その日、午前中はあっという間に終わった。午前中、僕はCNNを熱心に追っていたのである。OPEC各国の大臣がウィーンでの会合に集まっており、彼らが原油生産に関して何か措置をとるだろうと期待していたのだった。僕自身は、OPECが増産と減産のどちらに行くか分からなかったので、僕の指揮で、どっちに転んでも会社がしのげるような投資をさせていたのである。これはある意味、危険なやり方ではあった。
先週の火曜日からある噂が流れていた。スンニ・トライアングル(
参考)でアメリカ軍による大規模な攻撃があるという噂だった。それを聞いた時、僕の直感が高速回転状態になった。シカゴ・マーカンタイル取引所(
参考)にいるウチの社員に電話をし、ナンバー2の位置にあるアラビア原油契約に関して、手につけられるものすべてに買い注文をするよう指示した。僕の仕事も評判も、僕の直感の正確さにかかっている。
午前11時、巡回中のアメリカ空軍がナジャフでイマム・アリ神殿の一部を破壊したとの情報が入った。この神殿はイラクのシーア派にとって最も神聖とされている宗教施設である。それから1時間もせぬうちに、ウィーンから情報が入った。OPECが原油生産を一日あたり総計300万バレル減産するだろうという情報である。アラビア原油の先物取引の価格が一気に跳ね上がった。ロケットの打ち上げ並みの上昇で、しかも僕たちがその操縦席についている! 午後1時までに、僕の直感のおかげで我が社と顧客に総額125万ドルの利益がもたらされ、しかもそれは依然として増加していた。これらすべてがたった1日での仕事の結果である。
この利益の一部を今度はハイブリッド・カーに投資するのが良いかもしれないと思った。そして、じきにシカゴ交通局とかから対応を求められると思われる、あの排ガスを垂れ流すSUV車のオーナーたちのことを思い、こっそり笑った。
その時、アンジーがドアから顔を出した。
「もう準備いい?」
「何の…?」 僕は何のことか分からず当惑顔をした。
「ランチよ! 今日はずっとあなたの搾取仕事のことを追ってきていたんだから。というか、フロアのみんなも同じだけどね…。…あのね、情報があるの。ロブ・ネルソンとジム・グラントがあなたを聖人候補に指名する予定なんだって。だから、私は、彼らが私の優先権を奪う前にあなたをランチに連れ出そうとしているわけ。あなたが自分で会社を立ち上げてここを去ってしまったら、もう一緒にランチをするチャンスがなくなるかもしれないし」
これは大ニュースだった。今回の取引での僕の成果をもってすれば、シカゴ・マーカンタイル取引所に僕自身の個人取引席を確保したいという目的を十分達成できるだろう。取引所に個人席を確保するのは、カントリークラブに入会するのと大変よく似ている。現に所属しているメンバーに「推薦」してもらわなければならないのだ。もし、ロブとジムが僕の推薦人になってくれるとしたら…。ロバート・ネルソンはうちの会社の会長兼CEOだし、ジェームズ・グラントは社長兼COO(最高業務執行者)だ。ふたりとも今の僕の地位とほぼ同じところから出世を始めた。つまり、最初は他の人のために働き、その後、自分自身の取引席を獲得したということ。もっとも、そういう帝国を建設するために長時間働いたわけで、二人とも私生活を犠牲にしてしまった。ジムは離婚したし、ロブは結婚すらしていない。ふたりにとっては会社こそが妻であり、女王様であり、労働監督者だったのである。ふたりは成功の頂点に到達したものの、根のところでは単なるサラリーマンのままと言ってよい。
「その心配はいらないよ」 と僕は明るく答えた。「もし会社を出るとしたら、その時は、僕と一緒に君もドアから引きずっていくから。必要とあらば、蹴飛ばしたり、大声をあげたりしながらね」
美しいラテン娘は、媚びた笑顔になり僕のところに近寄った。僕の前に立ち、前のめりになって僕の顔の前に顔を突き出した。そして片手で優しく僕の頬を撫でながら、僕の瞳を覗きこんだ。
「蹴飛ばしたり叫んだりするの、私、好きよ。でも、私を引きずっていく必要はないと思うわ。あなたがそういう種類のことに興奮するなら話しは別だけど…」
アンジーは僕を椅子から立たせ、僕の腕に腕を絡めた。ハイヒールを履いているので、実際、彼女の方が僕より背が高い。
「本当にここを辞めてもやっていけるの?」
「もちろん!」 とアンジーは軽やかな声で言った。「いくらでもお金はあるわ…。あなたの支出予算が許す限り、いくらでも使える」
「ああ、なるほどね」 と僕はわざと無愛想に言った。
「お黙り! タクシーを呼んで!」 とアンジーはわざと恐い顔をして唸った。