物欲しげな目をしていたと思うけれど、僕は目の前で次第に裸体を見せていく妻の姿をにんまりしながら堪能していた。豊かな乳房が張りを保って胸に盛り上がっている様子、平らな腹部と細いウエスト、少し大きめのヒップと涎れが出そうになるお尻。ポルノスターでも彼女の体を羨ましく思うことだろう。
「今度は君の番だよ」と僕は自分の顔面を指さした。「君の可愛い子猫ちゃんをここに連れてきてはどうかな?」
でも、彼女はイヤラシイ笑みを浮かべながら首を左右に振った。「いいえ、いけません、ご主人様! 今夜はあなただけのもの。ただ、くつろいでいて。一度だけでいいから、あなたに思う存分、ご奉仕させて」
僕は自分の萎えたペニスに目をやった。こいつはしばらくの間、言うことを聞いてくれない状態だ。「うーん、その思いは感謝してるんだけど、本当に……でも、僕はもう18歳じゃないし。次の出番が来るまで、ちょっと時間がかかるよ」
「大丈夫。あたしもいろいろすることがあるから。だから気を揉まないで。今は、ただ、くつろいでいて」
そう言って彼女は僕の足から官能的にマッサージし始めた。足から徐々に上へと移動してくる。
「いずれ、今の僕の姿が見れなくて寂しくなる時が来ると思う?」と僕は小さな声で訊いてみた。彼女は申し訳なさそうな顔を見せた。
「あたし、そんなに顔に出てしまってる?」
「いや。ただ、僕は君のことをよく知ってるから。君が今の僕のすべてを記憶にとどめようとしてるのが見えるんだ。……いずれ、それがすっかり変わってしまうだろうから」
彼女はエロティックなマッサージの手を止めなかった。「ということは、もう決心したということ?」
「君は間違っているなんて、いつ言ったかな? 君がこれがベストだと思ったなら……僕は、君の思う通り、これがベストだと思うよ」
妻の目に涙があふれてくるのが見えた。「あたしは……あなたに無理強いされてると思ってほしくないの。あなたが普段からあたしの思うとおりにさせてくれているのは分かってる。でも、あなたがみじめに感じると思うなら、その場合は……やらないと言ってもいいのよ? ノーと言ってくれていいのよ?」
「僕は君を信頼している。君があらゆる角度から考え抜いたことだと信じているんだ。君の方がはるかに賢いから、僕は君を信頼するほかないじゃないか。そもそも、僕は何かしようとするといつも失敗してるわけだし。カレン、僕は子供が欲しいんだ。君の子供が欲しいんだよ」
今や彼女は僕の上にまたがった姿勢になっていた。両手の爪を僕の胸肉に立てるようにしながら、僕の瞳を見つめていた。30センチも離れていない。「分かったわ。病院に予約を入れるわね」
不安はあった。それは間違いない。でも、子供が持てるという魅力は、そんな不安に打ち勝つだけの力があった。「だから、僕を捨てたりしないと約束してくれ」
彼女は僕の唇に唇を押し付けてきた。彼女の涙が僕の顔に滴り落ちてきた。「約束する。あなたを愛してるの。とても……今度はうつ伏せになって。背中もしてあげるから」
あまりにリラックスしすぎたのか、背中のマッサージをされてる間に僕は眠ってしまった。翌朝、目が覚めると、ベッドに彼女の姿はなく、伝言だけがあった。僕を愛してるというメッセージだった。
そして、キッチンにはたくさんの洗い物が僕を待っていた。
******
病院のガウンは着心地が悪い。僕は診察台の上に座って、辛抱強く待っていた。お尻が出てるのを気にしないよう努めていた。
ストリッパーとして何年も裸を他人目にさらしてきたんだ。これくらい何てことない。
診察室のドアが開き、妻が入ってきて、ドアを閉めた。「ジョンソンさん、おはよう」と彼女はあいさつした。
「おはようございます、ジョンソン先生」と僕も挨拶を返した。だが、笑いを完全に押し込めることはできなかった。
とはいえ、職場にいる妻を見るのは、この時が初めてだった。たいていは、メディカルスクラブの姿で家に帰ってくる妻しか見ていない。いま、白衣をまとい、首に聴音機をかけ、手に僕のカルテを持ってる妻の姿を見て、僕はちょっと畏敬の念に打たれていた。彼女がどうして僕の担当になったのか分からないけれど、多分、彼女はそのお願いを何度かしなくちゃいけなかったのだろうと思う。
「準備はいい、タイ?」と妻は心配そうに訊いた。
僕は肩をすくめた。「どうかなあ。でも、結局はこれに慣れなくちゃいけないとは思うけど?」
彼女は優しそうに微笑み、コンピュータ制御の装置に重たそうな金属製のシリンダを設置した。「それでは、今から、インフォームドコンセント関係の質問をします。いいですか?」
「もちろん。どうぞ」
「あなたは、今回のWイェックス注入により、あなたのジェンダーを完全に女性に変えること、及び、期間はほぼ1年間で、誤差により8日の前後があることを理解しています?」
「分かっています」
「よろしい。あなたは、これが魔法のように思えようとも、そうではないことも理解している。あなたは84キロの男性であり、84キロの女性になるということを理解している」
「分かっています。君が太った可愛い子ちゃんが好きだといいけど」
カレンは刺すような目で睨み付けた。だが、その目つきの裏で笑ってるのも見て取れた。「あなたは、最終的な体形や特徴を決めるのは、あなた自身のX染色体に隠れている遺伝情報であることも理解している」
僕は目をぱちくりさせた。これは聞いてなかった。「分かりました」
「ジョンソンさん、大変よろしい。あなたは、変身剤の注入に同意されますか?」
「同意します」
これで決まりだ……女性側への旅立ちの時間だ!
