「ところで、マギーとストークリイについて話を聞かせてくれないかな? 君たちに何が起きてるんだ? なんで食べ物を求めて他の人のゴミ箱を漁るようなことをしてるんだ?」
3人でコーヒーの入ったマグカップを手にリビングに移動し、そこでふたりは嘆かずにはいられない話しをしてくれた。彼女たちの父親は自動車工場の作業員だったが、ふたりが幼い時に失業し、それがきっかけで、アルコールを飲んではふたりに暴力を振るうようになってしまった。母親は彼と離婚し、その後は父親とは会ったことがない。デトロイトの経済は最悪だった。いや経済に限らず、何もかもデトロイトは最悪だったが、とりわけ職に就くのが難しい。ふたりの母親はタクシー運転手をしていたが、ある夜、悪い客を乗せてしまったらしい。その客は彼女たちの母親が持っていたなけなしのカネを求めて、彼女を刺し、置き去りにした。彼女たちの母親は出血多量で亡くなってしまった。
ふたりは養育施設に入れられたが、その施設の男がふたりに淫らなことをし始めた。そこでこの姉妹は施設を逃げ出し、路上生活になった。この生活を始めて3ヶ月になるという。苗字はスティールという。凍死しないか、レイプされたりしないか、殺されるんじゃないか、次の食事はどうやったら手に入れることができるかとか、そう言うことばかり心配し毎日を生きてきたという。
ふたりが話し終えた後も、僕はしばらく黙って座っていることしかできなかった。何てことだ、胸が押しつぶされそうな気持になった。この子たちのような生活を送っている子供たちはいったいどのくらいいるのだろう? おそらく、僕が想像するよりもありふれた話なのかもしれない。この子たちを助けたいが、ふたりはそれをさせてくれるだろうか? どうやって助けたらよいのだろう? 児童保護で役所に相談したら、彼女たちが僕の家で暮らすことを認めるとは思えない。独身男が若い娘ふたりを預かるなどというのは、変態が夢見ることのように聞こえるし、そんなことを公的機関が許すことはないと確信できる。ひとりいろいろ思案していたが、ふたりに遮られた。
「マック、あんた結婚しているの?」とストークリイが訊いた、
「していたよ。僕の元の奥さんは、僕のことを野心的じゃないと思ったんだ。彼女は一流の法律家で、いろんなところに出張に出かけていた。彼女の人生には、夫婦生活をする余地はなかったんだよ」
「ひどい女だね」とマギーが言った。
僕は笑い出した。「いやいや、彼女はとてもいい人だよ。別に浮気をしたとかそういうことはなかったし、今でも僕とは大親友でいる。お互いの合意で決めたんだよ。ふたりはそもそも結婚すべきじゃなかったのだとね。結婚した時、ふたりともとても若くて、とても愚かだったからね」
ストークリイが不思議そうな顔で訊いた。「おじさんは何歳なの?」
「28歳だよ。君たちは?」
「あたしは11で、マギーは13。あたしたち今日は何をするの?」
「『僕たち』今日は何をするか」
「そう、あなたが言った通り」
「おしゃべりをしよう。……でも、その前に、ある人に君たちを紹介しようと思う」
僕はガレージのドアを開けた。ドアの向こうから毛むくじゃらのブルブル震える物体が飛び出してきた。彼は客たちの姿に気づくと、彼女たちが座るソファへ突進し、飛び乗って、ふたりの膝の上に横になった。早速ピンク色の大きな舌をだして、ふたりを舐め始めた。
「彼はグランビルというんだ。僕はグラニーと呼んでいる」
ふたりは、彼の舌にべろべろ舐められ、引きつったような笑い声をあげていた。グラニーは55キロはあるので、ふたりとも彼に膝に乗られて立ち上がれなかった。彼がふたりよりも重いのは確かだ。
「お座り、グラニー」 と言うと、彼は嫌そうに彼女たちから降り、ふたりの足元に伏せた。
カレンはゲラゲラ笑いだした。「冗談でしょ。本当にそんなことで悩んでいるの?」
