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アンジーと私は、土曜日の午前中から午後にかけて、ずっとノースウェスト・サイドにあるヒスパニック系の美容院で過ごした。アンジーより私の方がかなり時間がかかった。私の髪はすでに脱色していたが、その髪が今はずいぶん長くなっていた。アンジーは、そろそろ部分カツラをつけて派手にしてみるべきだと言い、スタイリストに指示した。その作業が終わった時、私の髪は素敵なカールがついた長い髪に変わっていた。
アンジーと私の髪の色は昼と夜のように対照的だったけれど、ふたりのヘアスタイルは似ていて、メイクとネイルの感じも同じスタイルだった。
「そのスタイルなら、私でもあなたに出来たかもしれないわ」 とアンジーは自信ありげに言った。「でも、私も準備しなければいけなかったから、仕方ないわね。それに、あなたが私のためにこういうふうに変身していくのを見るのはとても楽しかったわ。もう、私、下着がびしょ濡れよ」
その後、ふたりでポールとキティに会いに行った。ポールたちは、サウス・ミシガン通りにあるヒルトンホテルの中2階の売店群のブースにいる。
アンジーとふたりでエスカレータを上がっていくのに連れ、目の前に、広範囲に集められたフェチ関係の服飾や装飾具が目に入ってきて、ふたりとも息を飲んだ。何列も何列もブースが並び、いろんなものを飾り、売っている。ブース群は中2階全体に広がり、ページェントが開かれる大広間へと続いていた。ポールは、キティにブースの留守番をさせ、私たちを楽屋の方へと案内してくれた。
売店のブースの前を歩きながら、売られているモノを見物した。革製の服やゴム製の服、靴やブーツ、鞭、平板パドル、チェーン、拘束具、ディルド、アナル・プラグ、バイブ、ボンデージ関係の用具、さらには中世風の鉄の檻から、鋲はないけど正真正銘の拷問具の「鉄の処女」(
参考)に至るまで、際限ないと思われるほど、いろいろな物が売られていた。
この会場でコルセットを売ってるのは、ポールのブースだけではなかったけれど、私にしてみれば、彼のブースしか目に入らなかった。ブースに飾っているのは、すべて新品で、販売用だった。
この会場でブースを開いて品物を売っている人たちは、売ってる品物がまがまがしいモノであっても、大半の人は爽やかな顔をして、知性があり、自分の商品や市場について驚くほどの知識があって、しかも、街角の屋台でホットドッグとソーダを売っているかのように、平然としてて、販売に熱心なのだった。私とアンジーは顔を見合わせて、悲しげに頭を振った。ふたりとも、どうしてこんな楽しいことがあるなんて知らなかったんだろう、と。
「これは全部、男向けなの?」 と私は、邪悪そうなヒール高15センチのスティレット・ヒールがついた、黒いエナメルのブーツを指差して訊いた。涎れが出るほど素敵な装飾が施されてる。
「全然」 とポールはくすくす笑った。「まわりを見て御覧。女の子は君たちだけじゃないよ。一番セクシーなのは君たちだけどね」
「そのこと、キティに聞かせないようにしなきゃね。あなた、彼女に一晩中、感謝祭の時の七面鳥のように縛られっぱなしにされちゃうわよ」
「またも約束かあ」 と彼は溜息をついた。
ダイアナはすでに楽屋に入っていて、お化粧をしていた。私はこの瞬間を何ヶ月も恐れ続けていた。私が愛するふたりの女性が、対面してしまう瞬間。この時間をどうやって切り抜けたらよいのだろう? ふたりとも、目を真正面から見ることができない。
「ハイ! ダイアナ!」 アンジーが呼びかけ、美しいブルネットのダイアナにハグをし、軽く頬にキスをした。
「ハイ、アンジー!」 とダイアナも温かな笑みを口元に浮かべ、挨拶を返した。「私たちのガールフレンドはどんな感じ? 私にも見せて」
ダイアナにポーズを取って見せるなんて問題ではなかった。私はショックで動けずにいたので、そのままでポーズを取って見せていたようなもの。官能的なシーメールのダイアナは私のお化粧やネイルを点検し、そして髪の毛を点検した。
「いい仕事だわ」 とラテン娘のアンジーに高評価のコメントをした。「この髪は豪華だわ。これ、あなた? それともあなたのお父さん?」
アンジーは頭を振った。
「ループがしたの。パパはブースのセットアップで忙しかったから。ブース部門が終わったら立ち寄るって言っていたわ」
