思ったアンジェラは、正直に答えた。
「…先週」
ノボルの顔を見ると眼に怒りが現れている。恐怖感を抱かせる顔になっていた。
「ノブ? ただの友だち関係なのよ。相互に利益がもたらされるような友だち関係。私には、彼は何の深い意味もないの」
ノボルは少し和らぎ、力強くアンジェラを抱きかかえ、自分の上に乗せた。
「よろしい。でも、今後はダメだよ。もしあなたが私以外の人に身をゆだね、そのため、誰かが怪我をしても、私は責任を取れないから」
「この24時間を経験した後で、どうして私があなた以外の人に身をゆだねる気になると思うの?」 とアンジェラは大きな声をあげた。
それを聞いてノボルが笑顔になるのを見たアンジェラは笑いだし、そして愛情たっぷりにキスをした。
「それに、本物の狼男と張り合える男なんていないだろうし」
「正確に言って、私は狼男ではないのです。それに、その言葉は好きになったことがない」
「でも、それじゃあ、あなたなら、自分のことを何と呼ぶの?」
「2、3か所、遺伝的変異をともなった日本人…」 とノボルはちょっと狼っぽい笑顔をして見せた。
「ウフフ、でも、ノブさん? あなたは誰かがあなたのテリトリーを侵害しても心配する必要はないと思うわ」
アンジェラはゆったりとくつろいで背伸びをした。だけど、家の子猫たちがアンジェラはどこに行ってしまったのだろうと心配しているかもと思い、溜息をついた。
「大きい犬[okki-inu]さん、もう私、帰らなくちゃいけないわ」
「どうして?」 とノボルは頑固に彼女を離そうとしなかった。唇に不満そうな表情が出ている。
「私のベビーたちが待っているもの」
「ベビー?」
ノボルの大きな声に、アンジェラは顔をしかめた。ノボルが近くにある家具を窓から放り投げそうな勢いになるのを見て、アンジェラは彼の腕を押さえこんだ。
「私の子猫たちのことよ、ノブ! 多分、お腹をすかしていると思うの」
「ああっ…」 とノボルは恥ずかしそうな声で言った。「…なら、私にそのベビーたちを紹介してくれますか。私も猫たちに餌を上げるお手伝いをしますから」
この人ったら、どうしても私の姿を見続けていたいのね? …そう思い、アンジェラはむしろ心が温まる気がした。
「いいわ。ところで、シャツを貸してくれるとありがたいの。思い出したんだけど、ある日本人男が欲情のあまり私のブラウスを破いたみたいだから」
ノボルはにっこり微笑んだ。とても嬉しそうな顔をしていた。
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車を止めた後、ノボルはアンジェラの手を取り、彼女の住居があるビルの中へと進んだ。だが、突然、ノボルは心の中が騒ぎ出すのを感じた。この400年ほどのあいだ経験してこなかった感情だった。
「中に入ってはいけない」 とノボルは警告し、アンジェラを引きもどした。
「どうして?」 とアンジェラはエレベータに通じるロビーに目をやりながら訊き返した。「猫たちに餌を上げなくちゃいけないのに」
ノボルは、何かに対して警戒態勢になっているように見えた。辺りを見回しながら、彼はアンジェラの手をさらに強く握った。
「どうしてもと言うなら、二人で、猫たちと、さしあたり必要なものだけを取ってくるのは構わない。でも、それも短時間で。その後は私の部屋に戻った方がいい。ここは安全ではない。他の持ち物は、後で誰かを送って取りに来させるから」
「ノブ、何を言ってるのか私…」
言葉を言い終える前に、ノボルは両手でアンジェラの顔を挟み、優しくキスをした。顔を離した後、彼はアンジェラを見つめ、訊いた。「私を信じてくれる?」
「もちろん」 とキスの後の荒い呼吸で彼女は答えた。
「なら、お願いです。私が言ったとおりにしてください」
とても真剣な目の表情だった。アンジェラは、ノボルが彼女の身を案じてそう言ってるのだと感じた。
「分かった。猫たちとノートパソコンだけを取ってくるわ。そして、あなたのお部屋に戻ることにしましょう」
ノボルはアンジェラを引き寄せ、辺りを見回しながら、エレベータの中へと向かった。エレベータのドアが閉まった時、彼はアンジェラを強く抱きしめ、「ありがとう」と言った。
通りの反対側、向かいのビルの屋上に、高層ビルの中へ入る男女を見る独りの男がいた。黒いトレンチコートのポケットに手を突っ込みながら、男は低い声で笑い、そして向きを変えた。
つづく