Two Halves 「分身」
すべてを嫌悪していた。自分自身。自分の状況。否応なく生きている二重生活。僕自身の、僕だけの地獄で、どうやって抜け出られるか、手がかりすらなかった。もちろん誰にもバレていなかった。どうして他の人に知りえただろう。僕は完璧に本当の自分を隠すよう努力していたので、誰一人、より深く僕を観察してみようとすら思わなかったのだ。みんなにとって、僕は、ありふれた平均的な男で、ほかの男たち同様、自分がどこに向かってるのか、どうやったら目的地にたどり着けるのかをぼんやりとしか分からずに、ただとぼとぼと人生を歩んでいる人間にしか見えなかっただろう。
でも、そんな僕の奥にはひとりの女性が潜んでいた。幼い時からずっと、抑圧され否定され続けてきた女の子だ。僕は、こんなやつ、いつかしおれて消えてしまえばいいと願い、ずっと心の奥にしまい込んできた。確かに、しばらくの間は、それでうまくいった。それに、僕の方も周囲のみんなをうまくだます方法を会得していた。だけど、そうやってちょっとだけ自由を獲得すると、あの女は復讐心をもって戻って来るのだった。僕はひとりコンピュータの前に座り、僕の中にいるこの女性を解放してあげることを夢見ながら、よく化粧やウイッグやランジェリーのサイトを見て回った。そして、結局、僕は観念したのだった。結局、彼女を自由にしてあげたのである。
最初は、プライベートの時だけだった。そして、しばらくの間は、それで充分だった。でも、すぐに、彼女を抑えつけるのはできないとはっきりしてきた。彼女はもっと自由になりたがっている。そして僕は、そんな彼女を押しとどめるには、あまりに弱かった。僕が初めて、ためらいつつも女性として外に出たのは、そんな時だった。期待通りのスリリングな経験だった。女性としてパスしなかったのは自分でも分かっている。どうしてパスなんかできよう? その頃の僕は、ただの、女性服を着た男に過ぎなかったのだから。でも、僕は気にしなかった。もっとやってみたかった。だから、それから2年ほど、僕は練習を続けた。自分をできるだけよく見せる方法を学び続けた。それに、これは白状するが、いくらかホルモンの助けにも頼った。自分の女性性を隠す段階はとうに過ぎていた。もはや、女性っぽく振る舞うことを隠すこともなくなっていた。
もちろん、普段の生活では、誰にもバレていない。彼らには、僕は依然として、平均的なありきたりの男のまま。自分の男性性の仮面をかなぐり捨てて、みんなに僕がどれだけ美しい女性になれるかを見せたいと切望している。でも、それはどうでもいい。そんなことはできないのだから。できない理由は数え上げることができないほどある。でも、たとえそうでも、僕自身がフェチ的だと思ってることに他の人を招き入れることは、やめられないでいる。男性でも。女性でも。その中間の人でも。こだわりはない。みんな、僕を外見通りの女性としてだけ見て付き合ってくれている。そして、その点で、僕は自由を感じている。
でも、そんな現在ですら、まだ充分だとは思っていない。僕自身と僕の分身の彼女がひとつになり、全体で一つになりたい必要性を感じている。そうでなければ、気がくるってしまうだろうと。今は、必要だと思ってるこのことを実行するだけの強さが自分にあればいいのにと願うだけ。
To the Victor 「すべては勝者に」
「そんな目で見ないでよ。これは自分で招いたことでしょ? 分かってるはずよ」
「全然、罪悪感を感じていないのか? 僕を無理やりこんなふうにしたくせに……」
「無理やりですって? コーディ、それって強い言葉よ? あたしとしては、あなたに選択肢を提供したと考えたいところね。あなたに選択の余地を与え、そのうえで、あなたは自分にぴったりの選択肢を選んだと」
「選択肢だって? お前が僕に与えたことを選択肢って呼ぶのか? 僕には選択の余地などなかったよ。お前はそれを知っててやったんだ! こうでもしなければ、僕はすべてを失っていた!」
「ちょっと面白い思考実験だと思うけど、こういうのを考えてみて? あなたは、自分の本質部分をあきらめるけど、富と贅沢な生活は保持し続ける。そういうのと、あなたは自分の本来の在り方にしがみついたまま、これまでの血のにじむような労働の果実は手放すことになる、という選択肢。正直、あなたは後者を選ぶと思っていたわ。でも、実際はあなたは前者を選んだ。それを知って、あたしすごく満足したの。だって、かつてのあなたがどういう人間だったかを思うと、その選択って、なお一層、美味しい結果だったと思わない?」
「恨んでやる」
「ずっと前からこうなるのは避けられなかったのよ、コーディ。あなたがあたしに自分のオンナになれと脅迫したときからずっと、あたしとあなたは対立することになってきたの。そして、その戦いで勝利を収めたのがあたしであり、戦利品は勝者のものになるというだけの話。その結果、この素敵な写真撮影になったわけだし、後々、今のあなたについてベールをはがすことになるということ。ほんと、どうなるかしらね? 卓越した独身男性の一人と思われていた人が、実は女性になっていましたって発表されたら、世間はどんなふうに思うかしら?」
「お笑いの的になるだろうさ」
「多分ね。あるいは、ひょっとすると世間からすごく応援してもらえることになるかもしれないわよ。元オリンピック選手のケイトリン・ジェンナー(
参考)みたいに。あんなキモイ人ですら世間に受け入れられるとすると、あなたが受け入れられるチャンスもかなり高いかも。でも、正直に告白すると、その予想、間違っているといいなと思ってるわ。あなたが世間に滅茶苦茶に誹謗中傷されるといいなと思ってるの。みんなにあざ笑われるといいなと。……だって、みんながあなたのこと可愛いとか綺麗とか言ったら、大した懲らしめにならないでしょ? そう思わない?」
