「ライジング・サン&モーニング・カーム」 第7章 The Rising Sun & The Morning Calm Ch. 07 by vinkb
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これまでのあらすじ
16世紀釜山。地元の娘ジウンは日本人のノボルと知り合い、ふたりは結ばれた。しかし翌朝、ジウンはノボルの弟三郎らに強姦され、自害する。怒りに兵を殺したノボルは拘束され、秀吉に不死の刑を科され、狐使いの美女と交わり、半人半獣の身にされてしまう。時代は変わり現代のシカゴ。女医のアンジェラはたまたま入ったレストランで不思議な魅力があるノブ(ノボル)と知り合い、デートに誘われた。そしてそのデートで、アンジェラはノブとのセックスで失神するほどの快感を味わう。翌朝、ノブはアンジェラに自分が半人半獣であることを打ち明け、目の前で変身して見せた。その後、二人はアンジェラの家に行こうとするが、ノブは何か危険を察知し、彼女を連れて自宅に帰るのであった。
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ノボルの家に戻る車中、二人は黙ったままだった。アンジェラは、横眼でちらりとノボルを見ては、どうして彼がこんなに緊張しているのだろうと不思議に思いつつも、今この場で訊くのはやめておこうと思った。
ノボルのマンションにつくと、彼は目に見えて緊張から解放されたように見えたし、笑顔も戻っていた。アンジェラは持ち帰った箱を開けた。箱の中から子猫たちが顔を出し、新しい環境の匂いを嗅ぎ、その後、一匹ずつ箱から飛び出てきた。当然、先頭を切って飛び出したのはインである。それを見てアンジェラはちょっと心配になった。
「ノブ? この子たち引っ掻いて、あなたの素敵な持ち物に傷をつけてしまうかもしれないわ」
ノボルは新しい住民たちを面白そうに見ながら、アンジェラの言葉に何のこともないよと言わんばかりに肩をすくめてみせた。
「私の持ち物の中で、修復が効かないほどダメージを受けたとして、私が怒るとしたら、それは二つしかありません」
「その二つって?」
「ひとつは私の刀。もうひとつは…」と彼はアンジェラの方に近づいた。「あなたです」 愛情たっぷりに彼女の頬に唇を寄せ、腕を彼女の腰に回した。そして、足元に毛玉のようになって絡みつく猫たちに目を落とした。
アンジェラは、インとヤンが彼の脚に丸くなって絡みつき、仰向けになるのを見て驚いた。お腹を擦ってもらいたがってる。スノッティだけが尊大な面持ちでそっぽを向き、ノボルのベッドに上がって、そこから偉そうに見下ろす方を選んだようだ。
「この子たちが他の人にこんなになつくのを見たことないわ」
ノボルはしゃがみ込んで猫たちのお腹を擦りながら笑った。「アハハ。多分、ここの主が誰か分かってるからじゃないのかな。もっとも、スノッティ君の方は、私を主の地位から追い落とそうと企んでいるようだけど…」 ノボルはそう冗談を言い、シーツの上で偉そうにくつろいでる猫に視線を向けた。
アンジェラは、今が最適な時だと考え、朝から引っかかっていた疑問を訊いてみることにした。
「ノブ? 何があったのか教えてくれる?」
ノボルは突然アンジェラを抱き寄せ、彼女の首筋に顔を埋めた。アンジェラはそのノボルの反応に不意をつかれた。「ノブ? 何なの?」
ノボルはソファに腰を降ろし、アンジェラを膝の上に抱き寄せた。
「もしかして、あなたを危険なことに巻きこんでしまったかもしれないと恐れているんです」
「ええ?」
「今朝、何か、ずっと長い間、経験してこなかったことを感じたんです」 とノボルは言い、彼女の手のひらにキスをして、先を続けた。「27歳の時、私は弟に同行して、当時の李氏朝鮮の海岸線を偵察する作戦についていました。嵐で船が難破し、私は高熱で瀕死の状態で波打ち際に打ち上げられたんです。そして…」 と彼はアンジェラの顔に触れ、「あなたが私を見つけて、私の命を助けてくれた」
「何と?」
アンジェラは頭を振った。……だから、初めて会ったとき、私のことを知っているような顔をしたのね? 「私の遠い親戚か、私に似た人のことを言っているんでしょう?」
「いいえ。あなたです」
ノボルの表情が悲しそうな表情に変わり、その後、怒りの表情に変わった。激しい怒りだと、アンジェラにも感じ取れた。
「私の弟があなたを見つけ、私は弟の部下たちからあなたを守ることができなかった。あいつらは私が見ている前であなたに辱めを与えた。そして、あなたは恥辱のあまり、自分で命を絶ってしまった」
「ひどい…」
アンジェラを抱くノボルの腕に力が入った。
「将軍の前に引きだされたが、将軍は私の裏切りに激怒した。あなたを殺そうとした部下を私が殺したから。将軍は罰として狐使いに私へ呪いをかけるよう命じた。その狐使いのせいで今の私になったのです。私の身体に素早く傷を癒す能力を与えた。そうすることにより、私を死に至らしめることに気兼ねなく、永遠に拷問を与えることができるから、とそういう目的です」
それを聞いてアンジェラは気持ちが悪くなるのを感じた。「その拷問はどのくらい続いたの?」
「自分の身体状態をコントロールできるようになるまで半年かかりました。その後は、拷問を受けた後でも弱っているフリをし続けました。私を痛めつけても安全だと彼らを油断させるためです。そして、ある夜、もう我慢できなくなった私は、私に拷問を加えていた者たちを殺したのです。少なくとも、殺したと思っていました」
「どういう意味?」 アンジェラは顔をあげ、ノボルの瞳を覗きこんだ。その瞳はいつもより青の色合いが濃くなっているように見えた。
「私に拷問を加えるのを最も楽しんでいたのは、弟の三郎です。弟は、よく、私が拷問を受けているところに狐使いを連れてきては見ていましたし、時には拷問に参加しました。私に屈辱感を味わわせるつもりだったのでしょう、私自身の刀を使って私の身体を切ったりもした。あいつがあなたにしたこと、それに私をそのような形で裏切ったことから、私は弟を殺してようやく復讐心が満たされると心に誓いました。そして、あの夜、私は弟を殺したのです。少なくとも、そう思った」
「まだ分からないわ」 とアンジェラは納得いかない顔をしてノボルを見た。
ノボルは溜息をついた。
「三郎は私から感染していたのです。その最初の例なのです。私は弟を殺したつもりでいたが、弟は生き延びていたのですよ。私と同じ症状を発症していた。だが、あいつがまだ生きていたとは。60年前まで、私はそれを知らなかった」
アンジェラの顔に、ようやく理解できた表情が浮かんだ。
「あなたが心配していたのは、その人のことだったのね。その人が私の後をつけてきたかもしれないと不安になった。そうなの?」
「ええ」