カレンはシリンダを取り、底部を回してふたを開け、中の物を抜き出した。実際の注入器は透明の保護ケースに入っていた。注入器をらせん状にチューブが巻き付いていて、そのチューブの中にはピンク色の液体が満たされていた。
「この注入器には底辺部に7本針がついています。7本同時にあなたの肌を刺します。ですが、ほぼ瞬時に刺された跡は消えます。刺された痛みが続くのは数秒間だけですので、動かないようお願いします。注入する場所は、あなたの恥骨の上の部分ですので、今からローブを脱いでいただく必要があります。私がいることが気になるようでしたら、代わりの男性医師を呼びますが、どうしましょうか?」
僕はジョンソン先生は好きじゃなくなっていた。あまりに医療関係者的すぎる。妻に戻ってほしい。
「先生、僕の妻がいてくれると気が落ち着くんですが」
そう言って僕はガウンの前をはだけ、診察台の上、股間をさらした。
「いいわ、あなた。じゃあ、深呼吸して」
深呼吸して、そこで息を止めた。カレンは冷たいシリンダーを僕のお腹に押し付けた。ペニスとおへその間の中間地点あたりの場所に。
そこで妻はシリンダーの上部を外した。同時にチクリと痛みが走り、細い針が僕の中に入ってくるのを感じた。チクリとした痛みは1秒もしないうちに消えた。目の前で、シリンダー内のピンクの液体がチューブを進み、僕の体内に入ってくるのが見える。
ブリアナは背が高い、ゴージャスと言われる赤毛の美人だ。匂い立つような色気を放っているのに、自分ではまったく分かっていない。彼女が家に入ってきた時、マギーとストークリイは、彼女のオーラに唖然としていた。ブリアナは僕に全身が搾られるようなキスをし、その後、ふたりの女の子たちをハグした。
「あたしの替わりを入れたってわけね」と彼女は僕にウインクした。
「いや違うよ、ブリイ。君の代わりになる人なんかいないよ。知ってるくせに」と、僕は冗談っぽく言った。
でも、ブリイの代わりがいないのは本当だ。マギーたちには、僕がブリイと友だちだと言ったし、その通りだ。僕とブリイは相互に利益が得られる友人関係にある。離婚後も素晴らしいセックスを楽しんでるし、時には週に一回かそれ以上している。彼女が僕のところに来て1週間くらい泊まっていくときもある。そういう時は、僕たちはサカリのついた動物のようにセックスしまくる。離婚したのは、単に、彼女の生活には夫のための時間が作れないということだけだったし、これからもそれは続くと思う。ブリイはブリイのやり方で僕を愛してくれているし、僕も僕なりに彼女を愛している。単に、僕たちふたりは夫婦関係でいることができないということだけ。僕たちはセックスパートナーとしてなら完璧にうまく付き合えるけど、夫婦でいた時は犬と猫のようにケンカばかりしていた。
「で、あなたの新しい彼女のお名前は?」 とブリイはふたりに微笑みかけた。あの笑顔を見てマギーもストークリイもまぶしく思ったのではないだろうか。
「あたしはマギー。それにこの子はストークリイ」
「会えてうれしいわ。あなたたち、この男が危険なヤツだというのは知ってるわよね?」
「あたしたちには、そうじゃないよ」とストークリイが言った。「敵としている人にはそうなのかもしれないと思うけど。棍棒を持ってるし、すごく大きな犬も飼ってるから」
ブリイはグランビルのところに忍び足で近寄った。するとグラニーは不審げに唸り声をあげた。
「ねえ、大男さん?」と彼女はひざまずいてグラニーにハグをした。「あたしに会えなくて寂しかった?」 グラニーは目を剥いては見せたが、頭をもたげることすらしなかった。
「で、どういうこと、マック? あたしと何を離したいのかしら。別にディナーに招待してくれたことは気にしてないけど。……おふたりさん、この男、料理の腕はたいしたもんなのよ。やる気を出させられればの話しだけど」
「マックは、ラムチョップ(
参考)を作ったと思う」とマギーが答えた。「それ、あたしたち、食べたことないんだ」
「そう。だったら、ごちそうにありつけるわよ。でも、何があったの?」とブリイは再び訊いた。
4人でディナーを楽しみ、僕は説明をした。
