この日、午前11時に仕事をクビになってから、ずっと家でごろごろしてたから、多分、新鮮な夜の空気を吸えば気分も良くなると思った。早秋の宵で、トリキシーと出かけた時には、すでに辺りは暗くなっていた。ちょっと寒くて、何か温かい服を着てくるんだったと思った。トリキシーが用を足したら、すぐに帰ろうと思った。 少なくとも、近くに散歩するのに手頃な場所があった。あたしが通っている(いや、通っていた)大学である。丘の上の中規模サイズの公立の大学。樹木がたくさん植えられている。あたしとウェンディは街の中でもわりと静かな通り沿いに暮らしているのである。 金曜の夜なので、大学生がたくさんうろうろしていた。 新入生たちは、嫌いな人が誰かが分かっていないのか、大人数で集団行動をしていた。薬中の連中は、芝生に座って宇宙のことについて議論していた。ガリ勉学生は、学生組合でロールプレイのゲームの準備をしていた。そして、他の何よりたくさんいたのが、パーティに行こうとしている男子学生と女子学生たち。 誰もが落ち着いて幸せそうだった。この幸せそうな人たちが、あたしと同じ世界に住んでるなんて理解できない。確かにあたしの中の一部は、あたしは、ここにいる人たちのように振舞い、彼らの中に溶け込みさえすればいいと知ってるけど、気持ち的には、どうしてもそうできないのだった。あたしは、できる限り自分を小さく見せて、足元を歩くトリキシーのことだけを見て歩いた。誰もあたしのことに気づきませんようにと祈りながら。 トリキシーは、ようやく良い場所を見つけたようで、郵便ポストの近くに駆け寄り、用を足した。こういうことにかけてはトリキシーは割と素早く行うので、安心できる。 そしてあたしたちは方向を変え、家に戻り始めた。でも、帰宅の途に着くとすぐに、突然、頭上で耳をつんざくような音が鳴り響いた。肌に鳥肌が立ち、あたしは文字通り地面にしゃがみ込んだ。何が起きたかさっぱり分からない。でも、すぐにその答えが出てきた。暖かいのどかな夜だったのに、一瞬にして、凍えるように冷え込み、滝のような土砂降りになったのである。 文字通り、滝のような土砂降りだった。すぐに道路には雨水が溢れだし、歩道にまでせり上がってくる。トリキシーは半狂乱になって、ぴょんぴょん跳ねまわり、狂ったように吠えていた。あたしはどうしてよいか分からず、両手を頭の上にかざしたけど、手では小さすぎるし、そうするのも遅すぎた。あっという間にずぶ濡れになっていた。 あまりに突然の土砂降りで、ちょっと凍りついていたけど、ようやく気持ちが落ち着き、あたしは家への道を歩き始めた。走って帰ることも考えたけど、どの道、すでにもうずぶ濡れになっている。あたしは両腕を胸の前で交差させ、うつむいた姿勢で歩いた。想像できると思うけど、これがあたしの普段の姿勢なのだ。トリキシーは水たまりを見つけ次第、そこにジャンプしようとしたけど、あたしはリード紐を短く持って、それを防ぎ、ともかく家路を急いだ。 家まで2ブロックほどのところに来た時、道端の消火栓のところに男がふたり立っているのを見かけた。ふたりとも雨のことは全然気にしていないようだった。慌てて歩く人々を見て大笑いしている。 あたしは、あの人たちに気づかれたくなかった(というか、誰であれ、あたしは人に気づかれたくない)。なので、歩道の端の方に寄って、できるだけふたりから離れるルートを取った。近づくとふたりの話し声が聞こえた。 「いや、マジで。これほどいいプランは考えられねえって!」とひとりが言い、もう一人が笑った。 「本当だぜ。タダでずぶ濡れTシャツ・コンテストを見られるんだからな。でもよ、急な土砂降りになった時に、俺たちが、女子寮がある通りにいる確率って、やたら低いんじゃね?」 「特に、みんなが、どういうわけか、白いTシャツを着てるとなると、かなり確率が下がるな」 あたしは歩きながらふたりの視線を追った。見てみると、通りの反対側を、女子寮に住む学生が10名ほどキャッキャッと笑いながら走るのが見えた。全員、白いTシャツを着ていて、走るのに合わせて、胸がぶるんぶるん揺れているのが見えた。