「じ、地獄に落ちろ……」
「あら、やだ。まずはあなたからよ、地獄に落ちたのは。これが、あなたにとっての地獄だから。ちょっと可愛らしい形の地獄。これから何年も、何年も、この地獄の中でのたうち回るといいんじゃない?」
Perfect 「完璧」
「お願いだからシャツを着てくれないか? その……君のそれ、気が散ってしょうがないんだ」
「あ、いや、ごめんね。あたしのこのおっぱい、自慢にしていいってメーガンは言ってるんだよ。あなたは、これ、好きじゃないの?」
「え? 当たり前だよ! あ、いや、そんなことないって言うべきか。ああ、もう……俺、この状況に、すごく動転してるんだ。君は、本当に、すべてが今のようになってしまってオーケーなのか? 俺は……」
「オーケーどころか、それ以上だよ。今の状態がすごく気に入ってる。前に比べて、ずいぶんちやほやされるようになってるんだから!」
「で、でも……君は一度も……こういうことが始まる前は、君が……分かるだろ……君が女になるなんて、ほのめかしすらしなかったじゃないか。俺、どうしても、メーガンがキャロルと一緒になれるように、君のことを操って、こういう状態に変えたんじゃないかって思わずにいられないんだ。俺は、君がどんなことであれ、自分自身で望んでないことをさせられたりするのを見てられないんだよ」
「あたしのことをそんなに心配してくれるなんて、本当にやさしいのね。でも、あたしは大丈夫よ。これこそ、あたしが求めていたことなの」
「本当なんだね?」
「そう思ってるけど? ちょっとぼんやりしてる感じはするけど、でも、みんながハッピーになってくれたらいいなと思ってるだけなの。メーガンとキャロルにふたりが愛し合ってると言われたとき、こうなることがベストだなって思えたの。だって、あなたには、してほしいことを何でも喜んでする女性をゲットでき、それと同時にメーガンとキャロルは一緒になることができる。誰も損はしないでしょ?」
「でも君は女性じゃない……」
「今は女性よ。あなたが女性に求めている体の特徴をしっかり備えていると思うわ。キャロルほど可愛いわけじゃないのは分かってる。でも……」
「そんなことないよ! 君は最高だよ。完璧だよ、たとえ……」
「よかった! 本当に良かった。あたし、あなたがあたしを欲しないんじゃないかって、すごく心配していたの……でも今は、できるわね……あたしたちずっと一緒でいられる。あたし、あなたが求めることならどんなことでもしてあげる。あたしにしてほしいことを教えてくれるだけ……それだけでいいのよ」
「俺は……多分、後悔することになるだろうと分かってるんだけど、でも……もう、我慢できないよ。俺と一緒に寝室についてきてくれないか? そして、この状況をはっきりさせることにしよう」
Two Birds 「一石二鳥」
「こんなのとんでもない考えだよ。君もそう思っているんだろ?」
「何? いや思ってないよ。なんでそんなこと言うんだ?」
「こんな考え、狂ってるってことの他に?」
「ドラマのヒロインみたいなこと言うのやめろよ。この手のことはどこにでもあることだよ」
「映画を含めるなら話は別だけど、こんなことそうどこでもあることじゃないよ。それに、映画を含めたって、君が思ってるほど、普通のことじゃないよ。『ミセス・ダウト』(
参考)なんてずいぶん前の映画だし」
「そうか? 『トッツィ』は? 『ビッグママ・ハウス』は? 『プリティ・ダンク』も。いくらでも挙げることができるよ」
「まず第一に、そういう映画は1本を除いて、全部ひどい映画だ。第二に、それと今回のことは全く別の話だということ」
「その通り。だって、実際、お前が自分から進んでやったことだしな。それにしても、お前、本当に最高だよ」
「ここで怒るべきなのか、感謝すべきなのか分からないが、そんなのどうでもいいや。その点に突っ込むつもりはないよ。僕が言いたいのは、そういう映画では、主人公が女装して、ちょっと人づきあいが下手な大学1年生を誘惑しようとしたりしていないという点。その点だけでも、そういう映画とはすごく違うことになるということ」
「俺の弟は人づきあいが下手と言ってるわけ? あいつはただの恥ずかしがり屋なだけだよ! それに、弟には、ちょっとでいいから気がある人がいるかもって示してやるだけでいいって点ではお前も俺も同じ意見だっただろ? あいつはマジで可愛いやつだし……」
「それなら、君のガールフレンドたちに頼めばいいことだって、言ったよね? どんな娘だって僕なんかより適任だと思うのに」
「それについては何千回も言ったよね! 弟は……あいつは……男の娘が好きなんだよ。分かってるだろ? そっちがすごく好きらしいんだ。つか、弟のネットの履歴は全部そればっかり。それに、そういう役割を演じる準備をしたがってるのは、他ならぬお前だろ? カメラの前でトランスジェンダーの女を演じる練習をするのに、現実にそういうのを演じるより良い方法ってあるか? お前はメソッドアクター(
参考)だと思ってたけど?」
「その通り。僕はメソッド役者。つか、今回のことについて僕が用意した筋書きのことを忘れたんじゃないのか? あの食事制限やらエクササイズやら、何もかも……」
「お前も、そういう努力が無駄になってしまうのは嫌だろ? だからさあ、やれよ。これが自分のためになるって分かってるだろ? それに、これをしてくれたら俺は本当に助かるんだ。一石二鳥だよ」
「どうでもいいけど。でも、もし彼が……もし、事態が変な感じに変わったら、僕は抜けるからね。これに関しては、質問はなし、で」
「ああ。分かった。もちろん。必ずそうするから」