スティーブは冷静な声で訊いた。
「ロイド? これでも中途半端なことですか? 私は、また、過剰反応していると思いますか?」
ロイドは顔を上げた。惨めなほど打ちひしがれた顔をしていた。彼が、スティーブの質問を聞いていたかすら、不明だった。確かなことは、ロイドは返事をできなかったこと。涙が頬を伝っていた。
スティーブは目を閉じた。あんな仕返しのような質問をすべきじゃなかったと思った。これほどまでに、打ちひしがれた男女を見るのは、気安いことではない。先のロイドの言葉に感じた苛立ちは、すでに消えていた。
「ロイド?」 スティーブは優しく問いかけた。「それにダイアン?」
二人は、今、互いに身を寄せ合い、悲しみを分かち合い、慰めあっていた。しばらく時がたってから、ようやく、二人はスティーブの方に向き直った。
「ロイド・・・それにダイアン・・・申し訳ない。だが、お二人とも、これは目にしておく必要があったものなんです。大変なことだったでしょうが、他に方法がなかったので。キンバリーがハード・ドラッグの中毒となっていて、同時にポルノビデオの世界にかかわっていること。その事実を知り、完全に納得していただきたかったのです」
それを述べ、長い沈黙に入った。ロイドが気を持ち直すのを待った。
ようやくロイドが声を出した。かすれた声だった。
「スティーブ・・・私こそ申し訳ない。君の言う通りなのだよ。娘は、ドラッグの問題を抱えている。しかし、どうしてあんな・・・あの手のことにかかわってしまったのか、全然分からない」
ロイドははっきりと言葉にして言うことができなかった。だが、誰もが彼の言おうとしている意味を理解していた。
スティーブはブリーフケースから他の9本のビデオを取り出し、カウチの横、床の上に積み重ねた。ロイドとダイアンは、何か恐ろしいものを見るような眼でそれを見つめた。
スティーブは立ち上がり、話し始めた。
「僕の知る限り、キムが出ているビデオはこれだけです。どれも、楽しいビデオではない。2、3本は、吐き気がしそうになるようなものです。さらに、ある1本については、キム自身が僕に見せたがらなかった。どれが、その1本かは、僕は知りません」
スティーブは、そこまで語り、二人の質問を待った。二人とも質問したいことがあるはずだった。だが、どちらもそれを訊こうとはしなかった。あまりにも深い絶望なのだろう。スティーブは頭を振り、ドアの方へ歩き出した。
「どうか・・・彼女を助けて欲しい」
スティーブはできるだけ早くその場から立ち去ろうとしながら、二人に向けて要望を投げつけた。
遅れてロイドも立ち上がり、スティーブの後へと急いだ。玄関ロビーでスティーブは振り返り、ロイドを見た。彼は、この、たった20分ほどで10歳は老け込んだように見えた。ロイドは引き戸を手で押さえながら、スティーブに手を差し出した。
「こんなことを言って、間違っているのは分かるが、あのビデオを見つけたりしてくれなかったら良かったのにと思っているよ。だが、教えてくれたことには感謝している。キムについての事実を知らなければ、そもそも、助けることなどできないのだから」
スティーブは頭を横に振った。
「いえ、感謝などしないでください」
スティーブも声がかすれていた。ロイドと目を会わすことができない。
「ロイド? 訊かれなかったから話さなかったが、キンバリーは、あのビデオを僕の家で僕と一緒に見たのです。そして置いて行った」
ロイドの目が大きく見開いた。不安の表情が顔に広がった。
「ロイド・・・キムはこの2週間、連続して、週末を僕のところで過ごしています。彼女は、お二人には、大学があるオースティンに行っていると信じ込ませているでしょうが、実際は僕のところにいたのです」
ロイドは頭を振った。頭の中で考えた思いを受け入れるのを拒むように。
スティーブは素早くピックアップトラックへと進み、乗り込んだ。そして、振り返りもせず、車を出したのだった。
つづく
少し考えてから、キーボードをたたき始めた。
