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Cold feet 「ためらい」
「ジェニー、……こんなことしたくないよ。本当にやりたくない」とボクは言った。
「ただ、不安になってるだけよ」とジェニーは言った。「ためらい。結婚式の当日になって、そうなってしまう女の人はたくさんいるわ」
「本当に嫌なんだよ!」 ボクは繰り返した。目がしらに涙が溢れてくるのを感じた。「イヤなの。何でこの場に自分がいるのかすら分からない」
「あなたがここにいるのは、あなたがそうしたいと思ったからでしょ?」 ジェニーは冷淡な声で言った。「それこそが、こうしてる理由。あなたのフェチ。あなたの計画。これはすべてあなたが考えたことなの。あたしはただ手助けをしただけじゃないの」
ボクは彼女に背を向け、うなだれ、床を見つめた。「これは、ボクが望んだことじゃない。ただの好奇心から……」
「あなたが女装して、街のクラブで男を漁ってるところを見つけた。まさに、その場であなたと離婚すべきだったかもしれないわ。でも、あたしは理解しようと努めたの。怪しいけど大目に見てあげようと思ったの。そして、あたしは、あなたが本当のあなた自身を発見するのを手伝ってきたわ」
「でも、これは本当のボクじゃない。あれはただの……現実的なことじゃなかったんだよ。ただの……ただのフェチだったんだよ。残りの人生を女性として生きていくなんてことじゃなかったんだよ。ましてや、誰か男と結婚するなんて。ボクはただ……」
「あなたは自分が何を求めているか分かっていないのよ」とジェニーは当然のことのような口調で言った。「でも、あなたが気持ちを落ち着けることができるなら、なんなら、1年か2年間だけ、あの男と結婚するのでもいいのよ。彼と別れる時に彼の財産を分与してもらえるだけの期間だけ結婚していればいいの。それが計画でしょ、マンディ?」
ボクは自分の新しい名前を耳にし、思わず泣きそうになった。「だけど、それでもボクは……」
「あなたに選択肢はないわ。あなたも分かってるでしょ? いろんな手術。医療費。あなたが無職でいるという事実。そのすべてで、借金が山のようになってるの。こうしなきゃダメなのよ。そして、すべてが終わったら、あたしたち、また一緒になれるわ。そうするって約束するわ」
「き、キミはまだボクを愛してくれてるの?」 ボクはちょっと驚いた。
「もちろん」 彼女は躊躇いなく答えた。「でも今は、それは重要なことじゃないわ。あなたが考えなくてはいけないことは、ただ一つ。新しい夫を幸せにしてあげることだけ。だから、式場に行って、誓いの言葉を言って、新婚旅行に出かけなさい。そして、新妻として、精いっぱいご主人に尽くしてあげるの」
「わ、分かったよ……そうする。そうするよ」
「あたしはあなたのことを一秒たりとも疑わなかったわ」
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Choose 「選んで」
「デイル、こんなこと続けられないわ。誰かにバレたら……」
「僕は恥ずかしいと思っていないよ。キミは?」
「あたしも思ってないわ。そのことを言いたいんじゃないの。何て言うか、あなたは自分の将来のことを考えてみて、と」
「僕は考えているよ。そして将来も君と一緒でいると思っているよ」
「優しいのね。本当に、嬉しいわ。でも、お互い、周りの人たちがこのことを見逃すなんてあり得ないの。あたしは恥ずかしいとは思っていないわ。でも、みんなにバレたら……あたしが……」
「キミが1年近くホルモンを摂取してきたことを? それとも、キミが、他の人がいない時に、僕の秘書のような服装になるのが好きなことを? それとも、僕たちは1年以上も、一緒に寝てきていることを? ケイシー、僕はそんなこと気にしないよ。本当に。バレるならバレてもいいんだよ。むしろ、全部オープンにしたら、今より良くなると思う。キミも女性化を最後までやり遂げられるだろうし、それに……」
「あなたの奥さんについては?」
「彼女について、何?」