このふたりの男たちは、それに目を奪われているようだった。多分、あたしも目を奪われていたと思う。ふたりから離れて歩こうとしていたにもかかわらず、気づいたら、彼らのひとりに身体を擦りそうになっていたから。 「あ、ごめんなさい」と呟いた。 「いいってことよ、お兄ちゃん」 それを聞いて顔が赤くなるのを感じた。もう一人の男が振りむいてあたしを見た。 「おい、あいつ女だぜ」 するとふたりともあたしに顔を向けた。あたしが白いTシャツを着ていたのは見ていたんだろう。すぐにふたりの視線があたしの胸に向けられた。そして、あたしにはすっかりお馴染みのがっかりした表情がふたりの目に浮かぶ。ふたりとも、すぐにあたしから視線を外した。 「ああ、いいってことよ、お嬢さん」 この「お嬢さん(Miss)」って言葉は、男子寮の学生風の男が使う場合、一番セクシーからかけ離れた言葉と言ってよい。この男に12歳の妹がいて、その妹の友達か何かに対して使う言葉だ。あたしは、目を落として、ふたりが見ていたところを見た。シャツがずぶ濡れで、胸がぺちゃりとなっているのが見えた。小さな乳首の突起が見えた。だけど、他は何もない。乳房があるべきところに、まるで何もない。多分、両脇にかけて、あばら骨も見えているかもしれない。 あたしは、ふたりを見て、彼らが道路の向こう側の女の子たちを見ていても咎める気すら起きなかった。トリキシーのリード紐を引っぱり、雨がなかなかやみそうもないこともあり、できるだけ急ぎ足で家に向かった。 家の中に入ったとたん、外にいる間ずっと溜めこんでいたストレスが一気に噴き出した。他人目の多い街に出る不快さ、他人の目にじろじろ見られる感覚、みんながあたしを笑っているような感覚、そして、とどめがあの侮辱。最もエッチな気分満々の、最悪バカと言える学生の目にもあたしがぜんぜん性的に魅力がないと思い知らされた侮辱。トリキシーのリード紐を床に落とし、トリキシーが雨水をふるい落とすためにキッチンへ走っていくのを見ながら、あたしは喉の奥から叫び声が募ってくるのを感じた。 「もうイヤ! 素敵なおっぱいができるなら、こんなあたしの魂なんか売り飛ばしても構わない!」 思いっきり叫んでいた。自分の声だけど、何か心の奥底からの原始的な叫び声のように聞こえた。その声が廊下に鳴り響くと共に、心の中のストレスが身体の中からゆっくり消えて行くのを感じた。 強い雨が家の屋根を叩くのが聞こえ、自分は家の中にいるんだと知った。ウェンディは遅くまで帰ってこないだろうし、あたしはしばらくこの家に独りでいるだろう。さっき受けた侮辱に、顔はまだ赤いままだったし、焦燥感からちょっと過呼吸になっていたけど、それでも、少し落ち着いた気持ちになっていた。 「もう、ラリッサったら! 自分をしっかり持って!」 あたしは自分に言い聞かせ、頭を振って、あたしはどうしてしまったんだろうと思った。こういうことには慣れていると思っていた。不安感が悪化しているの? そんな感じを振り払い、トリキシーがぶるぶるして水だらけにした後始末をするためにキッチンに向かった。 キッチンじゅうの水を拭きとるのには時間がかかった。でも、それは良かったと思う。悩み事を忘れることができたから。全部、拭き終えたけど、辺りじゅうが濡れた犬のような匂いがしていた。顔を上げるとトリキシーがあたしのことをじっと見つめていた。あたしはトリキシーに微笑みかけ、バスルームに連れて行き、お風呂に入れてあげた。トリキシーを洗って乾かした後、自分も服を着替え、髪を乾かした。 すべてが終わった頃には、すでにずいぶん夜遅くになっていた(多分、11時ごろ)。ということは、この数時間ほど、気持ちを落ち込まさせずに何とかやり過ごせたことになる。これは良い兆候だと思い、この機会を逃さず眠ってしまうべきだと思った。そして急いでベッドにもぐった。 でも、もちろん、忙しく動きまわることがなくなるとすぐに、いろんな思いや心配事が戻ってくる。ウェンディのことを考えた。いま頃、何をしてるんだろう? あの二人組の男子寮の学生は、いま頃どこにいるんだろう? それに大きな胸をした女子寮の娘たちは、週末の夜11時にはどこで何をしてるんだろう? さっきまでとは違って、周りにあたしを見てる人が誰もいなかったこともあって、強烈な負け犬感覚には襲われなくなっていた。