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無垢の人質 第6章 (7) 

* * *

イサベラは、レオンを横目で伺いながら、巨大な廊下を足早に走っていた。彼は、いま、大きな暖炉にもたれかかっている。クリーム色の大理石に手を当て、指で苛立たしげにコツコツとリズムを打っていた。

イサベラは、薄青のガウンを着たままで許される限りできるだけ小走りに進んでいた。絹の擦れる音に、レオンが気づくことがないようにと祈りながら。

「イサベラ!」

イサベラはたじろぎ、歩みを止めた。ゆっくりと振り返り、自分を捕らえている者の顔を見た。本能的に両腕で腰を包んだ。その動きは、まるで我が身を守ろうとしているように見えた。

彼女は昨夜、眠れぬ夜を過ごした。自分を捕らえる者が、次にどんな悪魔のような仕打ちを思いつくのだろうと心配だったからである。自分を苦しめ、その苦しみから、やがて、レオンに、自分からあのような邪悪な行いをさせることを許してしまうようになる。それが心配だった。

レオンの元に行くかどうかの選択権を彼が自分に与えたことにより、もっと楽になるはずだった。だが、実際は、かえってひどく苦しむことになったように思える。レオンの元には決して行かないと自分を納得させようとすればするほど、心の奥底で、そのような決心など、あっけなく崩れ去ってしまうだろうと思うのだった。レオンに抵抗することは、せいぜい、儚い試みに過ぎないことになるだろうと。

レオンは顔を上げ、イサベラを見た。その顔には険しい表情が浮かび、影を帯びていた。イサベラは、レオンの予想外の表情に驚いた。

「イサベラ、俺はわざとお前を傷つけたりすることはしない。決して」

「だったら、私を解放して」 心臓を高鳴らせながらイサベラは言った。

「だめだ!」 レオンは彼女に近づきながら、それしか返事をしなかった。

「私の父のせいなのね」 

イサベラは静かな声で言った。レオンが近づいてくるのに合わせて、首筋がちりちりする感じがした。彼女は緑の瞳で、目の前に来たレオンをまじまじと見つめ、その身体の大きさを改めて認識した。痩身でありながら逞しく、猫を思わせる気品と温かみを湛えた黄金色に輝く肌。

イサベラは、突然、両手で腰をつかまれ、ハッと息を呑んだ。身体を引き寄せられる。だが、身体が接触するぎりぎりのところで止まった。どうしたのだろうと思った。次の瞬間、唇に優しくキスをされていた。まったく不意を突かれたキスだった。

レオンは、キスをしながら、彼女の細い腰に回した両手を大きく広げた。両手の親指が、イサベラの胸のふもとを優しく撫でていた。

「呼びかければ何人でも召使たちを呼び出せる場所にいる、いま、この時ですら、俺は、その薄レースの下に隠れているお前の甘美な身体を探求したくて、うずうずしている」

レオンは、そう言って、指を一本出し、イサベラの薄青のガウンのスイートハート・ネックライン(参考)をいたずらっぽくなぞり、胸の谷間で指を止め、中に滑り込まそうとした。

「だめ・・・」

口元にキスされながら、イサベラは喘いだ。彼女は、この新しく変わったレオンに慣れていなかった。

「何がだめなんだ?」

レオンはイサベラのネックラインに指を引っ掛けながら呟いた。そして、いたずらっぽく、影にっている谷間を指でなぞった。

イサベラがどう返事しても、その返事は遮られたことだろう。レオンが唇で彼女の口を塞いだから。舌で彼女の唇を焦らすようになぞり、否応なく唇を開かせた。そして柔らかく温かい口腔の中へ、舌を忍び込ませた。

イサベラはためらいがちに両手を彼の腕にあてがい、徐々に肩へと滑り上げた。肩まで来ると、指を曲げて、軽くしがみつく。レオンは、それを受けて、彼女をしっかりと抱き寄せた。キスを深めながら、イサベラの身体を逞しく固い胸板に引きつけた。

二人が身体を絡めあったまま、どれだけ長い間、立っていたか、イサベラは分からなくなっていた。キスをするたびに新たなキスへとつながり、二人の唇は一つに融け合っていた。

突然、レオンが引き裂くようにして唇を離した。イサベラは、突然の中断に驚くだけだった。乱暴に向きを変え、大またで歩き去っていくレオンを見ながら、彼女は、ただ目をしばたたかせるだけだった。

不可解な様子で彼の後姿を見ながら、イサベラは唇に手を当てた。私は何かいけないことをしたのだろうか?

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[2009/11/02] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)