ビリーは困ったような顔をした。「それは、ちょっと問題かも。実は、僕はクラブに着ていけるような服を持っていないんだ。あんまり外に遊びに行ったりしないし」
時計を見て、私は答えた。「そんなに簡単にあきらめないで。お店に行く時間はあるわ。閉まってしまわないうちに着けるから。だから急いで」
そう言って、彼の手をつかんでオフィスから引っ張り出した。
モールへと車を飛ばした。ためらわずに直行して運がよかったと思う。目に入った最初のデパートに入って、スラックスとボタンダウンのシャツを買った。服が決まった後は、靴とソックスを探し始めた。
ビリーは、ちゃんとドレスアップすると、ジーンズとスウェット・シャツの時より、ずっと素敵に見えた。ヘレンも私も意見は同じで、彼は女の子の目を惹くのは確かだし、努力の甲斐があったと思った。特に、彼の持ち物に目をやったときにそう感じた。バギーのジーンズでは分からないけど、新しいズボンだと、彼がかなり恵まれた持ち物を持っているのが明らかだった。
買い物の後、ちょっとレストランに立ち寄って食事をし、それからクラブに出かけた。予想したとおり、ビリーは上手にダンスはできなかったけれど、私とヘレンで教えてあげたら、かなりうまく踊れるようになった。
ヘレンと私は、多数派とは異なったライフスタイル、つまりオルタナティブ・ライフスタイルの人々に親切なクラブに通っている。だからと言って、普通のクラブには行かないというわけではない。オルタナティブなクラブだとリラックスできるからという、それだけの理由だ。男の人の中には、彼が足の間に持っているモノが私の足の間にもついてると知ると怒り出す人がいるけど、オルタナティブなクラブでは、そういう人のことを心配する必要がないから。こういうクラブなら、私のような人種が嫌だったら、単に他の人を探し始めるのが普通だから。それに、そもそも、私は、気に入った人と知り合っても、その人の車のバックシートで軽くおしゃぶりしてあげる程度で、一緒に家に連れていったりは決してしない。
ともかく、夜が半ばを過ぎた頃、私たちはテーブルに座っていたのだけど、私は隣に座るビリーにキスをしていた。どうしてキスをしたのか、自分でも分からないけど、そうするのが当たり前のような気がしたのだった。ビリーは、私がしてあげたのと同じくらい熱っぽくキスを返してくれた。そして、それから間もなく、二人とも互いに舌を絡めあいながら、相手の体をまさぐりあうようになっていた。
彼の両手が私の脇の下から胸へと動いてくるのを感じ、私は彼から唇を離した。
「人目があるところでは、ダメよ」
ビリーは謝ろうとしたけど、私は再び唇で彼の唇を塞いで、謝ろうとする彼を止めた。そのキスが終わったとき、ヘレンが私の手を取るのを感じた。私のことを女子トイレへ連れて行こうとしている。
トイレに入るとすぐにヘレンは訊いてきた。
「どうなっているの? 何て言うか、私たち、ここには、ただ遊びに来たのかと思ってたけど。それとも、今夜は彼と寝る予定でいるの? だったら、私、邪魔したくないわ」
私は両腕を彼女の首に絡めた。
「本当は、私、あなたと二人で彼を共有しようと思っていたの。ヘレンが嫌なら、話は別だけど」
ヘレンは私の唇にちゅっとキスをした。
「私は、ビリーを誘ったときから、そうなるだろうなって思っていたわ。あなたも私と同じ方向へ向かってるのか、確かめたかっただけなの」
私は鏡の中を見ながら、ヘレンに言った。
「まさに同じ方向へ向かっているところ。ビリーもその方向へ進みたいと思ってくれればいいんだけど。ねえ、ヘレンも彼にキスをし始めたらどうかしら? 彼の反応を確かめてみるの」
ヘレンと私はお化粧を直した後、クラブへ戻った。ビリーはテーブルに座って、私たちが戻ってくるのを待っていた。ヘレンはビリーの手を取って、ダンスフロアに引っ張り出した。運良く、流れ出した曲はスローな曲で、ヘレンは両腕をビリーの首に回して、体を寄せ、踊り始めた。
それから間もなく、ヘレンは彼にキスを始めた。ビリーはちょっと困ったような様子だったけど、それでも彼女にキスを返していた。それと同時に私のほうを見て反応を伺っている。私はにっこり笑顔を見せてあげた。
曲が終わり、二人はテーブルに戻って来て、腰を降ろした。ビリーは私とヘレンの間に座った。私は彼の方を向いて、早速、再びキスをした。私が唇を離すとすぐに、今度はヘレンが彼の顔を引き寄せ、キスをした。ビリーの頭の中で何が起きていたか分からないけど、彼のズボンの前のところに手を当てると、そこがものすごく硬くなっているのが分かった。