「おやおや、グラフ先生。教師にしては、ずいぶん乱暴な言葉遣いじゃないか。俺は誰かって? 俺は、先生を次のレベルに引き上げた男だよ。先生の人生が、何のためにあるか、そいつを教え込んだ男だ。先生の運命を成就させる男。グラフ先生、お前はこれから俺を『ご主人様』と認識することだな。これからは俺をご主人様と呼ぶのだ。分かったかな? それを守らない場合は、お仕置きをすることにする。俺が命令することをすべて実行すること。さもなければお仕置きだ。この状況では、俺の方が優位に立っているのであるから、警察には通報しない方が良いだろう。すぐに返事を書くこと。さもないと、皆にばれることになるだろう」
送信ボタンを押し、メールを送った。
次に、俺は、先に見つけたウェブサイトを検索した。問題のクラブの住所を確かめたかったからだ。住所は、確かに、俺がメモ書き下通りだった。スクリーンの最下部に詳しい説明があったが、全然、意味が分からなかった。「ボストン風クリームパイを注文せよ」とある。何度も読み返した。
もう一度、例のレストランに行き、チェックして見なければならない。ひょっとすると何か手がかりがあるかもしれないから。多分、夜になると、何か変わったことがあって、それによってクラブにたどり着けることになるかもしれない。多分、秘密クラブであって、「ボストン風クリームパイ」というのはパスワードか何かなのだろう。
ネット接続を切ろうとした時、新しいメールが来た。思ったとおり、グラフ先生からのメールだった。
「この最低野郎! すぐに、結婚指輪を返しなさい! 自分のことを何様だと思っているの! あんな卑劣なことをして、よくもしゃあしゃあと生きていられるわね。本当に最低。クズだわ。ただちに指輪を返してくれたら、あんたがしたことを忘れてやっても良いわよ。だから、お願い。もう、こんなことはやめて、指輪を返してちょうだい。」
俺は笑いながら、返事を書き始めた。
「グラフ先生? お前のことは、従順な生徒だと思っていたが、それもさっきまでの話だな。お前は俺の命令に従わなかったようだ。ゆえに、お前にはお仕置きをしなければならない。きちんと躾けを守らないとどうなるか、みっちり調教してやることにしよう。お前の旦那が明日、出張から帰ってくるのことは、すでに知っている。明日こそ、ご主人様である俺に、お前がお仕置きを受ける時だ。お前と旦那がベッドに入り、旦那が眠りに落ちた後、お前はベッドから抜け出てくるのだ。身につけるのは、ハイヒールに、ストッキングとガーター。その上にローブを羽織ってくること。静かにリビングルームに降りて来て、玄関の鍵を外し、窓の横の明かりを灯すこと。自分で目隠しをし、背中を向けて俺が来るのを待っているように。完全に真面目に言っているのだからな。この命令に従わないことなど考えるんじゃないぞ。お前自身、これに興奮しているのはお見通しなのだ。自分の夫が近くで眠っている時に、ご主人様のちんぽを出し入れされること。それを考えただけで、気が狂いそうに興奮しているはずだ。このメールを読んだだけで、まんこがびちゃびちゃになっていることだろう。すぐに、返信するように。ご主人様から」
メールを送り、パソコンを切った。それから階下に降り、ガレージに出た。親たちはテレビを見ている。俺はこっそりと自転車を引きながら外に出た。そして、例のレストランに向かった。何としても、例のクラブを見つけ出してやる。
急いで向かったが、あまり汗をかかないように注意した。レストランの駐車場に自転車を止め、街路灯の柱に立てかけ、レストランの入り口に歩いて行った。中を覗くと、客が数名いて、遅い夕食を取っている。ドアを引いて、中に入った。
座席に案内されるのを、心臓をドキドキさせながら待った。少し経ち、可愛い感じのウェイトレスがやってきた。
「お一人様ですか?」
頷くと、ウェイトレスは後についてくるように合図をした。隅の目立たないブースに案内される。ウェイトレスはメニューをテーブルに置き、後で注文を取りに来ると伝えて、他へ歩いて行った。いろんなことが頭の中を駆け巡り、なかなか落ち着かない。そうこうしている間に、ウェイトレスが戻ってきてしまった。
「ご注文はお決まりですか?」
つまらないヘマをしでかさないようにと案じながら、例の言葉を言ってみた。
「ボストン風クリームパイを」
ウェイトレスは目を見開いて、俺の目を覗き込んだ。
「す、すぐに戻りますので、お待ちください」
ウェイトレスは、そう言って、奥へ引っ込んで行った。厨房とは違う、小さな事務室のようなところへ入っていく。ちょっとした後、ウェイトレスが出てきた。俺のところには来ず、別の客の応対へと向かった。