「もし、奥さんにバレたら? すごいショックになるわよ。あなたも、そうなるって知ってるはず。本気であたしのために奥さんと別れるつもりでいるの?」
「そこは……そこはちょっと厄介なところなんだ」
「そこよ。その点をあたしは考えたの。デイル、あなたは大きなことを言う。いつもいいことばかり言う。そして、あたしも時々そんなあなたの言葉を信じてしまうことがあるわ。でも、毎回、毎回、最後にはあなたはバネッサとの何の曇りもないささやかな生活に戻ってしまう。あなたは、あたしのようなトランス女と火遊びできるようにと、今の状態を掻き回そうとは決してしないのよ」
「そんな言い方、フェアじゃないよ。キミだって分かってるだろ? これって……」
「分かってるからと言って、事実じゃないことにはならないわ。そういう状態になっているのは事実だわ」
「そうじゃないとしたら? いや、僕は真剣に言ってるよ。もし、僕が彼女と別れたら? もし……」
「もしもの話は関係ないわ。仮定の話しなんかどうでもいいの。もしあなたがあたしと一緒にいたいのなら、それは素晴らしいわ。あたしも同じ気持ちだから。でも、あたしは、もうこれ以上、2番目でいるつもりはないの。この状態を秘密にしておきたいという気持ちはないの。もう、これ以上はイヤ。だから、デイル、ちゃんと決心して」
「そんなに簡単なことだったらどんなに良いか」
「簡単なことよ。あたしか彼女のどっちなのか。今すぐ選んで」
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Choices 「選択肢」
「もう……もう、こんなこと続けられない。彼女にバレてしまう」
「そんなの誰が気にするの? あなたは彼女を愛してないんでしょ? 元々、彼女を愛したことなんかなかった」
「もっと複雑なんだ。それは分かってるはずだよ、ライリー。彼女とは高校時代から一緒だったんだから」
「それはあたしたちも同じでしょ? それに、彼女がカウチで眠ってる隙に、あなたがあたしの部屋に忍び込んできたことを覚えてないの? あたしとふたりで釣りをしに行くと言って、何度も一緒に旅行したことを忘れてしまったの? それに……」
「全部覚えているよ。でも、彼女は俺の妻なんだ」
「彼女のことを愛していないばかりか、そもそも、好意すらもっていないのに? これまであなたは、何回、彼女と離婚したいと思ってきたっていうの? 分かってるでしょ? あたしたち、やろうと思えばいつでもできるの。ふたりで荷物をまとめて家を出ればいいのよ。何も気にすることなんか……」
「一緒にどこに行くの? 俺にはここでの生活がある。それは君も同じだろ?」
「あたしはそんなのどうでもいい」
「でも、俺はどうでもよくはないんだ」
「あたしが本当の女だったら、あなたは躊躇ったりしないんでしょうね」
「そんなこと言わないでくれ」
「あなたはいつもそれを問題にしてきた。あなたはあたしのことを女として見ていないのよ。どんなに胸を大きくしても、どんなに女性的な服を着ても、あたしは、あなたにとってはずっとカレンの可愛い弟のままなのよ」
「俺は、そんな……それは違う……そうじゃないんだ」
「じゃあ、そうだと証明して見せて。あたしと一緒に逃げて。彼女にちゃんと理由も言って。そうすれば、あたしたち本当に一緒になれる。こそこそ隠れて会うこともなくなる。だましたりすることもなくなる。あなたとあたしのふたりだけ。ずっと」
「俺は……ああ、俺に選択をさせないでくれ、ライリー」
「あたしかカレンのどっちかなの。両方はありえない。片方を選んで。あなたが選ばないなら、あたしが代わりに決めてあげるわ。あたしは出て行く。そしてあなたとは二度と会わない。でも、どちらにせよ、あなたは、今日、どちらか片方を失うことになるの」
「俺には……できないよ」
「だったら、あたしが出て行くわ。あなたの最愛のパートナーさんに、あたしの代わりにさようならを言ってね。それに、あたしがあなたのためにしてきたこと、それと同じことをカレンにやらせられるよう、幸運を祈ってるわ」