ただ、悲しい気分。 でも、そんな悲しい気分に浸ることはせずに、代わりに比較的鮮明な空想へと滑り込んだ。あたしが、いろんな人がいっぱい来ているパーティに出かける夢。みんな、あたしに話しかけようとしている。どんなふうに見えてるか、お化粧はうまくできてるか、あたしの意見を聞きたがって、あたしに話しかけてくる夢。あたしはみんなとお話しするのに大忙し。一種、みんなの注目を一身に集め、その注目に浸っている感じ。 こういう空想をしていると、普通、首尾よく眠りに落ちることができる。あたしは目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ち始めた……… 突然、何かぐらぐら揺り動かすような衝撃が起きた。外にいた時に受けた雷鳴よりも10倍は大きな衝撃! ハッと目を開け、素早く起き上がった。心臓がバクバク言っているし、全身にアドレナリンが流れ渡り始めるのを感じた。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなった。特に、この音が雷ではないと知ったことで、わけが分からなくなっていた。この音は、想像できないほど奥底から鳴り響く感じではあったけど、あたしのこの部屋から出た音であるのは確実だった。 その轟音がどこから出ているか、すぐに分かった。ベッドで起き上がってすぐ後に、バリバリと割れるような恐ろしい音がして、あたしの部屋が一瞬にして煙に包まれたのだった。でも、普通の煙じゃなかった。硫黄の匂いがすごい。 家の中で何かの火事が起きたんじゃないかと思った。確かに、部屋が熱くなってるように思った。ベッドの右側から熱が来るように感じる。そっちの方向に目をやって、あたしは思わず口をあんぐりさせていた。無意識のうちに、頭を左右に振っていた。 見ているモノが信じられない。床のど真ん中に、突然、大きな穴ができていて、口をぱっくり開けていたのだ。そこから硫黄の煙を吐き出している。中はオレンジか赤い色に光ってる。狂ってるとしか思えないことは、その穴の奥が見えたこと。少なくとも部分的にだけど。 あたしに見える限り、その穴はずっと奥まで続いているようだった。確かに、あたしの寝室は家の1階にあるけど、この家には地下室なんかない。AとBのふたつの考えをつなぎ合わせることすらできなかった。頭の中がぐちゃぐちゃで、ただ頭を左右に振ることしかできなかった。ありえないって。 すると、急に地割れするような音が止まり始め、床の穴も輝きを止め始めた。今度は別の音が聞こえてきた。床の穴から、煙と明かりと一緒に、急に恐ろしい唸るような、あるいは叫ぶような声が聞こえてきたのだった。まるで千人の人々がいっせいに苦痛にうめきだしたような声。肌がぞわぞわとなって、何よりもまずここから逃げ出したくなった。でも、身動きできない。 穴からの明かりが急に消え、部屋全体が真っ暗になった。うめき声はますます大きくなってくるし、硫黄の匂いもどんどんきつくなってきた。 そして、次の瞬間、うめき声が止まったし、硫黄の匂いも消え、部屋の電気の明かりがいっせいに戻ったのだった。 すぐにあの穴に目をやった。でも、穴はまだある。今は真っ暗で、前より不吉に見えていた。穴の奥は見えない。もはや輝いていないから。穴があるということは、これは想像ではないんだ! 「えっへん!」 急に声がして、あたしはビックリして跳ねあがった。声がしてきたのは、穴からではなく、ベッドの先から! 床の穴にばかり気を取られていて、誰かが部屋に入っていたことに気づかなかったのだ。いや、誰かと言うより、何かと言うべきかも。 ベッドの足先のところに立っていたのは、あまりに奇妙で予想外だったので、自分の目で見てるのに、信じられなかった。 声は女性の声。とてもセクシーな女性の声。古い映画スターのような、低くてハスキーな声。その声を生み出した生き物は、確かに、そういう声にふさわしい姿をしていた。おおまかに言って、その生き物は美しい女性のように見えた。