「…ところで、俺も君に質問があるんだが…」 とクラレンスは思い出したように言った。「君は男とのセックスを本当に楽しんでるのか? ベル博士と一緒にいる時の君の声を聞いたことがあるが、本当に喜んでるような声を上げていた」
「ベル博士と? あれは演技。でも、男とのセックスを楽しんだことがあるのは本当よ。相手によると思う」 とデイビーは正直に答えた。
「ボイは異常なほどエッチな気分になるものだって聞いたことがある。ボイにとっては、男とのセックスが格段に気持ち良いらしいと。あるボイを知っているんだが、そいつはベル博士によって変えられた人ではなかった。誰か他の人に変えられたらしい。そのボイは高校時代、その男をいじめていたらしいんだ。そこで、そのいじめられていたヤツが、仕返しとして、そいつをボイに変えたらしい。まあ、ともかく、そのいじめられていたヤツは大した才能があったようだ。そしてボイに変えられた方は、信じられないほどセックス狂いになっていたよ」
「レオね。レオ・ロバートソン。彼はジョージ・ヤングに変えられた」
「ああ、そいつだ。どうして知ってるんだ?」
「2年ほど前にレオと話しをしたことがあるの。今はレアという名で通っているわ。ストリップ・クラブで働いている。でも、これだけは言えるけど、レアは今の状態に満足していないのよ。不幸になっている。実際、身の上話をしながら、彼、急に泣き出したもの」 とデイビーは言った。
「本当か? 俺が見た時は、すごくハッピーそうだったが……。ベル博士が俺に結果をじかに見せてくれたんだ。彼はその時もストリップ・クラブで働いていたが、生活を楽しんでいるように見えたけどなあ」
「それはよくあるパターンなの。多くのボイは、調整期間を経験するのよ。だいたい2年半くらいね。その期間中は、性欲が非常に高いの。加えて、そういうボイたちは、それまで知らなかった感情や、快楽を得る新しい方法とかを経験するの。その結果、彼らは、性行動がとても激しく増加することになる。でも、その期間を過ぎると、生活が通常状態に戻るし、女性と同じような性的好みを持つように変わるのよ。本当だから、信じて。私自身も、この3年間、変化を経験してきたし、自分自身を研究してきたから。だから、ボイたちの実情は、一見したところほど、バラ色というわけじゃないの」
「どういうこと?」
「何と言うか、たぶん、かなり多数のボイたちがうつ状態になると予想しているわ。性欲が通常状態に戻るのにつれて、ボイたちにも時間的余裕も出てきて、自分たちの人生についてじっくり考え始めると思う。実際、すでにこの数ヶ月で、ボイの自殺が増加していたわ。今は数字から離れているから分からないけど、たぶんもっと増えていると思う」
「ということは、いま俺たちが生きている安定した世界は、今にも沸騰しかかってる煮えたぎった状態を覆い隠している幻想に過ぎないと。そう言いたいのか?」 とクラレンスは納得して言った。
「そんな上手な表現、私には思いもつかなかったわ」 とデイビーが言った。
「興味深い」 とクラレンスは言い、その後、会話は途切れた。
*
2時間ほど後、クラレンスは、ドアの外に衛視をひとり立たせて、部屋を出て行った。彼はどこに行くか言わなかったし、デイビーも訊いたりしなかった。クラレンスは何時間も考えごとに没頭し、黙ったまま、さっきの会話の意味を考え続けていた。デイビーには、この大男の頭の中で、ギアがシフトするのが見えるような気がした。
クラレンスが黙考している間、デイビーは彼をじっくり観察することができた。身体の大きな男がタイプな人にとっては、彼はハンサムだと言えるだろう。そしてデイビーも、どちらかと言うと、そういう男性が好きだった。クラレンスは筋肉隆々というわけではないが、逞しい体つきをしているのは事実だった。腕は、デイビーの細いウエストほども太い(あるいはそれよりも太いかも)。だが、そんな動きの鈍い武骨者という外面の中に、何か光るものがあった。
話し合ったことについて黙考するクラレンスを見ながら、デイビーは、彼の瞳に思慮深さが光るのを見ていた。
そして、デイビーは、このストイックな衛視に心が惹かれ始めているのに気づいた。
