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恋人の目には (1) 

「恋人の目には」 In a Lover's Eyes by Nikki J

クウェンティンは、筋肉が波打つ恋人の腹部に手を添えながら横寝になっていた。その目は、彼の恋人の完璧とも言える彫りの深い、男性的なハンサムな顔を愛しそうに見つめていた。クウェンティンは大学2年生の時、グレッグと出会った。ふたりが互いのことをほとんど知らなかった当時からすら、ふたりは気が会い、そのことは周囲にも有名であった。何らかの結びつきがあった。魂の触れ合いとでもいうべきものである。それは否定できない。ひと目惚れというのは存在しないと思う人もいるだろうが、クウェンティンもグレッグも、そういう人には属さない。ふたりとも、ひと目惚れを身を持って体験したのだから。

確かに、ふたりとも当時、そのことを実感していたわけではない。たいていのゲイの男性はそういうものである。さらに複雑にしていたのは、クウェンティンが極度に信心深い家庭に育ち、彼の生き方を承認しなかったという事実であった。結果として、クウェンティンは、自分の本当の姿を認め、自分が本当に求めていることを求めることに臆病になっていた。その彼の性格により、芽が出たばかりの関係はゆっくりと育てることになった。とは言え、ふたりとも、その関係の成長を止めることはできなかっただろう。たとえ、ふたりが関係の深化を望まなかったとしても止めることはできなかっただろう。なぜならば、愛というものは強いものであるから。愛というものは否定できるものではないから。

1年ほど経つと、ふたりの感情は真剣なものに変わり、その半年後、ふたりは一緒に住むことにした。大学を卒業後、ふたりとも自分で自分の人生を決めることができるようになった。世界は美味な肉に満ち、ふたり互いにそれを満喫した。

同居を始めて3年後、グレッグはクウェンティンにプロポーズした。結婚のプロポーズではない。と言うのも、彼らが住む州では同性婚は違法だからである。そのプロポーズは、ある意味、結婚より深遠なものであった。少なくともクウェンティンはそう思った。彼の論理によれば、男女間の結婚、あるいは少なくとも結婚しようと決めることは、簡単な決断だということである。誰も反対しないものだ。だが、それに比べて、ふたりのゲイ男性が一生、共に人生を送る誓いを立てるということは、どうだろうか? 人々の不寛容や、時には、あからさまに憎悪を剥き出しにされる中で暮らしていくというのは、どうだろうか? これには相当の覚悟がいると言える。

クウェンティンは、何気なく指でグレッグの腹筋の輪郭をなぞった。その白い肌に指を走らす。彼は、グレッグがプロポーズしてくれた夜のことを思い出しながら、満足げに溜息をついた。あれは暑い夏の夜だった。グレッグは美味しい料理の用意をしていた。ふたりは、その日あった出来事とか政治とかスポーツとか、日常的なことを話しながら、その料理を食べた。だが、クウェンティンは料理も話題もほとんど覚えていない。というのも、記憶力のすべてが、その食事の直後に起きたことに捧げられたからである。

グレッグがテーブルから立ち、クウェンティンの横にひざまずいた。クウェンティンは、横にひざまずく彼の輝く顔に目を落とし、そしてその青い瞳を覗きこんだ。

「君を愛している。一生、君と一緒にいたい。だから、申し込みたい。できるなら、もし可能なら、僕と結婚してくれないか?」

クウェンティンは答えようとしたが、グレッグは遮った。「ちょっと待って。まだ終わっていない。それまで待ってくれ。……もしイエスと言ってくれるなら、もちろん、僕は今ここで誓う。君と、君だけと共に生き、世界の他のなによりも君を愛すると。たとえ、僕たちが決して結婚を許されなくても」

グレッグの横に横たわりながら、クウェンティンは2年が経った今でも、言葉のひとつひとつを覚えていた。どうして忘れることができよう? もちろん、彼はイエスと言った。ゲイの結婚はいまだ合法化されていないが、クウェンティンとグレッグにとっては、それは大きな問題ではなかった。ふたりとも覚悟を決めたということの方が重要であった。法によって認められようが認められなかろうが、ふたりの覚悟を変えることはできない。

「ん……、くすぐったいよ」とグレッグは眠たそうに言った。彼は目を閉じたまま微笑み、クウェンティンの手を握った。

このまま指いじりを続けていたら、ふたりとも一晩中起きてることになると知っていたクウェンティンは、指いじりをやめ、頭をグレッグの胸板に乗せ、そして眠りに落ちた。ふたりの愛が世の中に認められる世界を夢見ながら。