私は本当におバカのように見えていたに違いない。ただ突っ立って、アンジーの顔を見たりダイアナの顔を見たりを繰り返していたから。アンジーは私の腕に腕を通して、別の手で私の手の甲を軽く叩いた。
「大丈夫よ、リサ。ダイアナのことはずっと前から知ってたの。私はそういう環境で育ったから。一種、育ちの環境での慣れね。だから私はゴージャスなTガールに気をそそられるのよ。そうよね、ダイアナ?」
今度はダイアナがアンジーの頬にキスをした。
「数か月前までは、私にとって、アンジーほどの人は他にいないと言ったと思うわ」
アンジーは顔を赤らめた。
「言ってる意味がすごく分かる」
環境……髪の毛……お父さん……
「アンジェロ!」 と私は唸り、両手で顔を覆い、頭を振った。
ダイアナもアンジーも同時に吹き出した。
「でも、あなたにもまだ希望はあるのよ、ミーハ」 とアンジーはくすくす笑いをした。「もうあなたはなんだかんだ言っても、オトコ的ではなくなってるでしょ? もっとも、女の子なら事実をずっと早く捉えたでしょうけど」
アンジーはダイアナに顔を向けた。
「今夜のこと…すべて準備はできてる?」
ダイアナは微笑みウインクをした。
「すべて」
「待ちきれないわ」 とアンジーは言った。
「エマ? エマというのは娘さんのひとりですよね? 何か問題でも?」
彼女は笑いをやめたが、美しい瞳はまだ笑っているようだった。
「エマは家の可愛い問題児なの。去年、ラリーキングのショーに出た子よ」
私は微笑んだ。「ああ、あの娘さん! あの牧師にスワヒリ語であなたはデブのうすのろだと言った子!」
ドニーだかディアドラだか、どっちだかが言った。「エマにしては、アレは手柔らかな悪戯のほう。メディアがあの悪戯に気づくまで1週間かかったわ。この国では力があるとされてる人の誰もスワヒリ語を理解している人はいないみたい。でも、いくつかの報道機関がエマのジョークを説明した匿名のメールを受け取ったようね。それでアレが明るみになったと」
私は頭が混乱してきた。「報道機関が匿名のメールを受けた? 誰が送ったか、何か思いあたりでも?」
「エマには一度も訊いてはいないけど、エマは仕掛けた悪戯が人に気づかれないままでいるのが嫌いなのは確かね」
「アハハ、何て可愛い悪戯っ子なの。エマちゃんに会うのが今から楽しみ」
彼女は頷いた。「あなたがエマのことに興味を持つだろうなと思ってたわ。もしよかったら、今夜、エマをあなたの隣の席に座らせてあげる。そうしなくても、エマのことだからあなたに遊びを仕掛けるだろうから、エマがやりやすいようにしてもいいかもと思ってね。ところで、あなた、お肉は食べる? それともベジタリアン?」
「い、どちらでも。ご家族がお食べになるものなら何でも」
「家はふたつに分かれているの。アンドリューは食べられる時には肉を食べるわ。ジェイクがいるときはジェイクを言い訳にして肉を食べたがるの。だから、テニスをした時は彼が夕食を作って、彼とジェイクはいつも肉を食べるの」
私は驚いた。「テニスをした夜は、アンドリューさんが夕食を作るんですか?」
彼女は頷いた。「アンドリューは毎晩、夕食を作ってるわ。ここでは料理の大半は彼がしてるの。彼の方が私やドニーより料理が上手だから」
わーお! 私、今夜は、創始者がこさえた夕食を食べることになるのね。「もしよろしかったら、私も男性陣に加わって、お肉料理をいただいてもいいですか?」
「もちろん、大丈夫よ。今夜はアンドリューは子羊のばら肉の料理を作るはず」
私は遠慮しようとした。「ああ、どうかアンドリューさんに私のためにそんな手の込んだことをしないように言ってください。私は、ご家族のみなさんが食べるものなら何でも構わないんですから」
遠慮しても、彼女は受け取ろうとしなかった。「あなたは気にしないでね。子羊のバラ肉はアンドリューが大好きなの。彼はいつも、それを食べる言い訳を探しているのよ。それに、彼によると、それってとても簡単な料理らしいし。だから、子羊のバラ肉で決定ね。それじゃあ、お荷物をまとめて、例の「アンドリューを犯す部屋」に行って落ち着いてはいかがかしら? シャワーでも浴びて、さっぱりしてくださいね。夕食は6時半から。今夜は映画の夜なので、家のEキッズたちは、普段よりちょっと夜更かしできるの」
アンドリューとジェイクがテニス試合を終え、私たちのところにやってきた。アンドリューの顔に浮かぶ表情から、彼は負けたようだった。ジェイクはにんまりし、アンドリューにテニスについての講釈を垂れていた。