クラレンスが戻ってきた時には、すでに夜も更けていた。彼は椅子に腰を降ろし、何の前置きもなく、デイビーに問いかけた。
「君はどうなんだ? チャンスができたら、元に戻るつもりか?」
その質問を受けて、デイビーは何秒か考え込んだ。何秒かは何分かに変わり、結局、15分近く考え続け、ようやく答えた。
「戻らないと思う。今の姿に慣れるまでは辛かったけれど、今は、自分のあり方に満足しているし、幸せだと思っている。以前の私の人生は虚ろだった。いかなる感情も外に出さなかった。でも、今は、自由に感じたままに生きている。こんなに自由な気持ちになったのは、これまでなかったと思う」
デイビーはこれまでになく正直に自分の気持ちを語った。自分自身、これには驚いていた。
「じゃあ、他のボイたちは、それと似た結論にならないなんて誰にも言えないわけだな?」
「ええ、その通り。私が言いたいのもその点。彼らボイ、というか私たちボイは、選択肢を与えられるべきだと思うの」
「それを君はしようとしているのか? 人々に選択肢を与えること?」
「ええ。私たちがしようとしているのは、それだけ。聞いたら気が休まると言うなら言うけど、私たちも、このミッションを進めるべきかどうか、問題にしたのよ。答えは簡単ではなかったわ。でも、男性に戻るという選択肢を選ぶかもしれない人々には、その選択をするチャンスを与えられるべきだと結論したの。自分が望まない人生を生き続けるのではなく、自分で選べるようにすべきだと」
それから再びクラレンスは黙り込んだ。トイレに行く時や食事の提供の時を除いて、その夜、ふたりは黙り続け、やがてデイビーも眠りに落ちた。
*
「散歩することはできるかしら? 脚をストレッチしたいの」とデイビーが訊いた。すでに丸一日たっていて、再び夜になっていた。まさにこの瞬間、ベル博士は新しいハーレムの人材集めに忙しくしていることだろう。
「いいだろう。だが、他のことは何もするなよ」とクラレンスが答えた。
デイビーは、何かする意図はなかった。船外に逃れようとしても、良い結果にはならないだろう。必要なものは船にあるのだし、船外に出て、誰かと接触できても、その時には船は大海に出た後となっていることだろう。そもそも、クラレンスとドアの向こうにいる武装したふたりの衛視たちから、逃れることなどできそうもない。
「ええ、何もしないわ」 デイビーは本心からそう答えた。
その何分か後、ふたりはデッキを歩いていた。遠くに市街が見え、街明かりが点滅している。別の世界で、別の状況だったなら、ロマンティックな状況だと言えただろうなとデイビーは思った。デイビーは、欄干にもたれかかり、街の明かりを見つめていた。
「綺麗だわ。そうじゃない?」とデイビーは小さな声で言った。
「確かに。……それに君も」 とクラレンスが答えた。
「ありがとう」 とデイビーはお世辞はいいのよといった感じで答えた。
「いや、本気だ」とクラレンスはデイビーの方を向いて言った。「内面も外面も。俺は君のような人に会ったことがない。君は……」
「ここではダメ」 とデイビーは、頭を振って、向こうにいる船員たちの方を示した。
クラレンスはデイビーの言わんとしたことを理解し、彼をデイビーの牢屋代わりにしている船室に連れ戻した。
部屋に戻り、デイビーはベッドに腰を降ろし、もたれかかった。クラレンスは、デイビーに背を向けて立っていた。
「デイビー、君の言ったことで俺は混乱している。あらゆることが振り出しに戻された感じだ。だが、さっき言ったことは本当だ」
そう言ってクラレンスはデイビーの方に向き直った。
「君は、他の人たちとは違ったように、俺を扱う。もっと言えば、君は、俺が答えを見つけられる能力を持っていると、単なる筋肉バカではないと思っている」
「その通り」 とデイビーは小さな声で言った。
「そして、君はとても魅力的だ。上品で、魅力的で、賢く、そしてセクシーだ。これらが君というひとりの人間に一体化しているなんて……。俺は……」
デイビーは立ち上がり、指を立て、クラレンスの口にあてた。そうして彼の顔を見上げながら言った。「しーッ。分かったから。あなたは私のことが好き。そして私もあなたのことが好き」
