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70_Chloe 「クロエ」
「でも、すごく居心地が悪いんだよ! いつもズリ上がってきて……」
「とても素敵に見えてると思うわ。それに、ついでに言えば、あたしたちは美のためならちょっとくらい居心地の良さなんて犠牲にしなくちゃいけない時があるものなの」
「これ、本当に男性用のモノなの? 誓ってもいいけど、これにそっくりなのを女性物売り場で見たと思うんだけど」
「男の子供向けのモノよ、クロエ。もう何百万回、同じことを言わせるの?」
「それはボクの名前じゃないよ」
「もう、どうしてこうなのかしら。クロエはニックネームよ。『あなた』とか「お前』とかと同じようなもの。別にクロエって呼んでも害はないでしょ?」
「でも、ボクの名前じゃない!」
「そうかもしれないけど、あたしに言わせてもらえれば、クロエの方がパトリックなんて名前よりずっといい感じだと思うわ。あなたにフィットしてるとも思うし」
「そ、それって、どういう意味?」
「マジで分かってないの? 鏡を見たら、そこには、もう、以前のパトリックはいないでしょ? もちろんそうよね。あなたはパトリックで通すには、ずっとずっと可愛らしくなっているから。だからクロエの方がいいのよ。すっといいわ。あなたも同意するはず」
「いや、ぼ、ボクは……」
「本気でこの話を続けたいなら、後で話し合わない? でも、今は持ち物をもって出かけましょう。遅れてしまいそうよ」
「ぼ、ボクは……ボクは行きたくないよ。こ、こんな格好じゃイヤだ」
「もうこれ以上は言わないからね。最後にもう一回だけ言っておくわよ。これは選択で着ることじゃないの。あの人たちは、あなたのお友だち。そして、そのお友達があなたをパーティに招待してくれたの。それに行かないなんて失礼だわ。少なくとも顔くらい出さなきゃダメよ」
「でも……」
「『でも』はもうヤメテ、クロエ。荷物を持って車に乗る。話し合う余地はナシ」
「わ、分かったよ。でも、みんなにからかわれたら……」
「何もすることないわよ。男っていうのは時々、バカになるものなの。でも、そんなバカな男たちも役に立つことはあるのよ。行けば分かるわ」
「そ、それも意味が分からないよ」
「いま言ったでしょ。行けば分かるって」
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70_Adjustment 「適応」
「ほら、どうしたの? そんなに変なことじゃないわよ」
「よくそんなことが言えるなあ? 君は素っ裸で目の前に座ってるんだ。ああ、それにおっぱいまである。それが変じゃないって言うなら、変なことって他にあるかって思うよ」
「まず第一に、これはただ着衣をしてないだけ。たいしたことじゃないわ。第二に、これをおっぱいと呼ばないで。そんな言い方すると、まるで間抜けな学生みたいに聞こえるわよ。そして第三に、あなたは、あたしがこういう胸になってる正確なワケを知ってるんじゃない?」
「でも、君はその胸を元通りにするつもりだとばかり思っていたんだ。前に言っていた手術は……?」
「手術しないことに決めたの」
「彼女のせいだね? そうだろ? 彼女は君に男に戻って欲しくないのだと」
「エリンは、あたしに幸せになって欲しいと思ってるだけ。多分、あたしはバカだったのね。あたしの一番の親友も、エリンと同じく、あたしに幸せになって欲しいと思ってると思い込むなんて」
「いや、僕だって君に幸せになって欲しいよ。本気だ。でも、ただ、これって……」
「あなたは、あたしになって欲しい姿になって欲しいって、ただ、それだけでしょ? それはそれでいいの。あの薬の反応が出た後、あたしも同じことを願ったわ。元の自分に戻りたいと思った。あの時期はあたしにとって最悪の時期だったわ、ジョン。今から思えばだけど、あの時期、すぐ死ぬと思ってた。今まで生きてるなんて思っていなかった。でも、あの時、エリンに出会ったのよ。あたしがどんどん女性化していく。彼女はそれを受け入れて感謝すべきって、あたしに教えてくれたの。心身ともにそれを受け入れるといいって教えてくれたの。そして、今、あたしは幸せよ。あなたも同じように思ってくれたらいいと思ってるの」
「分かってるよ。同じように思ってるんだ。……ただ、全部、受け入れるのって大変なんだよ……」
「分かるわ。でも、あなたはそこまで到達したのよ。あっという間に、あたしが男だった時のことなんてすべて忘れるはず」