スティーブがカウンセラーの訊いたことについて考える間、部屋には長い沈黙が続いた。スティーブは、頭の中でヒューストン氏の言葉を反芻した。その間、彼の視線は焦点を失っていた。
ようやく、彼はためらいがちに言葉を発した。
「バーバラ、君の妹に対して持っていたイメージを台無しにしてしまって、済まなく思っている・・・そうする必要があったとは思っているんだ・・・キムは、彼女自身を破滅させることをしていると思ったし、そうなるのは時間の問題だと思ったから・・・でも、あのような方法で暴露する必要はなかったと思っている。・・・僕は、君に知って欲しかったんだよ。何か美しいものが破壊されるということがどういう感情をもたらすかを分かって欲しかったんだ・・・でも、それは意地の悪いことだったね。キンバリーがしていることをご両親に知らせるにしても、もっと良い方法を探すべきだった」
その後、スティーブは再び長い間、黙りこくった。彼の顔には、心の中の苦悩が滲み出ていた。バーバラが何か言いかけようとしたとき、彼は手を掲げて、彼女を制止した。
「それに、彼女とセックスしたことについても申し訳ないと思っているよ、バーバラ。死ぬまで済まなかったと思い続けるだろう・・・」 スティーブの声は落ち着き、静かだった。「僕が感じたのと同じ喪失感を君にも感じて欲しかったという気持ちもあったからだけど、そんなことをすべきじゃなかったと思う・・・」
スティーブはバーバラに顔を向けた。話しを始めてから、彼がバーバラを見たのは、この時が初めてだった。
「・・・僕たちが、このように互いに話し合うことになるとは、そのときは、まったく思っていなかったんだ。キンバリーとセックスすることは、ある種、僕の人生から君を最終的に追放する方法だと思ったから・・・」
「・・・それに僕自身の人生を終わらせる方法でもあったかな・・・本当に、それを行うことが僕の目的だったのか、それとも僕は単にひとつの可能性を受け入れて、その結果がどうなろうが気にしなかっただけなのか、今となっては、僕には、はっきり分からない。ともかく、ひどく落ち込んでいて、どうなってもいいと思っていたんだ・・・」
スティーブは再び深呼吸をし、息をゆっくり吐き出した。
「・・・彼女とセックスしたことは正しいことではなかったと思っているよ。たとえ、僕が僕たちの結婚生活は終わったと感じていたとしても、あのようなことを行う正当な権利はなかったし、今では、行わなければ良かったと後悔している」
スティーブは、何か他の表現の仕方がないかと言葉を捜し、苦しんだ。
「そのすべてを許すわ」 バーバラは落ち着いた声で答えた。「・・・あなたは、私の心をすでに知っていたと思っていたけど・・・あの件について私が知った後の最初のカウンセリングが始まる前に、私はあなたを許していたの。あなたは、ひどく落ち込み、その状態から抜け出る方法が分からなくなったために、キンバリーとセックスした。私は、その事実を受け入れ、あなたを許したの。実家から家に戻ったあの夜に。その後は、考えることすらしていなかったわ」
スティーブはバーバラの顔をじっと見つめた。二人は、彼とキンバリーの関係に関することを、それまで一度も話し合っていなかったのだった。
「変だと思わなかったの?」
「いや・・・まあ、少しは・・・だけど、あの件に関して君が僕を嫌悪していない様子なのはどうしてかなど、僕にはずいぶん長い間どうでもよくなっていたんだ」 スティーブは鼻を鳴らした。「・・・もっと言えば、君が僕を嫌悪してくれたら、直ちに離婚できるのに、そうならないことで、腹を立ててすらいた」
スティーブはバーバラとしっかり視線を合わせた。
「今は、そういうふうには思っていないよ。それに僕も馬鹿だった。僕は君が行ったことをそのまま繰り返していた。だが、そういう形で対等になれると思った僕が馬鹿だったよ」
「もう過ぎたことで、片付いたことなの」 バーバラはそれしか言わなかったが、少しだけ、ためらっている素振りを示した。
スティーブはバーバラを見つめたままだった。彼は、バーバラが言おうとしたことを理解した。その言葉が出てくる背後の心を理解した。そして彼は彼女から視線を外した。
「いつの日か・・・僕も同じことが言えるようになれたらと思っている」
バーバラは、うなずき、軽く笑顔を見せて、心の中の失望感を隠した。彼女も、そうなってくれたらと希望を持っていた。だが、スティーブが心地よいと感じるよりも先の段階へと急速に彼に迫ることで、ここ何日かの間に彼との関係に関して達成してきたと思っている進展を台無しにしたくないと思っていたのである。
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