そうして彼は、手をクラレンスの逞しい首の後ろ側に添え、自分に引き寄せた。クラレンスもそれに従い、顔を下げた。デイビーは、つま先立ちになり、彼にキスをした。
キスを解いた時、クラレンスは何か言おうとしたが、この時も、デイビーは彼を黙らせた。情熱に任せて、ふたりは服を脱ぎ棄て、1分もかからぬうちに、ふたりとも全裸になっていた。服を脱ぐ間、ずっとふたりは唇を重ねあったままだった。裸になると、デイビーはふざけまじりにクラレンスをベッドに押し倒し、彼の上にまたがった。
デイビーは、彼に覆いかぶさり、キスを続けた。キスをしながら、クラレンスの熱い勃起が尻の間を撫でるのを感じた。
2分ほどそれを続けた後、クラレンスが身体を起こした。そして、デイビーの身体を軽々と抱き上げ、ベッドに仰向けに寝かせた。そしてデイビーのお尻を少し持ち上げ、同時に彼の脚の間にひざまずいた。顔をデイビーの股間へと近づける。
クラレンスは、デイビーの小さなペニスと睾丸を一気に口に含み、舌で愛撫し始めた。同時に大きな指でデイビーのアナルの中を探り始める。
デイビーは夢心地になっていた。こんなことをしてくれた人は初めて!
興奮しきったデイビーがクラレンスの口の中に放出するまで、時間はかからなかった。クラレンスは出されたものを飲み、デイビーを驚かせた。
その後、クラレンスは立ち上がった。デイビーが彼のペニスをじっくりと見たのは、この時が初めてだった。巨大ではない(もっと大きいのを見たことがある)、でも、ベルのよりははるかに大きかった。
クラレンスはデイビーに覆いかぶさり、デイビーのアナルにペニスを押しつけ始めた。
「いや。私が上になりたいわ」
デイビーがそう言うと、クラレンスは肩をすくめ、デイビーを抱え上げた。そして彼を抱いたまま、クラレンスはベッドに腰を降ろした。
「仰向けになって。全部、私にさせて」 とデイビーは言った。淫猥さが溢れた声だった。
クラレンスは言われた通りにベッドに大の字になった。デイビーは後ろに手を回し、彼の大きなペニスを握った。そして、ペニスの亀頭がアナルに触れる程度まで、腰を浮かし、それから、ゆっくりと腰を沈めた。
これ以上ないほど、夢のような快感だった。これまで相手してきた男たちの誰よりも気持ち良かった。だが、その快感は、肉体的な快感とはほとんど関係がなかった。デイビーにとって、自分から選んでセックスしたのは、クラレンスが最初だったのである。ミッションのためでもなく、訓練のためでもなく、ましてや、何かを手に入れるためのセックスでもない。デイビーがこの男性とセックスするのは、この男性にセックスしてほしいから。それ以外の理由の何ものでもないから。
ふたりの行為が終わり、デイビーはクラレンスの大きな胸板に崩れるように覆いかぶさった。彼の心臓の鼓動が聞こえた。
心も身体も満足しきったデイビーは、愛する男の腕に包まれながら、ゆっくりと眠りに落ちた。
*
翌朝、船はいかりを上げ、港を出た。
デイビーは、注意深く、クラレンスにミッションの目的を告げずにいたが、クラレンスには分かっていただろうと思っている。なぜ、クラレンスに話さなかったのか? その理由のひとつは、クラレンスに、情報やサンプルを入手するために一緒に寝たのだと思われたくなかったから、というのがあった。もうひとつは、もっと論理的な理由で、今、実行するのは無意味だと思ったからだった。再び船が入港するまで待っているべきだと。
これがクラレンスに話さなかったふたつの理由だが、デイビーは最初の理由の方しか重視していなかったと言ってよい。そういうふうにクラレンスに勘違いされる可能性は低かったけれども、デイビーはクラレンスのことを思いやることの方が大切だと感じていた。それほど愛を感じていたのだった。
ふたりが一緒に過ごしたのは、たった2日間だったし、その大半が黙りこくったまま過ごしたのではあるが、デイビーは彼に対する愛情は本物だと感じていた。それにクラレンスの方も同じ感情でいることを認識していた。クラレンスは知的でハンサムだし、忠誠心もある(もっとも、ベル博士への忠誠心に関しては、忠誠心の置きどころが間違ってはいたが)。ボイにとって、これ以上の男性を、求めることなどできようか?
