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Wイェックス:妊娠 (2) 


「仕事はどうだった?」

カレンの一日がどうだったか、純粋に話しを聞きたかったから訊いたのだが、実質、彼女が僕に訊きたがっている不可避の質問を先延ばしするためにしたような質問だった。

「今日ね、あたし赤ちゃんを取り上げたのよ!」と妻は興奮した様子で言ったが、少し気まずかったのか、すぐに落ち着気を取り戻した。「それが今日のハイライトだったわ。その他は? 大半はいつもの仕事。排泄の処理とか、分かるでしょ? 1件、仕事場での怪我の治療があった。普通の怪我だったわ」

僕は微笑んだ。彼女が医療関係の仕事についたのは、出産を手伝うことをしたいという最終目標があったからだと僕は知っていた。そして、なぜ彼女がそれをしたいのかも知っていた。

「そう。じゃあ、良い一日だったんだね?」

カレンも微笑んだ。「ええ、良い一日……今日は仕事探しはどうだった?」

僕が避けていた質問がこれだった。僕は急に食欲がなくなり、溜息をついた。「何もなかった。第2種運転免許を取るつもりになれば別なんだけど。またダンスの仕事に戻ろうかとさえ思ったよ」

妻は顔を曇らせ、ほとんど食べ物がなくなった皿に残ってるご飯つぶを指先で拾い始めた。僕は自分の皿から残っていた寿司を彼女の皿に移してあげた。

「トラックの運転手はしてほしくないわ。そうなったら、あなたはいつも留守になってしまう。それよりもっと嫌なのは、ストリップの仕事に戻ること。あの当時、あなたがお相手しなくちゃいけなかった女たち……あのアザの数々、今でも忘れないわ」

僕も忘れていない。しょっちゅう、強くつねられ、後にアザが残った。その痛みを隠しつつ、つねってきた女性に愛想よく笑顔を見せなければならないのだった。「ああ、あちこちアザだらけになったなあ。でも、少なくとも、帰宅するときは給料を持ってこれたんだけどね」

カレンは寿司の残りをきれいに平らげた後、立ち上がって僕の手を握り引き寄せた。僕も立たせようとする。「カウチに一緒に座ろう。足を上げたいの。でも、この件についてあなたと話しもしたいから」

妻はカウチの端に座り、僕は真ん中に座って膝を叩いて見せた。

「足をここに乗せて」

カレンはこの家におカネを運んでくるただ一人の人だ。一日中働いてきた彼女の足を擦ってあげることくらいしか僕にはできない。

靴を脱がし、両足の土踏まずを揉み始めた。「じゃあ、お話したいんだね?」

僕の両手で足が癒され、彼女は唸り声をあげた。「ちょっとね。もしかすると……あなたは働かなくてもいいかもと思ってるの。今はあたしがかなり稼いでいるし、あなたはダブルワークをして、あたしを医療学校に通わせてくれた。あなたは、しばらく、仕事をしないでいてもよい資格があるわ」

僕は顔をしかめながら、彼女のふくらはぎへと手を移動した。「一日中、家にいられないよ。何をしたらいいんだろう?」

「もう、今していることは? 家に帰るときれいに掃除されてて、夕食もできてる。これがあたしにとってどんなに嬉しいことか、いくら言っても言い切れないわ。今夜のステーキ寿司もすごく、すごく美味しかった」

「でも、君が主夫なんかいらないと思ったらどうなるのかな? 職場にいる野心的な医師とかの方が君の好みになるんじゃ?」 僕にとって一番大きな不安は、彼女が僕を負け犬と思い、誰かもっと……少なくとも誰か仕事をしている人と一緒になるため、離婚を決意するということだった。


[2020/07/22] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

浮浪者 (2) 


「椅子を引いて座りなさい。君たちはコーラがいいかな? ジュースや牛乳もあるが」

ふたりとも牛乳を望んだ。「私はマッケイ・ノースだ」 牛乳を注ぎながら名乗り、牛乳をカウンターの上、ふたりの前に置いた。「飲みなさい」

「あたしはマギー」と大きい方が言った。「マーガレットを短くした名前。この子はストークリイ。本当にこれ全部食べていいの?」

「もっと欲しけりゃ用意するが? 朝になったら作ってやろう。午前2時には料理したくないからな」

「いや、これでいいよ。ありがとう」とストークリイが言った。

マギーは私のことを疑い深そうな目で見ていた。「何かしてもらおうってことか? あたしたち、イヤらしいことはしないよ」

私は笑った。「いや、私もそれは御免だ。君たちのどっちかが何か私に下心を抱いているようだったら、がっかりするだろうね」

明らかに、ふたりとも私のユーモアを理解していなかった。「私は幼い女の子には興味がないよ」

ふたりは私が「幼い女の子」と言ったことが気に食わないようだったが、ともかく、ふたりは食べ始めた。飢えた動物のような食い方だった。「おい、ほら、もっと落ち着けよ。食べ物は逃げたりしないんだから。チキンはすでに死んでるし、ジャガイモは足が速いわけがない。そんな調子で食べると腹をこわすぞ」