僕は居心地が悪い感じで肩をすくめた。「まあ、そうだね。何て言うか理屈としてはの話しとしてね。でも、女性には食べ物を提供してくれる人を求める衝動があるのは本当だと思う。君のDNAに書き込まれているんだよ。僕が家の中で単なる『小さな男』でいたら、君の尊敬とか愛情をいつまで失わずにいられるだろう?」
彼女は頭を左右に振った。それに合わせて茶色の巻き毛が揺れた。
「その考えの丸々全部がどれだけ間違っているかってところから話すつもりはないわ。あたしがあなたを夫に持ってることで、あたしの友だちがどれだけ羨ましがられているか知ってるでしょう? あたしを学校に通わせるために粉骨砕身働いてくれた男性。そして、今はあたしが面倒な家事をすべて忘れて仕事ができるようにと、気遣ってくれる男性。
っていうか、あなたは確かにストリッパーをしていた。でもね、たとえあなたが一日中家の中でごろごろしていても、あたしの友だちなら、すぐにでも誰かがあなたをもらいたいって取引を持ち掛けてくるんじゃないかしら」
僕は少し気が休まった気がしたけど、それでも、くだらないことなのだろうけど、追い出されるんじゃないかという不安が残っていた。
「……それに、ちょっと考えていたの。もうそろそろ、あのことを考えてもいい頃じゃないかって」 彼女は注意深く切り出した。
僕はすでに脚を揉む段階から、優しくほぐす段階になっていたけど、その言葉を聞いて無意識的に手に力が入ってしまった。「あっ、え、何のこと?」
「そろそろ子供を考えてもいい頃じゃないかしら?」
息をのんだ。僕はずっと前から子供を持つことを望んでいたけど、カレンは子を産めない体だったから。
「君は養子は嫌だと思っていたけど……」
「まあね……その通りだわ。でも、もうひとつ方法があるの。Wイェックスって聞いたことない?」
僕は顔をしかめた。「それって、一時的に性別を変えるモノだよね? 週末だけ女性になるとかそういう目的でセックス・ショップで売ってるモノだよね?」
「確かに最初はそうだった……だけど、その後に、それが医療関係に大きく応用できると分かったの」
「どうやら、君はそれについてずいぶん考え抜いたようだね。僕よりいろんなことをずっと知ってると思う。僕に教えてくれないか、カレン」
「いいわ。Wイェックスの持続期間はいろいろあるようになったの。効果が短期間のものがある。1日とか2日とか1週間とか。男性は女性に、または女性は男性に変わることができて。脳の構造をバイセクシュアルに変えて楽しむこともできれば、性的欲求を増進させて本気でセックスを楽しむこともできるというわけ。いい?」
「ここまでの話しだと、それでもって君が何をしようとしてるのか分からないんだが」
「もう少し話しを聞いてて。医学的に強化したものだと1年は持続するけど、性的欲求の増進はない。で、Wイェックスは、体の細胞の構成を入れ替えて新しい体形に変えるのよ。病院では重度の病気の治療に使っている。治療不可能な癌? だったら1年に1回、Wイェックスを服用すれば、生き延びられる。もちろん、男性は女性に、女性は男性になるわけだけど、他の道で生きるよりはましじゃない? 例えば、手足の切断とか、麻痺とか、重度の火傷、さらには最悪のトラウマを抱えているとか。そのすべてがWイェックスの注入によって回避できるの」
「オーケー、奇跡の薬ってわけだね。分かった。でも、僕は別にそういう症状にはなっていない」
「うん、その通り。もうひとつ、Wイェックスを使う分野があって、それは産科。女性が子供を産めない場合……あたしのようにね、あるいは、男性が繁殖力がないとか機能不全であるとか、その他なんであれ、そのために子供に恵まれないとき、カップルの片方か両方が1年間、性を入れ替え、そして赤ちゃんを作るわけ」
自然に僕の両手が彼女の足から離れた。大変なショックを受けて僕は呆然と彼女を見つめるだけだった。「ぼ、僕に赤ちゃんを産んでほしいと……」