デイビーにとっては2回目の航海になる。だが、この2回目の航海は1回目に比べて、はるかに楽しい航海だった。というのも、この航海のかなりの時間を、彼はクラレンスの船室で激しく愛情豊かなセックスをして過ごすことができたからである。それ以外の時間も、ふたりでいることが多かった。ベル博士はと言うと、新しいハーレムができたおかげで、デイビーのことは忘れてしまったように見えた。多分、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
だが、この時間が、デイビーの人生で最良の時なのは確かだった。彼はクラレンスを愛している。何があっても、その気持ちは変わらない。
すべてがこの上ない喜びの日々だった。ある日が来るまでは。3ヶ月が過ぎた頃、クラレンスがデイビーのところに来て言ったのだった。
「明日、再び入港することになった。だがベル博士が君に会いたがっている。博士に、君を解放するよう言ってきたのだが、ようやく納得してもらったようだと思う。俺は、君のことを愛しているのだと博士に伝えたんだ。博士も、それを聞いて喜んでいたみたいだ」 とクラレンスが言った。
クラレンスは、ベル博士が自分の親友なのだと思い込んでいるらしい。デイビーは、それほどウブではなかった。
*
その数分後、ふたり一緒にベル博士の部屋に行った。
「おお、愛するおふたりさんか。入りたまえ。クラレンス、君に見せたいものがあるんだ。そしてお前」 と博士はデイビーを指差した。「こっちに来なさい」
ベルは階段のふもとのところに立っていた。
デイビーが博士のところに近づいた。
「裸になれ!」
デイビーはクラレンスの方を振り返った。彼は無言のまま、じっと立ったままでいた。デイビーは諦め、服を脱いだ。
「ちゃんと見てるか、クラレンス? お前が妻にしようとしてるボイが、どんなボイなのか、お前に見せてやろうと思ってな。こいつは、チビの淫乱ボイにすぎんのだよ。さしずめ、このボイ、お前に化合物を盗むのを手伝ってくれと頼んだだろう? 違うか?」
ベル博士はズボンのチャックを降ろした。
「そんなことはありません」
「おお、そうか。それは良かったな。だが、このボイなら、いつそう言ってもおかしくない」 とベルはペニスを出した。
「尻をこっちに突き出せ」
デイビーがほとんど動かずにいると、ベルは乱暴にデイビーを背中を押し、上半身を傾けさせ、怒鳴った。
「尻を突き出せって言ったんだ! この淫乱ボイ!」
「オマール、こんなことはやめてくれ」 とクラレンスは握りこぶしを握りながら言った。
「これは」 とベルはデイビーの尻頬を強くひっぱ叩いた。「これは俺の尻なのだよ。そして、お前は俺に雇われている男だ。お前が降りられるのは、俺が降りてもいいと言ったときだけだ。指図できるのは俺であって、お前じゃないのだよ。それにお前は……」
クラレンスが飛びかかり、殴打し始めた。彼の怒りは激しく、気のふれた博士が死に、顔面を血だらけにし、誰とも判別できない状態になるまで、殴打が続いた。クラレンスはぼろぼろ泣きながら、「オマール、そんなことしちゃダメだ」と叫び続けるだけだった。クラレンスは、両手が血まみれで傷だらけになって(おそらく骨折もして)やっと、殴打をやめた。
デイビーは素早くパンティを履き、間違ってパンチを受けないようにと注意しながらクラレンスに近づいた。だが、心配する必要はない。クラレンスがデイビーを傷つけることなど、たとえ間違ってでも、ありえないのだから。
そしてクラレンスは、すでに死んでいた男への殴打をやめ、涙をとめどなく流しながらデイビーの膝に顔を埋めた。そして彼の怒りはゆっくりと鎮まっていった。愛する者の腕に包まれながら、彼は啜り泣きを続けた。
