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Recipe 「レシピ」
「ジュリアン、このふたり、完璧だわ。どこで見つけたの?」
「ああ、あなたが気にしてたのは、それだったのね? いい? 良い奴隷っていうのは、作るものなの。見つけるものじゃないの。このふたりも同じよ」
「でも、このふたり、夫婦だったんでしょ? その条件にフィットする候補者を見つけるのって難しかったんじゃない? そもそも、女体化してそれなりに通用する姿にできそうな男性を見つけること自体、簡単じゃないわ。それに見合うような奥さんも加わるわけでしょ? はるかにずっと難しくなるんじゃない? だから、ものすごく苦労したわけじゃないなんて言わないで。あたしだって分かるわよ、ジュリアン」
「アメリカ人のあなたなら、そう思うかもね。でも、あなたは、ある1点で間違ってるの。問題は努力じゃないの。手入れを怠らないことが重要なの。適切な候補者はいたるところに転がってるわよ。ちゃんと目を見張るだけでいいの」
「ていうか、あたしの質問に答えてるつもり? どこでふたりを見つけたのって訊いてるの。ふたりの経歴は? どうしてふたりはここに来たの?」
「よくある話よ。あなたも100回は聞いたことがあるんじゃないかしら? 若い新婚夫婦が偶然、幸運に恵まれる。大金持ちの有力者のビジネスマンと出会い、ぜいたくな生活を送らせてくれると約束される。もちろん、ふたりは最初は拒否する。だけど、ふたりは、すぐに約束された富という罠に取り込まれてしまう。いったん、そうやって捕獲したら、後のプロセスは簡単だわ」
「そういうの、今まで、とても信じる気になれなかったわ」
「まあ、そうでしょうね。でも、本当の話よ。誘惑するときが難しいところね。心を崩壊させるのは、ふたりがあたしの慰み物になると同意したら必然的に導かれること。それでも、それにも技術が必要だわ。それは否定できない。ゆっくりと導いていくことが必要。一回のステップにつき、すごく小さなことで、徐々に壊していくの。ひとつでも、間違ったステップを踏んでしまうと、失敗につながってしまうことがあるわ」
「ということは、それが、あなたのアドバイスってこと? ゆっくりしなさい、と?」
「巧みに接触すること。ふたりの側に立つこと。支配的な立場を確立すること。反対者からの接触は断ち、ふたりを孤立させること。そうすれば後は設計した通りに流れていくわ。人間の心は従順なものだということを信じること」
「ジュリアン。謎や、曖昧なことばっかり。あなたからは、そういうことしか教えてもらってないわ。ある日は本当のことを教えてくれたかと思うと、別の日には、普通に見えるカップルを、まるで魔法みたいに献身的な性奴隷に変えるやり方を言う。」
「ああ、でもね、マジシャンは秘密をばらさないものでしょ? あたしの成功のためのレシピも、ビジネスを続けていくには、秘密にしておかなくちゃいけないんじゃない?」
「それもそうね。それで、いくらかかるの?」
「いつも通りよ。あなたが払えるだけ」
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Progress 「進歩」
ハピーエンドなんて、そもそも、あたしのような人間に起こるとは考えられていない。成長過程の時期、あたしは一度も周りになじまなかった。あたしは、気持ち悪い、太った子供で、サッカーをするより、蝶々を追っかけていたいと思っていた。もちろん、あたしは馴染もうと頑張ったわ。本当に頑張った。他の男の子たちのようになりたいと、心から思っていた。でも、そうはならなかった。あの頃ですら、あたしには決して周りの男子のようになれないと分かっていたと思う。
その頃、学校でみんなが、トランスジェンダーのことについて話してるのを聞いた。彼らが知ってる範囲だろうけど。彼らはまだ未成年だったにもかかわらず、女の子と経験を積んでいた。トランスジェンダーの男は、お人形で遊んだり、姉さんの服を盗んだりすると。みんな、失恋したこととか、友だちに変な気持ちを抱いたこととかを話してた。あたしにも、この女優はどうとか、あの歌手はどうとか言っていた。あたしは、何もよく分かっていなかったので、別にどうでもいいと思っていた。
確かに、あたしにも好みはあった。女性の服を着るのが好きだったのは覚えている。学校の人気者の女の子になれたらどうだろうと思ったこともあった。みんなが憧れるチアリーダーの女の子とか。でも、あたしがうらやましいと思ったのは、彼女たちの女らしさだけじゃなかった。もっと奥深い理由があった。女の子みたいになりたいというのもあったけれど、それよりもむしろ、みんなの人気者にもなりたいと思っていた。もっと可愛くなりたい。正直言えば、「可愛くなる」の方が、「女の子になる」よりもずっと重要なことに思っていた。
大きくなるにつれて、事態はひどくなっていた。周りの太った男の子たちは、たいてい、その脂肪分の体を筋肉に変えていた。ボディ・ビルダーとは思えない人ですら、しっかりした体格の男性になってるように見えた。だけど、あたしは違った。あたしが変わったのは、体毛が増えたとか、ちょっとだけ声が太くなったとか、望んでいないのに勃起することが多くなったとか、それだけ。誰も気づかない。あたしの男性自身は、その言葉にふさわしいサイズになることはなくて、あたしのみっともなさを強調することにしかならなかった。自分は、他の男子に比べてはるかに小さいのだと思ったし、他の皆もそれを知ってると納得していた。
ようやく、女性化しようと決めてから、こういう感情は薄れていったと言えたら、どんなに良いだろう。でも現実は、相変わらず、周りにビクビクしてるデブの男の子があたしの中に残ったままだった。
とは言え、少しずつ良くなってきている。実際、今は、あたしのことを魅力的だと思う人がいるだろうと想像できる。それは新しいことだった。いまだに、そういう状態に正確にどういうふうに対処すべきか、自分でも分かっていない。女としては、おちんちんのサイズは大きな問題ではない。むしろ、小さい方が良い、可愛いと思う人もいる。それでも、まだ自信が持てない。あたしにとっては、小さいアレは、以前と変わらず、自分が人並みでないことを示す象徴のままであり続けている。
でも、さっきも言ったように、あたしは進歩を続けている。いつの日か、鏡で自分の姿を見て、過去の自分とは違う何かが、こっちを見てると思える日が来ると思う。人に愛されるに値する美しい女性の姿を見ることができる日が来るかもしれない。
今できることは、いつかそういう日が来ると希望を持って生きることだけ。