彼女は(「彼女」って呼ぶけど、他に何て呼んでいいか分からないし)信じられないほど長いストレートな黒髪をしていて、大きな黒い目をしていた。鼻は小さく、唇は真っ黒で、まるで炭で(でも魅力的に)塗ったみたい。その奥の歯は黒い唇とのコントラストで、ものすごく白く見えた。顔は、角ばった特徴や、黒い目、それに鋭い歯先とあいまって、恐ろしいけど、同時に美しい。 身体に目を向けると、ただただ驚くばかり。首は長く細くエレガントで、両腕も細く女性的な腕。肩はほっそりとしてるけれど、スポーツウーマンの肩のようでもあった。胸は、黒いビキニのようなもので覆われていたが、そのわずかな布地の中からたわわにはみ出しているようにも見えた。お腹は平らで、下着のモデルのように、おへそのところを露出していた。腰は見事に女性的な広がりを見せていて、ミニスカートの下、腰のところに鍛え抜かれた筋肉も見える。脚は細く、長く、小さく女性的な足先へとつながっていた。 この時点であなたが何を考えているか、あたしには分かる。よくアニメやSFモノに出てくるような妖艶な美女を思い浮かべているはず。そういう想像は珍しくない。そういうキャラは山ほどあるから。そして、部分的にはその想像は正しい。でも、あたしはいくつか述べていなかったことがある。 ひとつは、彼女の肌の色。真っ赤なのである。彼女がアイリッシュ系の女の子のようだと言っているわけではない。本当の意味で、真っ赤なのである。頭の先からつま先まで、同じトーンの真っ赤。肌で赤じゃないのは、さっきも言ったように唇とまぶただけ。 髪の毛は長い黒髪と言った。でも、その髪の毛がこめかみから上のところで、直立してるのは言っていなかった。髪がまとまって左右に分かれ、15センチくらいの角になっているのだ。角の先は若干、内側に曲がっていて、左右の角先が向きあう形になっている。 そして、一番、異色なのは、彼女の後ろにある、お尻のところから真赤な尻尾が生えていて、その先端が矢先のような形になっているのだ。 要するに、彼女は美女だけど、とても恐ろしい美女。
「願い事には注意して」 Be Careful What You Wish For by YKN4949 第1章 魂を売る 「ねえ、ラリッサ? あたし、今夜デートなの。なので、お願い。あたしの犬を散歩に連れて行ってくれない? 寝る前に。何時でもいいから?」 ルームメイトのウェンディがドアを開けた音は聞こえていなかった。だけど、彼女の要望は聞こえた。あたしは、急に彼女に声をかけられ、びっくりしてちょっと椅子から跳ねあがってしまった。 急いでパソコンのブラウザを閉じる。パソコンの画面は彼女には見えなかったはず。身体で視界をブロックしていたはず。それに、シャワーを浴びた後、タオルを身体に巻いていたんだけど、それも解いていなかったのは本当に幸いだった。だって、もし毎週金曜の夜のあたしの計画について、ウェンディにバレたりなんかしたら、あたし、もう生きてはいけないもの。部屋に閉じこもって、違法にダウンロードしたポルノを見ながらオナニーするなんて。 あたしは振り返って、あたしの寝室に入ってくるウェンディを見た。 「うん、いいわよ……あたし、どこにも行かないから。散歩に連れてってあげる」 そう答えながら、自分がつくづく負け犬で、金曜の夜だと言うのに何の用事もないことを認めてしまってることを自覚した。でも、負け犬だって認めてるんだったら、そもそも、あたしは何を心配してるのかしら? ウェンディは、あたしのデスクの奥に鏡があるのを見つけて、近寄ってきて、あたしの肩越しに鏡を見た。あたしは、何を見ていたか覗かれないようにと、静かにノートパソコンを閉じた。ウェンディは鏡に映る自分の顔を見ながら、髪の毛をいじったり、唇を尖らせたりした。 「ラリッサにならお願いできると思っていたわ!」 あたしは小さく泣き声をあげた。週末には確実にスケジュールが空いていると、自分のルームメイトに確信させてあげることは良いこと。あたしには何の用事もないのが嫌って言うほどはっきりしてるから。