*
翌日、船は入港した。愛しあうふたりが下船し、彼らの後に、戸惑い顔のセクシーなボイや女たちが続いた。船員たちは、何が起きたか知っているようだったが、誰も、本当の話しを知らないし、ベル博士の死体がどこにあるのかも知らなかった。ベルの死体はクラレンスがデッキから海に放り投げたのだった。
ミッションに関しては、デイビーは頼みすらせずに遂行できた。デイビーに言われるまでもなく、クラレンス自身が衛視の元に行き、中に通せと命令し、部屋の中からオリジナルの化合物が入った容器を持ち出したのである。彼は、ロックされた実験室にあるすべてのコンピュータからハードディスクも持ち出した。
下船後、ふたりはエージェンシーの本部に直行した。下船した港から本部までは、アメリカを横断する旅行となったが、行楽気分のドライブ旅行で、何度も愛の行為も行った、極めて楽しい旅行になった。
本部に着くと、エージェンシーの大半の局員は、デイビーが生きていたこと、ましてや任務に成功したことを知り驚いた。不満と言えば、ベル博士が死んでしまったこと、それゆえ、治療法を得るための、より多くの情報が得られなくなったことだけだった。
だが、後から分かったことだが、治療法を得るためには、それからたった2年しかかからなかった。そのさらに半年後、治療法が、それを欲する人誰にでも与えられるようになった。治療を受けたのは、ボイの20%だけだった(もっとも、メディアでの報道では、それよりはるかに少ない人数にされていたが)。
デイビーとクラレンスに関しては、ベル博士が大気に化合物を放出してから6年ほど経った時、ふたりは結婚した。それまでに世界は大きく変わっていた。この2年間だけでも、大きな変化があった。
多くの人々が、ボイに対してネガティブなステレオタイプを抱き、ボイは意志薄弱で、セックス狂で、好色狂であると考えていたが、すぐに、世界は、そういうステレオタイプのボイは、調節期間を過ぎた後は消滅すると気づき始めた。ボイたちは、確かに以前の姿とは大きく違った姿になるが、それ以外では他の人々となんら変わらぬ、普通の人間なのである。他の人々と同じように、希望や夢を持ち、愛情や成功を求める、そういう人間なのだ。世界はそういうふうに認識を改めていった。
そして、人生は続く。世界は、ジェンダーが3つの世界になった。男性と女性とボイである。誰もベル博士のことを悼むひとはいなかったが、彼が歴史の本に名前を残したのは事実だ。クラレンスは、ベル博士は、本当に欲した世界を実現したといつも言う。でも、デイビーは、それはどうかなと思っている。デイビーによれば、ベル博士は、よくいる狂ったテロリストのひとりにすぎない。ただ、偶然にも自分の人生の目標をまっとうする結果を生むことができたテロリストなのだと。
おわり
日々がだらだらとすぎていった。毎日、同じようなことの繰り返しで、デイビーも退屈し始めていた。ハーレム仲間みんなに、さまざまな性的な行為が行われた(通常の性行為とは違うことも多かった)。それにデイビー自身、楽しんでいたのは間違いない。それでも、デイビーはどうしても時計がチクタクなる音が聞こえてくるのだった。1ヵ月がすぎたのに、ミッションに関してはほとんど進展していない。彼は、いまだにベルのお気に入りの行為相手だったが、だからと言って、任務遂行の機会が増えるわけではなかった。
1ヵ月はすぐに2ヶ月になり、デイビーは、そろそろ動きださなければならないと思った。ベルは、すでに、ベティとパーシーのふたりに飽きていた。ふたりは、ベル博士よりクラレンスに抱かれる方を切望するようになっていた。ふたりは、クラレンスの方がセックス相手としてベル博士よりもずっといいと言っていた。