*

「がんばれ! 君には、力が残ってるはずだぞ!」 とグレッグが唸った。

クウェンティンはあまり自信がなかった。胸からバーベルを押し上げようと筋肉がぶるぶる震えている。だが、力を振り絞って、何とか彼は持ち上げることができた。ゆっくりとではあるが、バーベルを胸から持ちあげ、そしてラックへ掛ける。息を切らせながら、クウェンティンは身体を起こし、両ひじを膝に当てながら、振り返ってグレッグを見た。彼は微笑んでいた。

「よくやったな!」 と彼は言い、クウェンティンも笑顔を返した。

これは毎朝のことである。ふたりは5時に起床し、ジムに行く。外見は重要だ。ふたりとも身体の線を崩したくはない。だが、それ以上に、ふたりとも、よくいる典型的に女性的なホモセクシュアルと混同されたくないと思っていた。クウェンティンもグレッグも、そういう典型例とは異なり、全身、男そのものであった。それ以外の容姿は、ふたりとも決して耐えきれないだろう。ふたりとも、決して女性的な男まがいの人ではなく、男らしい男にそそられるのである。

ふたりが触れあう時間が少しだけ長すぎるとか、友だち以上の関係を伺わせる表情とかがなければ、知らない人が見たら、ふたりを仲の良い友だち同士だと思うだろう。だが、少しでも詳しく観察したら、ふたりの関係には、それをはるかに超える深みがあることが分かるだろう。プライベートな場では、ふたりは普通の恋人同士のように振舞い、公の場では、それを慎んだ。ふたりとも、別にそれを恥ずかしがっていたからではない。単に、ふたりとも、公の場で愛情を見せびらかすタイプではないというだけだった。

ふたりはエクササイズを終え、ジムのロッカールームでシャワーを浴びた。クウェンティンの目はグレッグの逞しいカラダを見つめていた。それに触れたい、両手を筋肉質の胴体に沿って走らせ、下にある、その肉体にふさわしい逞しいペニスに触れたいという気持ちが痛いほどだった。

ふたりとも同じく、男性的な逞しい肉体の一級の典型例ではあるが、寝室では、どちらが上でどちらが下になるかについて、あいまいになることはほとんどない。そして、この時、クウェンティンは恋人のカラダを見ながら、今この場で、グレッグに身体を倒され、お尻を突き出し、激しく貫かれたいと、それだけを想っていたのだった。

だが。時も場所も、今この場所は、それにふさわしくない。クウェンティンは欲望を抑えこみ、シャワーを浴び、服を着るのであった。

*

グレッグには彼の表情が分かっていた。クウェンティンはエッチな気持ちになっている。ふたりは、朝起きた時に素早く楽しむのが普通だった。だが、この日の朝は、ふたりとも若干寝坊をして、その時間がなかったのだった。クウェンティンの顔を見て、グレッグは悔やんだ。

着替えを済まし、ジムを出たふたりはグレッグの車に乗り込み、職場へと車を走らせた。くだらないポップ・ミュージックを流してるラジオ局をいくつか飛ばした後、ニュースを流すラジオ局に落ち着いた。

「……もっとも、彼が大気に化学物質を放出した後、世界中が注目しているところです。科学者たちは、確かに放出されていると確認しましたが、本当にそれがベル博士が主張する効果を持つかどうかは、依然として不明のままです」

ラジオの男がそう言っていた。さらに続けて、

「ベル博士については、元ノーベル賞受賞者であり、著名な遺伝子工学者であることは、皆さまの多くがご存じでしょう。まさに、その理由から、この主張を真剣に考える必要があると言えます。彼が主張したようなことができる人がいるとしたら、それはベル博士をおいてはおりません」

その後、ニュースのアナウンサーは別のニュースに移った。グレッグはクウェンティンに顔を向けて訊いた。「何の話だったか、分かる?」

「全然」

「だが、深刻そうだったな。……大気に化学物質? どこだろう」

「分からないよ。多分、大都会じゃないかな……だから多分、僕たちは安全だよ」

「そうは言っても…。ところで……」 とグレッグは言いかけた。

「仕事を休みたい? 君も知ってる通り、僕はそうなんだ。でも、どこかのテロリストの攻撃のせいじゃないよ」 とクウェンティンはほのめかした。「でも、それは仕事を休む言い訳になる」

グレッグはにやりとし、即座にUターンをし、多くの後続車の運転手たちを怒らせた。だが、グレッグは全然気にしない。クウェンティンと同じくらいエッチな気持ちになっていたから。家に戻る時間を無駄にする気は、さらさらないグレッグだった。


[2015/08/27] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)