あたしの泣き声を聞いてウェンディは、あたしがちょっと不満に思ってるのに気づいたみたい。 「ラリッサって本当に模範的な学生よね。あたし、あなたは、今夜は家にいて勉強するんだろうなって思っていたもの。あなたの楽しい日は土曜日の方なんでしょ?」 ウェンディは寛大にもそう言ってくれた。事実じゃないけど、そう言ってくれたのは優しい。確かにあたしは社交面では不活発だけど、それは、あたしがガリ勉だからじゃない。ウェンディが気づいてないことは何かと言うと、この2年間、彼女のルームメートだった人(つまり、あたし)が2ヶ月前に成績不振で退学になっていること。あたしの成績は、これまでもずっと不振続きで、今年になってからは、かろうじて残っていた勉強への動機も失ってしまったのだった。あたしが、勉強でパスできたからって何かいいことがあるの? 学位を取れたからといって、学位を持ったみじめ人間になるだけじゃないの、って。 あたしは、何にも集中できない気持ちになっていた。これはずっと前からのあたしの問題。ママがよく言っていた。あたしは雲の中に頭を突っ込んでいるって。目の前に現実の目標があって、それに集中すべきときなのに、手に入れられそうもないモノを夢見ているって。 ママが言ってたことは正しいと思う。大学に入ってからの3年間、あたしはキャンパスの可愛い人気者になることを夢見てきていた。人気者になったらどんなことがあるだろうって、いろいろくわしく妄想していた。でも、あたしがそんなふうにみんなの人気者になりたいって願うということは、逆に言えば、どうしたらその夢をかなえるかについて、あたしは、何にも知らないということ。人とどう付き合ったらよいか知らないから、みんなの中で人気者になりたいと願って、夢に見るわけ。 実際、あたしは、人に話しかけずに済むなら、めったに話しかけない。退学になる前でも、あたしの名前を知ってる学生は10人もいなかったと思う。それに、そういうあたしの愚かな夢のせいで、あたしは気が散ってしまって、講義にぜんぜん集中してなかった。もし本気で全精力を傾けたなら、落第して退学なんて避けられたと思うんだけど。 退学になったとは、まだ誰にも言っていない(パパから仕送りを受け続けるため)。キャンパスの近くの中古ビデオショップでバイトの仕事を始めたところ。誰かに見つかる前に、何かいいことが起きて、あたしの問題を解決してくれたらいいなと思っている。あ、でも、あの仕事もダメになったんだった。今日の午前中にクビになってしまったのを忘れていた。店番している時、ぼんやり宙を見つめていて、10代の悪ガキどもがDVDを盗んで、建物の壁にぶつけて壊してたのに気づかなかったから。 あ、忘れる前に言っておくけど、ウェンディはもうひとつのことについても間違っている。土曜日も、あたしの楽しい日ではない。明日の夜の計画はというと、今夜と同じこと。あたしの人生って、ホント、ごみ溜めみたいなものよ。 「ラリッサ、あたし、どう? 可愛い?」 とウェンディが訊いた。その声に、あたしは自己嫌悪から一瞬、抜けだした。顔を上げ、鏡の中を覗きこんだ。 すでに時刻は8時、彼女はデートに向けて完璧ないでたちだった。彼女の曲線美豊かな腰や形の良い太腿をぴっちり包み込むような流行の黒いタイトなドレス。ハイヒールを履いて、引き締まったお尻をキュッと持ち上げると同時に、素敵なふくらはぎに視線を引きつける。 瞳は大きく緑色で、アイシャドウを注意深く塗って完璧と言ってよいアクセントになっているし、ピンク色のぷっくりした唇もリップ・グロスで輝いていた。髪は長く蜂蜜のようなブロンドで、毛の先端に至るまでストレートなさらさら髪。髪やリップやシャドウの強めの色が、ミルクのように白い肌から浮き出て見える。ウェンディは、あたしが知ってるうちでも最高クラスに入る可愛い娘なのは事実。ボディには目を奪われるし、顔も欠点が何もない。 「完璧だわ」 と言うとウェンディは目を輝かせた。 「ありがとう。優しいのね。でも、あたしなら完璧とは言わないわ。あなたほどじゃないもの!」 あたしは力なく微笑んだ。 ウェンディは、こういう点では、ちょっとぎこちないところはあるけど、いつもとても気立てが良い。