今度はふたりともくすくす笑ってくれて、多少はがつがつしなくなった。「君たちはどこに住んでるんだ?」

「ひとブロック先に空き家があるんだよ」とマギーが言った。「マットレスと上に掛けるものを見つけた。だけど、薬物中毒が入ってくるんじゃないかって心配なんだ。あいつら、空き家だと分かると、すぐに入ってくるから」

「今夜は温かいきれいなベッドで眠りたいか?」

ふたりは、またも怪しむ顔をして私を見た。

「アハハ。私のベッドではないよ。予備の寝室が3つある。まあ、確かに予備のベッドも私のものだが。言っている意味は分かるよね?」

ふたりは引きつった笑い方をした。「あたしたちおカネ持ってないよ」とストークリイが言った。「カネは払えない。空き缶集めはしてるけど、稼いだカネは全部食い物に使うから」

「いや、別におカネを払ってもらうつもりはないさ。カネを払えなんて言ってないだろ?」

「じゃあ、なんで? なんでおじさんはあたしたちにそんなに親切なんだ? マック……」

「呼び方はマックでいいよ。みんなそう呼ぶし」

「どうして親切にふるまってるんだ、マック?」

「別に『ふるまってる』つもりはないが。私の母親に訊いてみるといいよ。私は優しい男なんだ」 

それを聞いてふたりは笑顔になった。いい笑顔だった。私はふたりをもっと笑わせたいと思った。「もし、私が君たちの境遇だったら、やっぱり、誰かに優しくしてもらいたいもんな」

ふたりは私の言葉の意味を考えたようだった。「そのチップス、少しもらってもいい?」とストークリイが訊いた。私はポテトチップスの袋をふたりの方へ押した。ふたりともサンドイッチを頬張ってるにもかかわらず、同時に手を伸ばした。私はポテトチップスはもう充分だ。ふたりは牛乳を飲み干したが、まだ飲み足りない様子。ふたりにお替りの牛乳を注いで上げると、それも一気に飲み干した。驚いたが、ふたりとも皿に盛ったものをきれいに平らげたし、野菜も残らず食べた。本当にお腹がすいていたに違いない。

「もう寝る時間だな。ふたり、それぞれ、自分のバスルームがある。そこの戸棚には歯ブラシやヘアブラシなんかがそろっている。薬棚にはアスピリンや腹痛薬や歯磨き粉やデンタルフロスがある。他に何か必要なものがあったら、言ってくれ」

「ドアに鍵をかけてもいいよね?」とマギーが訊いた。

「もちろん。でも、私が求めたら、ある程度の時間はドアを開けておくように」

ふたりとも変な顔して私を見たが、ふと、マギーのありえないほど緑の瞳がきらりと光った。「あたしたちが何か盗むと思ってるんだよ」と彼女は妹に言った。「あたしたち、何も盗まないよ、マック。あたしたちを信じなくてもいいけど、あたしたちもあんたをあまり信頼しないから」

私は思わず笑いだしてしまった。「オーケー。相互に不信状態でいるわけだ。いいよ。そのうち、私を信頼できると分かるだろうから。私はね、美しい女の子を傷つけることなど滅多にないんだよ」

それを聞いて、ふたりともパッと明るい笑顔になった。「美しい」と言った部分に気分を良くしたのだろう。ふたりは私の後に続いて廊下を進み、部屋に入った。ふたりが入ると鍵を締める音がし、それを聞いて、私は笑顔になった。

自分の寝室に入り、ベッドに横になった。しばらく眠らずに横になっていた。あの女の子たち、どうしよう? どうして、うちのゴミ缶を漁っていたのだろうか? どうして、ふたりだけでいるのか? 親はどこにいるのか? 明日の朝になったら、その答えを聞くことにしよう。


[2020/07/22] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)