2ヶ月目はやがて3ヶ月目になり、デイビーはパニック寸前の状態になっていた。その頃までには、ベル博士はデイビー以外の者たちを相手にすることは、ほとんどなくなっていた。ということは、とりもなおさず、ほぼ毎日、デイビーはベル博士に抱かれるようになっていたことを意味する。
そして、出港してから3ヶ月半になったある日、クラレンスがデイビーのところに来て、言った。
「我々は、明日、入港する。ベル博士は、その前にお前に会いたいとおっしゃってる」
その時の行為も、他の時と変わらなかった。クラレンスに連れられてベル博士の部屋に行くと、ベル博士はすぐにデイビーを四つん這いにさせ、後ろから突きまくり、彼に快感の叫び声をあげさせた(もちろん、演技であるが)。そうしてベル博士が射精すると、しばらくふたりで横たわったままになり、その後、デイビーは部屋を出ようと起き上がるのである。
だが、この日、デイビーが起き上がろうとすると、ベル博士は呼びとめた。
「いや、もうちょっとここにいなさい、デイビー」
デイビーはベッドの上に座った。これは、これまでなかったことだった。
「私の隣に横になるんだ」 とベル博士はベッドの上をトントンと叩いた。
デイビーは言われた通りに横になった。背中を向けて、お尻をベルの股間にくっつけた姿勢でいた。ベルは後ろから手を回して、何気なくデイビーの乳首をいじり続けた。
しばらくそうしていた後、ベル博士が突然、言葉を発した。
「お前のことは知ってるのだよ、デイビー・ジョーンズ。……政府のエージェント。否定しようがないな。お前がこの船に乗ってきた最初の日から知っていた。私が作り上げた新世界を覆そうとしているボイを犯すのは、実にワクワクしたものだ。お前も楽しんでいたようだな。かなり喜んでいたようだ」
デイビーはくすくす笑った。「いいえ。そうでもないわ。あなたのあの小さなおちんちんで? まさか。最初に見た時、あなた自身がボイかもしれないと思ったほど」
ベルはデイビーの尻頬をピシャリと叩いた。かなり強く。
「良いボイは、目上の者をからかったりしないものだぞ!」
しばらく沈黙が続いた後、またベルが言葉を発した。
「クラレンスから聞いていると思うが、明日、我々は入港する。お前は船から出るのは許されない。入港するまでは部屋に戻ってもいいが、我々が上陸している2日間は、お前は監禁することにする。もう行ってもいいぞ」
そしてベルは再びデイビーの尻を叩いた。「それと、再び海に出た後は、もうお前はここに来なくていい。恩知らずのボイは不要なのでね」
*
部屋に戻るまでの間、デイビーは焦燥した。顔にも不安が出ていたに違いない。それを見たエリックが尋ねた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「いえ、何も」 とデイビーは嘘をついた。「何か身体に合わない物を食べたみたいで、気持ち悪いの。それに、ベル博士に、みんなよりここに長くいるよう言われたし」
彼のハーレム仲間はみんな笑顔になり、デイビーを祝福した。エイミが声を上げた。
「気をつけていないと、ベルのお嫁さんにされちゃうわよ。デイビー・ベル夫人! 素敵な指輪をもらえるわね」
「ええ、たぶん」 とデイビーは言い、横になった。
ベティはバスタブに入っていた。脚の毛を剃っている。
「あなたたちボイが羨ましいわ。何でも持ってる。妊娠する心配をしなくてもいいし、身体は最高だし、それに脚の毛を剃る必要がないなんて! この剃刀負けを気にしなくても良くなるには、どうしたらいいのかしら……」
デイビーはその後の話しを聞くのをやめた。さんざん聞いてきたことだった。デイビーは、これまでの人生で初めて、今後どうしたらよいか分からなくなっていた。
*