あたしがルックスについて気にしてることを知ってるからか、いつもルックスについて良いことを言って、おだててくれる。 でも、彼女のおだては、時々、恩着せがましい感じもする。あたしより彼女の方が可愛いのは誰が見ても明らかなのだ。鏡で自分の顔を見てみたが、いつもの顔。ほどほどのルックスの女の子。それ以上では決してない。長い黒髪でゆったりしたカールで背中に流れてる(これがあたしのベストな特徴)。そして大きな青い瞳。まつ毛はウェンディのより短いし、鼻もちょっと小さい(かと言ってウェンディの鼻が大きいと言ってるのではない)。背も彼女より低い(ウェンディは175センチでほっそりとしてる。一方、あたしは155センチでガリガリに近い痩せ形)。肌は彼女より濃い目で、オリーブオイルのような色。脚はいい形をしていると思うけど。 時々、こんなあたしでも、案外、かなり可愛いんじゃないかと思うことがある。特に今みたいにシャワーを浴びた直後とか、そう思う。そして、特にそんな時、どうしてウェンディには、デートに誘おうと素敵な男たちが群れ集まるのに対して、あたしは独り家にいて、自分で自分を慰めなくちゃいけないのかって思う。ぜんぜん、理屈が分からないと。どうしてウェンディはあたしが夢に思う生活ができて、あたしは部屋に座って、ただ切望し、自分が情けないと思ってるの? あたしとウェンディ、そんなに違わないと思うのに。 そんなことを考えていたちょうどその時、ウェンディが身体を傾けて、鏡の中を覗きこみ、唇の状態を確かめた。そしてあたしと彼女の違いが、あたしの左腕に押しつけられた。違いの左右両方とも。 それに気づくのにいつもちょっと時間がかかるのだが、この時は速攻であたしは悟った。ウェンディには完璧な形のCカップの胸があるのだ。ドレスから溢れんばかりになっている乳房。あたしは自分の胸元に目を落とした。身体に巻きつけたタオルを支えるのもやっとな胸しか見えなかった。21歳になるのに、トレーニング用のブラすら必要ない。見た目は、12歳の男の子の胸と同じ。こんな女と誰がデートしたがるだろう? 人が聞くと馬鹿げてると思うかもしれないけど、あたしは、この左右の虫刺されみたいなモノがあたしのすべての問題の根源なのだと確信した。 その時、あたしたちが借りている家の前から、クラクションの音が聞こえた。ウェンディのデート相手ね。 ウェンディはもう一度、鏡を覗き、確認した後、「お犬の散歩、引き受けてくれてありがとう」とあたしの頬に軽くキスをして、出て行った。 キスする時の彼女の唇が震えているのを感じた。「諦めなさいよ」のキスね、と思った。また、ひとりぼっちの金曜の夜か。行動予定の変更の見込みもほぼゼロ。 椅子に座り、鏡の中、自分の顔を見つめた。孤独感と自己嫌悪がずっしりと両肩に乗ってくるのを感じた。いつもお馴染みの涙が、目に溢れてくるのを感じた。そして、これもいつもお馴染みのことだけど、あたしは現実の生活から抜け出て、物事がもっと良かったらどんな生活になっていただろうと想像し始めた。あたしが今のあたしというより、ウェンディに近い存在だったら、どうだろう? 素敵な彼氏とデートに行って、お食事をして、映画を見て、意味深な視線を交わしあったり、焦らすような冗談を言い合ったり…。 これは、あたしが金曜の夜に思い浮かべる、いつもの夢。毎週金曜、オナニーをした後、不安感が必ず襲ってくる。そんな時に見る夢だ。そして、その夢から覚めると、前よりもっとみじめになるし、孤独に襲われる。 この日は、もはやオナニーする気にもならなかった。だから今夜は完全にムダな夜になる。また、ここにひとりぼっちで座っていたら、また泣き出してしまうだろう。しょうがないから、あたしの一番の親友を呼び出して、彼女に慰めてもらおう。あたしはそう決めた。 「トリキシー、おいで! 散歩に行こう」 小さな毛玉が、跳ねるようにして部屋に入ってきた。あたしはタオルを引きはがして、素早く運動用のショートパンツと白いタンクトップに着替えた。わざわざブラをつける必要も感じなかった。 数分後、あたしは、リード用の紐を握り、21年目にして初めてのデート相手と散歩に出かけていた。毛深い女性はあたしのタイプじゃないけど、相手を選べる立場じゃない。
