アンジーはまたクスクス笑い、それから身体を傾けて、僕の右頬にキスをした。
「ごめんなさい。恥ずかしい思いをさせちゃって。そのつもりはなかったのよ」
それから1、2分、時間を置き、僕が落ち着きを取り戻した頃、アンジーが話しを続けた。
「でも、少なくとも、彼とのダンスは楽しかったんじゃない?」
「男がふたりで踊っていたというのを考慮に入れたらの話しだけど、その上でなら、とても楽しかったわ」
「うふふ…。でも、彼の方はあなたが男だとは知らなかったはずじゃない? それに彼の方もストレートな男性でなくって、バイの人だったかもしれないわ。それも考慮に入れるべきね。でも、私の見たところ、彼はあなたは本物の女の子だと思っていたはず。それは確かだわ。ねえ、教えて? 彼、あなたとダンスしながら勃起してた?」
僕は声に出して答えることができず、ただ、頷くだけだった。
「そう…。あなたのことセクシーだと思ったに違いないわ、あの人。私と同じく、あなたのこと可愛いと思ったのよ」
どうしてだか分からないが、彼が僕をセクシーだと思ったらしいと聞いて、僕はにっこり笑っていた。ばかばかしいことだとは分かっていても。
その夜、僕とダンスしたのはグレンだけではなかった。実際、別々の男性10人くらいとダンスしたと思う。アンジーは、僕に同じ男の人とダンスするのは望まなかった。特に親しくなるのを望んでなかったからだろうと思う。
「何と言っても、今夜は私たち一緒に家に帰るし、その時、他の人にはいてほしくないから」
そのクラブでは、一つだけ、とても不思議なことがあった。トイレに行った時である。もちろん、この恰好をしているので、男子トイレではなく女子トイレを使わなければならない。クラブを出るちょっと前にトイレに入り、僕は便器に座って小便をしていた。その時、隣のトイレに女の子が入ってきた。
最初、全然気にしていなかったのだけど、その人がおしっこをする音を聞いて、床の近く、彼女の足を覗きこんだ。確かにハイヒールを履いているので女の子だと分かったのだが、足の向きが逆になっているのだった。つま先がドアの方でなく、便器の方を向いている。いったい、どんな格好でしているんだろうと思ったが、ふと、その人は女じゃないのだと気がついたのだった。女の子の服装をした男に違いないと。僕と同じに。
その女の子がトイレから出るのを待って、その後に僕も出た。ここには女の子の服装をした男がいるのだろうかと、クラブの中を見回した。すると、クラブの女の子の大半について、とても奇妙なことに気がついた。その多くが、よく見ると、ちょっと筋肉質の体格をしているのだった。もちろん、全員というわけではないが、かなりの人が男性的な体格をしている。
テーブルに戻ったら、アンジーに何か言おうと思っていたけど、彼女はすぐに店から出ようとしていた。テーブルに戻ると、彼女はすぐに僕の手を取り、もう帰りましょう、と言った。クロークでコートを受け取り、店を出て、彼女の車に戻った。
車が動き出し、家への道を進みだすのを受けて、僕はトイレにいた人についてアンジーに話した。彼女は僕を見て、言った。
「それ、どういうことだと思う?」
「多分、私と同じ女の子だったと思う。もっと言うと、あのクラブには私と同じ人がたくさんいたと思う」
「アハハ…。どうやら私の計略がばれちゃったみたいね。私、あなたをクラブに連れ出したかったの。でも、普通のクラブだと、いろいろマズイでしょう? だけど、他のお客さんがあなたは本物の女の子じゃないと分かっているようなところなら、あなたも安全だろうって思ったのよ」
「やっぱり…。あのクラブは、女の子の服装をする男性向けのクラブだったのね?」
「そういう人のことをトランスセクシュアル(性転換願望者)というの。それに女装好きの人はクロスドレッサー(異装者)というのよ。その人たちは根は男性。ただ女性の服を着てるだけ。他にトラニー(性転換者)という人もいて、その人たちは二度と男性に戻らない手術を受けた人たち」
「そうだとすると、あのクラブでは、私が女の子でないと実際に分かっても、たいていの場合、誰も何も言わないだろうということね。そもそも、そういう女の子がいると分かっているから」
「うふふ…。多分そうね。でも、誰かあなたに一緒に家に来ないかって訊いた人いた? ダンスクラブと言っても、あそこにいる男性の大半はそれを目的に来ているのよ」
僕はアンジーの言ってることが正しいんだろうと思った。
アンジーの家には、さほど時間がかからずに到着した。家につくとすぐに僕たちは二階の寝室に入った。そして寝室に入るとすぐに、アンジーは僕を抱きしめ、キスを始めた。彼女のキスは甘く、情熱的だった。それに、どこか切羽詰まった雰囲気もあった。