予定の入港時間の2時間ほど前、クラレンスがハーレムに現れ、デイビーを別の部屋に連れて行くと言った。デイビーは仲間に手短に別れのあいさつをし、船を離れる時が来たら、必ずみんなに会いに行くと約束した。
その後、彼はクラレンスにエスコートされて、このクラレンスが居住していると思われる部屋に連れて行かれた。その部屋はベルの部屋ほど豪華ではなかったが、それなりに快適そうな部屋だった(小さかったが)。シングルベッドがひとつだけで、歩きまわれるようなスペースはあまりなかった。
クラレンスはデイビーにベッドに座るよう指示し、自分はデスク脇の椅子に座った。
「これから2日間、俺がお前の見張りをすることになる。もし、服を着たいなら、着て構わない。この部屋では裸になってる必要はほとんどないから」
クラレンスは、そう言いながら、デイビーの身体に目を向け、顔に少し不快そうな表情を浮かべた。
その表情を見た瞬間、デイビーは急に裸の自分があからさまに露出していることを実感した。デイビーはこの3ヶ月間、ほとんどずっと全裸のままで過ごしてきた。だが、この逞しい見張り役の男のちょっと不快そうな顔を見た瞬間、彼は急に裸でいる自分が恥ずかしくなったのだった。
デイビーは自分の小さなスーツケースを取り出し、それを開けた(そのスーツケースは、初日に着てきたショートパンツとタンクトップを入れた後は、一度も開けていなかった)。そして、中からパンティを出し、履いた。その後、ジーンズと白いブラウスを出し、それを着た。
服を着た後、デイビーはベッドに横になり、クラレンスの様子を観察した。この男と肉体的に戦って勝つ可能性はゼロだろう。彼はNFLのディフェンスのラインマンのような体つきをしている。
「それで、あなたはどのくらいベル博士の元で働いてきているの?」 とデイビーは声をかけた。
「もう10年以上だ。博士の組織の保安部の長をしていた。博士が……博士があの化合物を放出するまでは……」
その言葉の最後のところを言う時、クラレンスがちょっと苦々しく思ってる様子であるのをデイビーは察知した。
「その前は何を?」
そう問いかけたが、答えは返ってこなかった。
「ねえ、私たち2日間もここに閉じこもることになるのよ。ちょっとおしゃべりしたら、気が楽になるんじゃないかしら?」
クラレンスはそれでも黙ったままだった。デイビーは、聞えよがしに溜息を吐き、仰向けになって枕に頭を乗せた。
少し沈黙があった後、クラレンスが答えた。
「俺は15年間、海兵隊にいたんだ」
「じゃあ、たくさん戦闘に加わったのね?」
「ああ、かなりな。だが、あまりそれについては話したくない」
「ベル博士が国の敵になってることについては、どう思ってるの?」
「ベル博士は偉大な人だ」 クラレンスはそれしか言わなかった。
「でも、あなたも、彼がしたことは間違ってると分かってるはずよ。あなたの道徳心は彼のほど、ひねくれてはいないのは確かだもの」
「白人と黒人の間のレイシズムが、今は、ほとんど消えているのを知っているか? 考えてみろよ。今は、白人は黒人を嫌ってはいない。もっと言えば、積極的に黒人との交際を求めている。黒人の方も白人を嫌ってはいない。今は、白人とセックスしたいと思ったら、前ほど苦労しなくてもよくなっているだろう。確かに、多少は、周辺的な人種間のいざこざはある。だが、そういうのは急速に圧倒的なマイノリティになってきてるんだ」
「でも、ベル博士が破壊した人々の人生については、どうなの? ばらばらになってしまった家族がたくさんいるわ」
「コラテラル・ダメージだよ(
参考)」 とクラレンスは答えた。
そして、「ベル博士は偉大な人なんだ」 と付け加えた。まるで自分を納得させるために言っている感じだった。