「Grad 大学院生」 Grad by deirdre 妹のゲイルはいつものゲイルのままだった。ゲイルは学生なのだけど、まさに彼女は典型的な学生の印象そのもの。 私は飛行機でここに来たばかり。ゲートのところで私を待っていたゲイルを見つけた。私は、この週末、ゲイルのところに遊びに来たところだった。私が通っているロースクールから解放される週末になる。ゲイルとは2ヶ月以上、会っていなかった。 ゲイルも、私を見て嬉しそうな顔をした。彼女も、この週末を楽しみにしていたことが分かる。ゲイルは私のバッグを持ってくれて、一緒に空港の外の乗降場へと出た。彼女の車はと言うと……ピカピカのジャガーのセダン。ジャガーのセダン!? こんな車でゲイルは何をしているの? お金持ちのボーイフレンド? ゲイルは後部座席のドアを開けて、私に乗るよう示した。私はバッグを押しこみ、乗り込んだ。ゲイルは前の座席の助手席に乗り込んだ。運転席には女性がいた。20代後半か30代前半くらいの女性。とても高級そうな服を着ている。ゲイルはどうやってこの人と知り合ったのかしら? ゲイルがその女性を紹介してくれた。なんとアパートの同居人だと! 私はちょっと唖然として、どういう状況なのかしらと思った。名前はブレンダと言って、弁護士をしている人らしい。 弁護士をしてると聞いて、法律を勉強している私はちょっと興味を持った。でも、依然として、妹とこの女性の状況にとても疑念を感じているのには変わりはなかった。 それでも、車の中、3人でおしゃべりをし続けた。ゲイルは、私が法科の学生をしていることをブレンダに話したらしく、ブレンダは私がどんな授業を受けているかいくつか質問した。車が家に着くころには、私もちょっとうち解けた気持ちになっていた。 家に着き、荷物をゲイルの部屋に運びこんだ。ゲイルは私が滞在する間、別の部屋で寝起きする。 ゲイルの部屋で少し休んでいるうちに、どうしても好奇心が湧いてきて、ちょっとたんすの引き出しを開けてみたくなってしまった。そして、私はとんでもないショックを受ける。 こんな革の衣装! ほとんど生地の部分がない革の衣装! ある種の男たちが大喜びしそうなタイプの衣装で、実用的価値がまったくないような衣装。それがあったのだった。下の方は、小さな布切れにしか見えないとても小さな革のビキニ。トップも革製で、胸から腰にかけてを覆うコルセットみたいなデザイン。他にも革製の首輪やブレスレットなどがあった。 そして、その下にはというと、何枚か写真があった。なんて写真なの! この衣装を着たゲイルの写真。革のブレスレットやアンクレットをつけ、首には革の首輪を巻いている。しかも、手には鞭を持っていた! ブレンダの写真もあった。ブレンダは全裸で床にひざまずいている! 私は口をあんぐりさせて、写真を見ながら突っ立っていた。そこにゲイルが戻ってきて、唖然としている私を見た。 でも、ゲイルはこのことについて、すごく、「当たり前のこと」のように対応した。 「ええ、そうよ。私とブレンダは、ある種の「関係」にあるわ。でも、どうして姉さんはそんなこと気にするの? 私には偏見はないわ」 私にはそんな確固とした自信はない。この状況に、ただ、何かわけのわからないことを呟くほか何もできなかった。じっくりと考える時間が必要だった。結局、私は、ブレンダのようにとても自立しているように見える女性が、写真に写ってるようなことまでするなんて驚いたと、そういうコトを言った。 「ブレンダには、誰も知らない側面があるの。それはと言うと、ほぼ完ぺきに従属的だということ。誰かが彼女に何かをしなさいと命令したら、彼女、言われた通りにするわ。そして、彼女は、そういうふうに従属的に振る舞うことを心から喜んでいるの。もっと言えば、誰も気づかないでしょうけど、ブレンダは、どんな人の命令でも聞くタイプ。誰でも彼女に命令できるし、彼女は喜んでそれに従うでしょうね」 「あなたがこんなことをしてるなんて信じられない!」 ここばかりは、我ながら流暢に言葉が出ていた。 