第4章 普通
翌朝、ハッと思い出して起きた。目を開けた瞬間、すぐに体を起こし、寝ぼけ眼を擦り、下へ目を向けた。Tシャツの中、やっぱり大きなおっぱいがあって、シャツを押し上げていた。それに乳首も痛い。お乳を出さなくちゃいけない。どういうことか分からなかった。リリスは、今回、失敗してしまったのだろうか?
でも…と思った。でも、乳房は「普通」なのかもしれない。あたしは普通にしてくれと頼んだのだ。ひょっとすると、リリスは、あたしの「普通」の意味を、おちんちんはいらないと言っただけだと解釈しただけなのかもしれない。なんだかんだ言っても、実は、この大きな乳房は気に入っていたんだから。だから、そう推測するのも、あながち間違ってるとも思えない。
あたしは掛布を握って、一気にめくり、脚の間を見た。あたしは男子用のトランクスを履いて眠るようにしていたが、それを降ろすまでもなかった。
「そ、そんなあ……」
下着には勃起した固いおちんちんの輪郭がはっきりと浮かんでいた。
リリスは何も変えなかったんだ! よりによって、あたしの最後の願いについて、リリスは完全に失敗してしまったなんて!
……その時、電話が鳴った。
ベッドの隣のテーブルに手を伸ばし、画面を見た。予想した通り、発信先の番号は666だった。リリスの番号。
とてつもない怒りが体の中にムラムラ湧き上がってくるのを感じたけれど、何かする前に、一度、深呼吸して自分を落ち着かせた。落ち着くのを待ってから、ようやく、通話ボタンを押した。
「何してんのよ、リリス!」
電話に怒鳴りつけていた。まあ、落ち着くと言っても、その程度だったということだ。電話の向こう、リリスは嬉しそうに笑っていた。あたしの反応が嬉しくて仕方なさそうな笑い方だった。
「ああ、これこれ。これだから、あんたに仕事するのが楽しいのよねえ。やる気が出るわ」 そう言って、また、ゲラゲラ笑った。
今度は本当に自分を落ち着かせて、もっと注意深く話し始めた。
「ちょっと聞いて、リリス。あたしは昨晩、願い事をした。だけど、あんたはそれを実行しなかったの。これじゃあ取引は成立しないわ」 冷静に言ったつもりだけど、思ったより、めそめそした言い方になっていた。
「何、バカ言ってんの」 とリリスは言った。
「それって、どういう意味?」
「つまり、あんたの願い事はあたしに命令なの。あんたは願い事をした。ちゃんと実行されたわよ」
リリスに頬をひっぱたかれたような気分だった。あたしは思わず下着の上から自分のおちんちんを握った。
「あたしの言うことを信じてよ、リリス。本当に実現してないんだから。あたしは普通にしてって頼んだの。なのに、いまだに、お乳だらだらのおっぱいはあるし、おちんちんもついてるのよ。こんなの普通じゃないわ」
「ええ、普通じゃないわね」とリリスは言った。でも、あたしに、アレがついてるのを知って驚いたふうでもなかった。
「それじゃあ……」 あたしは言葉に詰まってしまった。
「言っておくけど、あんた、普通になりたいとは願わなかったわよ」
「いいえ、そう言いました!」
「いや、あんたは、変人じゃなくしてって願ったの」
そう言われて、昨夜のことを思い返した。確かに、リリスの言う通りだった。ちゃんと願い事らしい言葉で言うように言われて、変人じゃなくなりますようにと願った。はっきり思い出した。だけど、それがどういう意味を持つのか理解できなかった。
「だから、何? 同じことじゃない。あたしは、変人じゃなくなるようにと言った。普通であることは変人じゃないことでしょ。あんたが何言ってるのか全然分からないわ!」
「いいえ。そのふたつは同義じゃないのよねえ」
電話の向こう、妙にクールな声で彼女が言った。
「30人の茶髪の女の子がいる教室に、1人だけブロンドの子がいたとするでしょ。その場合、そのブロンドの可愛い子ちゃんは変人と言われる。でも、同じ30人の茶髪の女の子たちと一緒に、ブロンドの可愛い子ちゃんが3人いたらどうなる? その3人はもはや変人とは呼ばれないわね。普通じゃないと言えば普通じゃないけど」
「何の話をしてるの? なぞなぞなんか聞きたくないわ。あたしは変人でなくしてって言ったの。あんたが何をしたのか、それだけを言ってくれればいいわ」
「あたしがヘマをしてなければ、すぐにその答えが分かるはずよ。いい? 子供は母親の母乳から病気に対する免疫を得るものなの。忘れないでね。そういう形で引き継がれる利点として、他にどんなのがあると思う? まあ、続きは、今夜、あんたに話してあげるわね。それまでの時間で、気持ちを落ち着かせるといいわ」
リリスはそう言って電話を切ってしまった。
リリスの短い言葉には、あまりに多くの小さな謎が秘められていそうで、どこから考えてよいか、とっかかりすらつかめなかった。
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67 Persuasion 「説得」
「ぼ、ボクは気が変わったよ。行きたくないよ」
「行きたくないですって? 気でも狂ったの? こんなに可愛い娘、そうはいないのに」
「ボクを娘って呼ばないで!」
「ごめんなさい、サム。ただの言い回しよ。あなた、すごく緊張してるわ」
「うん。ただ、何と言うか、みんながボクを笑い者にするんじゃないかって…」
「バカなこと言わないで。あなたの可愛いお友だちもみんな、同じような格好をしてくるわ」
「ボクの可愛いお友だちって、そんな言い方は当てはまらないよ。男子学生社交クラブの学友って呼んでよ。それにボクはみんなの服装のことを言ってるんじゃないんだよ。例えば、君ならカイルにドレスを着せられるかもしれないけど、そんな格好をしても、カイルは、やっぱり男だって言えるでしょう?」
「というと、あなたに、その服装が似合いすぎてることが気になってるの?」
「分からない。ちょっと、そうかもと思ってるよ。ていうか、ボクを見てみてよ。ボクもメクラじゃないんだ」
「キュートだと思うわ。それにセクシーでもあるわ」
「ほ、本当? この格好のボクを見ても、ボクのことシシーだとは思わない?」
「あなたは、あるがままのあなたにしか見えないわよ。そして、あたしはそんなあなたが好きになった。だから、他の人もそんなあなたがを気に入ると思うわ」
「ほんとに?」
「あなた自身も、気に入ってるんじゃない?」
「まだよく分からないんだ」
「じゃあ、こうしたらどう? 気持ちを決めて一緒にパーティに行く。そして、パーティに出ても、まだ、居心地が悪いんだったら、すぐにお暇して、ふたりで戻ってくる、というのは? 最後までいなくちゃいけないわけじゃないもの。あなたとふたりでここにいても楽しいけど、一緒にパーティに行っても同じくらい楽しめると思うけどなあ」
「わ、わかったよ。でも、ボクが帰ろうと言ったら……」
「一緒に帰る。問い返しはナシ。それで決まり?」
「決まり!」
「今夜はすごく楽しい夜になりそう!」