「ブリイ、君の助けがほしい。僕は法的なことについては何も知らないからね。この子たちは孤児なんだ。まあ、父親は生きてるかもしれないが、どこにいるか誰も知らない。父親は彼女たちを捨ててどこかに行ってしまったし、母親は殺されてしまった。その後、里親施設にいたが、その施設の誰かバカ者がふたりに手を出し始めたため、ふたりは施設を逃げ、路上生活をしていたんだ。ふたりは、食べ物を求めて、僕の家のゴミ缶を漁っていてね、そこを捕まえたわけ。そこで相談なんだが、何か、この子たちを路上生活に戻さなくても済む方法を探しているところなんだ」
ブリイはしばらく黙ったまま僕を見つめていた。「あなた、この子たちが欲しいのね? 驚いたわ、マック! あなたはずっと子供を欲しがっていたものね。でも、あたしが断っていたので、この子たちが欲しいと。そうでしょ?」
僕は顔を赤らめた。「ああ。そう言ってもいい。そうするためには、どうすればいいと思う、ブリイ?」
「無理だと思う」と彼女は言った。「どの家庭裁判所も、あなたにこの幼い女の子たちを預けるのを許可しないでしょうね。あなたは独身の男性。そこに幼い女の子ふたりを預けるなんて、悲惨な結末を準備するようなもの。絶対に許可されない」
僕はマギーたちに目をやった。ふたりとも目を皿のようにして僕を見つめていた。「ん? どうした?」と僕は訊いた。
ふたりは互いに見合い、突然泣き出した。一緒に僕のところに駆け寄り、しがみついてきた。「あたしたちをもらいたいって?」とストークリイがすすり泣きながら言った。「信じられない。あたしたち、養ってくれる人なんか誰も……誰も……」 ストークリイは先を続けることができなかった。
僕はふたりをしっかりと抱きしめた。「ああ、そうだよ。それを考えていたんだ。君たちは、見守ってくれる人が必要だ。僕も見守ってくれる人が必要なんだ。だから、君たちと僕とで互いに互いを見守ることができるんじゃないかと思ったんだよ。それにグラニーも僕たち3人を見守ってくれるだろうし」
ふたりの小さな体が震えていた。ぐいぐいと、抱き着く力が強くなってくる。
僕はどうしてよいか分からず、助けを求めようとブリイを見た。ブリイの頬には涙が流れていた。彼女は子供たちから僕へ視線を移した。
「もう、マックったら。見てよ、あたしに何てことをしてくれたの! いつも、あなたのことは分かってると思ってる時に限って、こうやってあたしを驚かせるんだから。あたしはどうしたらいいのよ?」
彼女は変な表情をしていた。まるで初めて僕に会ったような顔だった。
「にさん日、考えさせてくれる? 娘さんたち? あなたたちはあたしと一緒に来るの。ここでマックと一緒にいることはできないわ。それが明るみに出ちゃうと、すべてが台無しになってしまうかもしれないから。マック? あたし、この子たちと一緒にグラニーも連れて行くわよ。あたしは一日中家にいることはできないけど、グラニーがいればふたりの安全を見てくれるだろうから」
ブリイはまるで竜巻のように家の中を忙しく歩き回り、マギーとストークリイ、そしてグラニーを家から連れ出し、彼女のメルセデスへと押し込んだ。「後で電話するわ」
実際、ブリイはそれからの2週間の間に、3回、それぞれ30秒ほど電話をしてきた。その期間、ふたりの娘たちの姿は影も形も見なかった。そして金曜日の朝、ブリイが電話をしてきて、アルフォンソの店で夕食がてら僕に会えないかと言ってきた。この店はポンティアック(デトロイト圏内の小都市)にあるイタリア料理の良い店で、僕たちは何度も行っている。
僕が店に入ったときには、彼女はすでに来ていて、カウンターのところに座っていた。彼女の周りには男たちが群がっていた。ブリイは僕を見かけると飛び上がるようにして立ち、涎れを垂らす周りの男たちを置き去りにした。彼女と僕は空いているブースに移動した。彼女は僕を押すようにしてブース内に座らせ、自分は僕の隣に座った。普通はブリイは僕の対面席に座りたがるので、隣に座ったということは何か特別なことがあるのだろうなと思った。注文を済ませるまでの間、彼女はほとんど口をきかなかった。