「ああ、お姉さんには分からないかなあ。ひょっとするとお姉さんも興味深いと思うかもしれないのに」 とゲイルが答えた。ちょっと、ミステリアスな顔になっていた。 「絶対、ありえない!」 と私は叫んでた。 ゲイルはちょっと私から目を逸らし、何か考え始めた。 「いいわ、証明してみて」 しばらく経ってゲイルがそう答えた。そして、「あの衣装に着替えた方がいいわね」と言って、早速、着替え始めた。 いまゲイルは、あの衣装を着て、手には鞭をもち、ハイヒール姿で立っている。信じられない、私たちのあのゲイルが! 「いい? これから私は『ひざまずきなさい』と命令口調で言うわね。そう言ったら、姉さんはできるだけ素早くひざまずかなければダメ。いい?」 「そんなの変よ」 「いや、ちゃんと従って! 私たちのしていることがどういうことか、姉さんに理解してもらうには、これが手っ取り早くて簡単な方法なの」 私は半信半疑ではあったけど、同意した。そして見ていると、ゲイルは堂々として、厳格そうな姿勢になった。 「ひざまずきなさい!」 その効果にビックリした。革の衣装を着たゲイルが厳格な命令を下してきた。あんまりびっくりして、私はひざまずくのを忘れてしまった。するとゲイルは「キャラを崩して」、私がたったひとつの単純なこともできなかったのを見て、クスクス笑った。 「いい? もう一回するからね。簡単なことなんだから、忘れないでよ! じゃあ、行くわよ! ひざまずきなさい!」 私は素早くゲイルの前にひざまずいた。その瞬間、何か電撃的なものが私の全身に走った。ゲイルに命令され、それに従う私。ゲイルを見上げると、私を見てにんまりしていた。ゲイルは私を立たせ、そして訊いた。 「何か自分の中で反応があったんじゃない?」 私は返事をしなかったけれど、それは確かで、ゲイルには私の心の中が読めるのではないかと不安がよぎった。 でもゲイルはちょっと私を笑っただけで、それ以上、私に心境を告白させて私を恥ずかしがらせることはしなかった。それでも、ゲイルは、もう一度やってみるべきだと強情だった。今度は役割を交換してやろうと。 私はちょっと抵抗した。だけど、間もなく、私はゲイルに促されて、あの革の衣装に着替えされていた。ゲイルが衣装を脱いで裸になり、代わりに私が革の衣装になる。すぐに私は、さっきのゲイルと同じ服装になっていた。革の服、ハイヒール、そして手には鞭! ゲイルに促されて全身鏡を見て、ビックリした。こんな姿になっている自分が信じられない! その後、ゲイルは私をまっすぐに起立した姿勢にさせ、彼女も60センチくらい離れたところに、私と対面する形でまっすぐに立った。ゲイルは衣装を脱いだ後のまま、全裸のままだった。彼女は私の命令を待っているような雰囲気だった。 「オーケー、ちゃんと命令っぽく言うのよ」 とゲイルは少しリラックスして言い、その後、再び起立の姿勢に戻った。まっすぐ前を見つめているけど、特に私の顔を見つめているわけではない。 「ひざまずきなさい!」 私はそれっぽく言った。 私が言い終わる前に、すでにゲイルは動き始めていた。1秒もしないうちに、彼女は両膝を床についていた。身体をまっすぐに保ったまま、床にひざまずいている。 これも電撃的なショックだった。電気がビリビリと全身を走り、直接、脚の間のあそこに行くような感じがした。あそこが濡れて、彼女の衣装を汚してしまったのではないかと思った。ちょっと意識を失ってしまいそうに思った。 するとゲイルは立ち上がり、服を着始め、私にも着替えるように言った。私は彼女のベッドに腰をおろしていた。少し休んで呼吸を整えようとしていた。いま起きたことが信じられなかった。何が起きたんだろう? 自分でも理解できない。 でも、ゲイルは私に無理強いはしなかった。ゲイルがその気になれば、簡単に、私たちの関係の支配権を握れるのではないかと、そんな気がしたけど。 「私とブレンダとの関係で私がどんな気持ちになっているか、分かってくれたかも」 ゲイルはそれしか言わなかった。
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